表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/41

三話 転理

  最下層から階段を上るたび、グレンの胸の奥はじりじりと焦げつくように熱を帯びていった。


 腕の中では、ルリが浅く息をしている。


 薄闇の中でも目を引く瑠璃色の髪が、揺れるたび濃い影を形作る。


「……大丈夫か、ルリ。無理すんなよ」


「うむ……平気じゃ。ただ……数百年ぶりの外での……胸の奥が、少しむかつくのじゃ……」


 美しすぎるほど澄んだ声に、かすかな弱さが混ざる。


 それでもルリは微笑し、「気にするでない」と首を振った。


数百年ぶり――その言葉には違和感があったが、今のグレンには咀嚼する余裕がない。


 ゆっくり、そして丁寧に階段を一段ずつ踏みしめていく。


 あと一段で一つ先へ進める、そのとき――


 ルリのローブからジャラ……と音が鳴り、地面に金属音が響いた。


「グレン、少し待つのじゃ」


 胸元からひょいと抜け出したルリは、それらを拾い上げる。


「……アーティファクトじゃな。どれも記憶が曖昧での……何ができたのか今はほとんど思い出せぬ」


 ルリの掌にあったのは、

 ひび割れた時計、小さな卵のような石、そして指輪。


 そして指輪以外はローブの奥へ。

 残った指輪をつまんでグレンへ差し出す。


「……神器、なのか?」


「そなたらの呼び名ではそうなのじゃろう。これは確か――姿を偽るためのものじゃ。神が人の世へ降りる時に使う()()()()()じゃったかな」


 指輪を見つめた瞬間、胸の奥に一つの結論が生まれた。


 ――このまま戻れば、殺される。


 薄々わかっていた事だ。

 勇者の任は日に日に重く、間隔は短縮されていく。

 平均三年の任期。誰も理由を語らない。

 前任も、その前も、()()()()()()()


 今回の派遣も不自然だった。

 仲間を全滅させられたのも、道理が見えすぎていた。


「……俺は、間引かれる側だったのかもしれねぇな」


 王にとって勇者は道具でしかない。

 なんの目的で、なぜいたずらに死なせ続けるのか、理由は分からない。いや、知りたくもない。


 だからこそ――


「ルリ。これ、つけてもいいか」


「なぜじゃ? 今の己が気に食わぬのか?」


「戻ったら、いよいよ殺される。わかるんだ。もう王は俺たちを人だと思ってねぇ」


 ルリは長いまばたきを一度だけし、理解できているのかはわからないが静かに頷いた。


 グレンは躊躇することなく指輪をはめる。


 その瞬間だった――

 全身から熱が抜け落ち、魔力がバケツをひっくり返した時のように流れ落ちていく。


「くっ……!? 魔力が……!」


「姿を偽る代償か……魔力の大半を封じるほどの……まさかこんな負の効果があるとは思わんかったのじゃ……」


 体全体が空洞になるような感覚。

 魔法に愛されていたはずの体が、ただの凡庸へと堕ちていく。


 ――これが、本来の俺なのか?


 地面に薄く残った水たまりに顔を映す。


 真っ赤な髪は黒く染まり、体は少し萎み、弱々しい雰囲気を纏っている。


 顔も、お世辞にもカッコイイとは言い難い。


「む、少し顔、かわったようじゃな」


「いや、少しどころじゃねぇだろ……しかもこの指輪、外れねぇし……!」


「まぁそれがアーティファクトというもんじゃ。それを支配できるほどのマナを流せば外れるじゃろう」


「……知っててつけさせたなら性格悪いぞ、お前」


「いやすまん。しらなんだ」


 ルリはふいっとそっぽを向き、わざとらしく口笛を吹いてみせる。


 対してグレンは拳に力が入らず、悔しさがじわりと滲む。


 そんなグレンを、ルリは弱々しい身体で、しかし揺るがぬ眼差しで見つめた。


「……のうグレン。ひとつ、気になることがあるのじゃが、よいか?」


「なんだ?」


「マナという存在そのものについてじゃ。あれは自然に生まれ得るものだとは到底思えん。無から火を生み、大地なき場所に川を湧かせ……理を外れすぎておる」


 グレンは目を細めた。


「……つまり?」


「わしら神じゃよ。それを生み、配り、管理する何者かがいる。そなたらは不思議に思わぬのか。ここまで世界が都合よく魔法で満ちておることを」


 言われれば、たしかに……思えば考えたことすらなかった。


 この世界の理は、見れば理解できるものばかりだ。


 だが――マナだけは違った。

使えるからと、それ以上深く考えなかった。


 長い沈黙の中、グレンは頭をフル回転させる。それは迷いだった。


 俺は知らないことが多すぎる。

 あの、影に消えた魔物も。

 マナや勇者制度のことも。

 そして、ルリのことも。


 やがて一つの結論に至る。


「ルリ、おれ、君の言う事信じてみるよ。君が神だってことも……ひとまず全部」


「突然何を言っているのじゃ。神の言うことは全部聞くのが当たり前なのじゃぞ」


 少し変な返答に、グレンはクスリと笑う。

 肩の力が抜け、再び歩みを進め始めた。






「見えてきた……ようやく地上じゃ」


 数時間歩き続け、ようやく見えてきた光景にルリは安堵の息を漏らす。


 洞窟の出口から夜風が吹き――

 外の光が差した瞬間だった――


 グルルルル……ッ。


 草陰が揺れ、黒い狼影――シャドウハウルが姿を現した。


「出てきた所を狙ってやがったな……!」


 咄嗟に戦闘態勢をとる。剣を構え、それを抜こうとしたそのとき、後ろでガタリと音がした。


「……すまぬ……体が重すぎる……身体が……ついていかぬ……」


 ルリはふらりと膝をつき、その場に崩れた。


「すぐ終わらす、ちょっと休んでてくれ」


 グレンは剣を抜き、前に出る。

 だが――魔力が流れない。

 完全に()()()()()になっている。


 シャドウハウルが跳躍する。

 爪を紙一重で避け、剣を振る。

 だが軽い。

 逆に肩を掠められ、熱い痛みが走る。


 それでも退かない。

 ぐらつく足で食らいつき、喉元に一撃を叩き込む。


ガキィン――


 火花と衝撃。骨が軋む。


 持てる力を振り絞って剣を押し込むと、黒い血が噴きだし、シャドウハウルは霧となって消えた。


 残ったのは、荒く息を吐くグレンだけ。


 魔法のない脆い身体――

 それでも倒れることはなかった。


 そして地面に転がる、2枚の金貨。


 チャリン……。


 それを見たルリは、震えた声でつぶやく。


「……おかしい……動物が……なぜ……金を落とす……?」


 続く声は、ひどく冷たかった。


「人のような……気配がする。魂の形が……ねじれておる気ががするのじゃ……」


 世界が反転した。


 落とし物。

 痕跡。

 倒してきた魔物たち。


 全部――人だった?


 喉が締めつけられ、胃が裏返る。

 地面へえずき、何も出なくても嗚咽が止まらなかった。


「意味わかんねえよ……何を言ってるんだよ……俺は今まで、何を……!」


 ルリは震えながら背を撫でた。


「……妄言ならよいのじゃが……どうしても感じてしまうのじゃ……この世界には……魂を歪ませる何かがあると……」


 グレンは涙を乱暴に拭い、立ち上がる。


「……行こう、ルリ。知らなきゃ気が狂う。勇者じゃなくても、魔法がなくても……もう、黙って殺される気はねぇ」


 ルリは小さくも、温かい笑みを向けた。


「うむ。わしも共にゆこう。お主の歩む道を……この目で見届けたいのじゃ」


 二人は夜風の中へ踏み出す。


 遠く、町の灯りが揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ