二十五話 異色
「人がやけに多いのぉ」
「そりゃあ全校生徒が集まってるからな」
学園中央広場は、見渡す限り人で埋め尽くされていた。
円形に広がる広場の中央には、一段高くせり出した石造りのステージ。
その周囲を囲むように無数のベンチが配置され、生徒たちは思い思いの場所に立ち、座り、ざわめいている。
入学式らしい儀式を行わなかったせいか、グレンの視界には知らない顔がやけに多かった。
「ひっ……人、多いですね……」
リノアが身をすくめる。
「だいじょうぶじゃ。わしはグレンの前におるからな」
そう言って、ルリは当然のようにグレンの腕を掴み、前方の隙間へ身体をねじ込んだ。
「ちょ、ルリちゃんずるい!!」
カイナが抗議するが、ルリは離れない。
グレンは苦笑するしかなかった。
そのとき――
「皆の者、静粛に」
澄み切った声が、広場全体を一瞬で制圧した。
ざわめきが、波を引くように消えていく。
ステージ上に立っていたのは、金髪の青年。
陽光を受けて揺れる髪と、その光を受けて輝く穏やかな笑み。
「誰?」
「副会長だよ、生徒会の」
「……結構かっこよくない?」
ひそひそと声が漏れる中、アルトは一礼し、口を開いた。
「聞いているとは思うけど本日、学園対抗戦の代表選手を発表する」
空気が、張り詰める。
「アストラル・オルディア魔法学園のセントラル校、イースト校、ウェスト校。三校合同による対抗戦。各校、五名一組。属性は一人一枠」
視線が集まる。
誰もが、もしかしたら自分が呼ばれるのではと緊張の面持ちを絶やさない。
「では、発表する」
アルトは名簿に目を落とし、淡々と告げる。
「――霊属性代表」
ほんの少し、焦らすように辺りを見回す。
「アリエッタ・アニマリエ」
ざわり、と空気が揺れた。
それと同時に、どこからか「うおおお!」と野太い声援が飛んだ。
噂で聞いた、アリエッタファンクラブは実在したらしい。グレンらは、そちらの方角からなるべく目をそらす。
そして白髪の少女が、人波の中から静かに前へ出る。
表情は一切変わらない。
ただ、グレンの方を一瞬だけ見て、こくりと頷いた。
「……あの子が……」
「喋らないって噂の……」
ざわざわとうるさい群衆を余所に、アリエッタは何も喋らず、ステージの端に立った。
「では次に……水属性代表」
「セラフィナ・リュミエル」
銀青の髪が揺れる。
始星クラスの一団から、気品を纏った少女が歩み出る。
周囲を一瞥し、影星クラスの方へ一度だけ冷たい視線を投げ、何事もなかったかのように壇上へ上がる。
「当然よね」
そんな空気を、全身で語っていた。
「えー……では衝撃属性代表」
「ライオット・ブレイクハルト」
黒髪の少年が、豪快に笑いながら前に出る。
「っしゃあ!」
拳を鳴らし、観衆に向かって親指を立てる。
その様子に、アリエッタとは真逆の悲鳴に似た歓声と呆れが入り混じった声が上がった。
「うん……じゃあ生命属性代表」
一瞬、間が空いた。
「オズワルド・リーフ」
一瞬でざわめきが走る。特に二年、三年といった高学年から。
そして群衆の中でも特に目立つ茶髪の長身が、ゆっくりと人波を割って現れた。
昼にグレンとぶつかった男。
「……まじか」
「会長、出るのかよ」
オズワルドは気怠げに肩を鳴らし、壇上へ上がる。
「めんどくせぇなァ……」
ぼそりと零しつつも、その立ち姿には揺るぎがなかった。
アルトは、最後の名を告げる前に、ほんの一瞬だけ視線を上げた。
「――最後に火属性代表」
空気が、わずかにざわつく。
「グレン・アッシュフレア」
一瞬、時が止まった。
「……え?」
カイナが声を上げる。
「えっ、グレン君、まさかばれ……!」
グレンは何も言わず、カイナの頭にそっと手を置いて――
「行ってくる」
それだけ言って、前へ出る。
「うそでしょ……」
「無魔力じゃ……?」
「火属性なのか……?」
囁きが無数に聞こえるが、グレンは気にしなかった。
段差を上がり、壇上へ。
五人の錚々たるメンバーが並ぶ。
白、銀青、黒、茶、そして――無色。
淀みなく立つ四人とは対照に、グレンは少し後ろで腰が引けていた。
アルトは、その様子を何故か満足そうに眺めていた。
「じゃあ、改めて。セントラル校代表、今年の五人だ」
五人が、円になるように移動する。
空気は――重くも、軽くもない。
ただ、絶対に……噛み合っていない。
「まず言っておくけど、仲良くしろとは言わないよ」
ライオットが吹き出す。
「ははっ、最高じゃん副会長!」
セラフィナが腕を組む。
「勝つために必要なのは、連携じゃなく個々の実力よ」
「だろうなぁ」
オズワルドが気怠げに肩をすくめる。
「ま、俺は前に出る気ないし。好きにやれよ」
「それ、会長が言う台詞かい?」
ふふっ、とアルトが笑う。
「まぁ役割分担だな」
ライオットが気づいて、にやりと笑う。
「なぁ火の人。お前は無魔力でどう戦うつもりなんだ?」
全校生徒の視線が、自然とグレンに集められる。
グレンは少し考えてから、短く答えた。
「……足を……引っ張らない」
一瞬の沈黙――そして
「アハハハハ」
「代表が、足を、引っ張らないだってよ!」
「セントラルも落ちたな!」
群衆から野次が飛ぶ。予想はしていたが、少し胸の奥がチクリと痛む。
「……」
そんな中、音もなく……いつの間にか、どこからとも無くアリエッタが歩み寄り、グレンの隣を陣取っていた。
そして、目の前にいるアルトはいつもの笑顔を貼り付けたまま
「それで十分だよ」
と、小さく答えた。
「今年はね、普通じゃないのが売りなんだ。だから――君たちは、この五人でいい」
誰も、反論はしなかった。
納得した者も、
納得していない者も。
ただ一つだけ、全員が理解していた。
このチームは、どこかが歪んでいると。
生徒会室は、思ったよりも静かだった。
大きな机の上には、今度学園対抗戦に参加する五人の生徒分の紅茶が用意されている。
白磁のカップから、細く湯気が立ちのぼっていた。
「……誰も来ないな」
グレンが言うと、アルトは肩をすくめた。
「せっかく準備してたんだけどな。まぁ、予想はしてたけどね」
「そう……ですか……」
二人とも、それ以上は言わなかった。
そもそも、呼び集める意味があったのかどうかも分からない。
生徒会室を入ってすぐの受付。そこの椅子の端にアリエッタが静かに座っている。
白い髪が、窓から差し込む光を受けて淡く透けていた。
彼女はカップを両手で包み、少しだけ持ち上げる。
湯気をじっと見つめ――そのまま、口を近づけた。
次の瞬間。
びくっ、と肩が跳ねた。
カップを慌てて机に戻し、指先をきゅっと握る。
目を瞬かせ、視線を泳がせる。
「熱かった?」
グレンがそう聞くと、アリエッタはただこくりと一度だけ頷いた。
しばらくしてから、今度は慎重に。
ほんの少しだけ息を吹きかけ、再び口元へ。
また、ぴくりと動く。
今度は眉がわずかに寄り、唇がきゅっと結ばれる。
それでもカップは置かない。
アルトがくすっと笑った。
「無理しなくていいよ」
アリエッタは、しばらく考えるように首を傾げてから、今度は両手でカップを抱えたまま、じっと待つ。
紅茶が冷めるのを――ただ、待っている。
その姿を見て、グレンは思った。
作戦も、計画も、話し合いもない。
けれど、この場は不思議と居心地がいい。
誰も、何も決めない。
静かな空間のなかでも、時間だけは確かに進んでいく。
「……作戦会議、終わりだな」
アルトが言う。
アリエッタは何も返事をしない。
ただ、今度こそ慎重に紅茶を口に含み――
ほんのわずかに、目を細めた。
生徒会室を出ると、夕方の光が廊下を染めていた。
外へ出ようと靴を履き替えた後に、ルーフェンが立っているのが見えた。
「……グレン」
当然、呼び止められる。
「学園対抗戦、出るんだってな」
「はい」
「理由は聞かない」
一歩、近づく。
「ただし――」
低く、はっきりと。
「無理はするな」
「死にそうになったら、逃げろ」
一瞬、言葉に詰まる。だけど、言葉は紡がれ続ける。
「……もう」
「二度と、わたしを悲しませるな」
たどたどしくて、少し睨むような厳しい目。だけど、それは命令ではなかった。
「……はい」
グレンは、それしか言わなかった、いや、言えなかった。
ルーフェンは、それ以上何も言わずに身を翻し、仕事へ戻っていった。
グレンは静かに、しかし確かな足取りで歩く。
校門から出ようとした途中、少し離れた門の角にイェルンが立っていた。
近づきはしない。聞こえるか聞こえないかといった声量で、独り言のようにつぶやく。
「算段はあるのか」
「……ありません」
グレンは即答した。
イェルンは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。
「だろうな」
近づいてこない。
「だがな、それでも行くと言うならそれは覚悟だ」
視線だけが、静かにこちらを射抜く。
「戻ってこいよ、一生徒としてな」
それだけ言って、去っていった。
一人になった正門で、グレンは立ち止まる。
守る者。 知る者。
どちらも、自分を止めはしなかった。
「……普通のままで」
アルトの言葉が思い起こされ、胸の奥で何度も反響する。
それでも進むしかない。
グレンは、一人で歩き始める。
それが、今の自分だから。




