二十六話 覚悟を決めろ
手のひらを広げ、見つめてみる。周りで聞いた噂、聞いた話。全部を思い出してみる。
学園対抗戦はパフォーマンスを見せる場……でも、若い学生だからが故に、勢い余って殺す程の威力を持った魔法を撃ってしまうこともある。
イェルンやルーフェンが心配してくれたのも当然だろう。学園トップの魔法使いならともかく、今のグレンは無魔力だ。
「クッ……ソ……」
誰にも言えない胸の内を、そっと外に漏らす。
言わなきゃやってられなかったし、自分らしく、振る舞えなかっただろう。
鏡を見る。少しやつれて、薄いクマが目の下に現れている。思っていたより、しっかり寝れていなかったのだろう。グレンは少しうなだれるも、自身に喝を入れて歩き出す。
それは、明らかに無理をしている様子だった……
ガラガラと教室の扉を開ける。
泣きたくても、泣けない。
嗚咽がしても、吐くことは許されない。
勇者として刻まれてきた立ち姿が、今になってがんじがらめに体を縛る。
相当、嫌な目つきをしていたのだろう。近くにいたカルナードとエルネストがふらりと寄ってくる。
「おい無魔力さんよ。明日からの学園対抗戦?どうやって戦うつもりだよ」
「賄賂でも渡したんか?魔力なしで戦闘してもかくのは恥だけだぜ」
嫌な奴。でも、今は何も感じない。感じられない。心が壊れかけてしまっているのだろうか。あまたの重圧で、砕けかけてしまっているのだろうか。
グレンは何も言わず二人の横を通り過ぎると、自分の席に座った。
「――お、おいお前」
何かが聞こえてくるも、それを声として処理することはなかった――
永遠にも感じた授業後の昼休みの中庭。
グレンは、一番角にある隠れた木陰のベンチにぼうっと座っていた。
「……あ、やっぱり」
聞き覚えのある、控えめな声。
「ここ、好きなんですか?」
リノアだった。
両手にパンと紙袋を抱えている。
「静かだからね」
「ですよね。わたしも……その……」
少し言いよどんでから、隣に腰掛ける。
「今日の授業、難しくなかったですか?」
「急に色々詰め込まれたな」
「ですよね……ノート、追いつかなくて」
くすっと、ちいさく笑う。
しばらく、他愛のない話が続いた。
先生の癖。
課題の量。
次の日の予定。
「……リノアはさ」
グレンが、不意に言った。
「なんで、そんなに周り見てるんだ?」
「え?」
「困ってそうな人、すぐ分かるだろ」
一瞬、言葉に詰まる。
「……癖、ですね」
紙袋を膝に乗せ、指先を絡める。
「家では……その……お手伝いさん、みたいって言われたり……したんです」
「家族に?」
「はい。なんでもやっちゃうから」
少し、困ったように笑う。
「期待されると、嬉しくて……頑張りたくなって」
ほんの少し、間を空けて。
「……でも、だいたい失敗します」
声が、少しだけ小さくなる。
「うまく出来なかったって、一人で落ち込んで」
「……それ、誰にも言わないんだな」
「言えません」
即答だった。
「迷惑かけたくないですし……期待、裏切りたくないので」
一瞬の沈黙、それと同時に風が葉を揺らした。
「……今の俺と、似てるな」
グレンがボソリと呟く。
リノアが、ゆっくり顔を上げる。
「……だから……放っておけなかったんです」
その声は、ほとんど独り言だった。
次の瞬間。
気づけば、リノアの腕が、グレンの背に回っていた。
「……っ」
はっとして、すぐに離れる。
「ご、ごめんなさい……!なんか……勝手に……」
顔が、みるみる赤くなる。
「なにやってるんだろ……わたし……」
俯いたまま、動けない。
グレンは、しばらく黙っていた。
「……ありがとう」
ただ一言、それだけ言った。
リノアは何も返せず、背中越しに――
「でっ、では……午後に授業で、また――」
そう言って、去っていった。
「なんだよ……全部、バレてたんじゃん」
掠れた声で、誰にも見せないように膝を抱えて、一滴の涙がこぼれた。
「後でお礼、しなくちゃな」
ヒュウッ、とふく風の中、グレンは一人、小さな幸せに身を寄せていた……
「――では、今日はここまでだ」
イェルンが、教卓の前で言った。
椅子を引く音が、教室に広がる。
いつもの帰りの会。
いつも通りの時間。
「……それと」
イェルンが、ほんの一拍置き、教室が自然と静まる。
「グレン・アッシュフレア」
名前を呼ばれ、全員視線が集まる。
「明日から、学園対抗戦だな」
「……はい」
「代表として、行ってこい」
それだけだった。
励ましでも、命令でもない。
淡々とした声。
だが、教室の空気が、確かに変わった。
「頑張れ」
誰かが、ぼそりと呟いた。
グレンは、立ち上がる。
「はい!」
今度ははっきりと、自分でも驚くほど、声が通った。
イェルンは、頷くだけで視線を外す。
「帰りの会は以上だ」
ざわめきが戻る。
だが、グレンの中では、もう揺れていなかった。
逃げない。
迷わない。
――覚悟は、決まっていた。




