二十四話 不穏の種
昼休みが終わり、学園は午後の授業へと移り変わっていった。
中庭に残っていたざわめきも、いつの間にか霧散している。
グレンは、どこか落ち着かない気分のまま廊下を歩いていた。
なんとなく、視線を感じる。
好奇か、敵意かはわからない。
だが確かに――見られている。
「……今日は、変な日じゃな」
隣を歩くルリが、小さく呟いた。
「いつも通りなはずじゃが、妙に人が多かったのう」
「それは……俺達のせいかもな」
グレンは曖昧に笑う。
先ほどの一件以降、若干空気が変わった気がする。
それが良い意味なのか、悪い意味なのかは分からない。
考えにふけりながら角を曲がると、見知らぬ誰かとぶつかった。
「おっと」
低く、掠れた声。
反射的に一歩下がったグレンの前に立っていたのは、背の高い男だった。
茶髪を無造作に後ろへ流し、制服を着崩している。
「……悪い」
男はぶっきらぼうにそう言うと、その目が一瞬だけグレンを見た。
視線が、重い。
値踏みされている。
理由は分からないが、本能的にそう感じた。
「こちらこそすまんのじゃ」
ルリが先に頭を下げる。
男は何も言わず、肩を揺らして歩き去った。
その背中を見送りながら、グレンは思う。
――なんだ、あいつは。
ただの上級生とは、明らかに違う。纏うオーラが、常人のそれではない。
「……変な人じゃったのぉ」
「……ああ」
それ以上、言葉は出なかった。
放課後――
グレンとルリは、早足で生徒会室へと向かう。
休み時間の終わり頃、アルトに招集を命じられていたのだ。
少し、他の一般教室とは違う重い扉を開けると、静謐な空気が肌に触れる。
半円球型の真ん中にずらりと座る生徒会メンバーが見て取れる。
そこにいたのはアルトとアリエッタ。
そして最奥には――
昼間ぶつかった男。
「なっ……」
グレンは、声にならない声をあげる。
彼はすでに椅子に腰掛け、腕を組んでいた。
「来たね」
アルトが軽く手を叩く。
「とりあえず座って。時間はあまり取らせないよ」
グレンとルリは急いで席に着くと、アルトは間を置かずに切り出した。
「学園対抗戦が、今年も開催されるんだ。これは、地域別で選出された魔法使いが自らの実力を魅せる場でね」
その一言で、空気がピリッと張り詰める。
「我らがセントラル地域。そして、イースト、ウェストの三校合同。代表は五人一組。属性は一人一枠」
淡々とした説明だが、その内容は重い。
「選抜は、生徒会と教師陣が協力して行う。実力や安定性、そして……学園の顔としての資質」
アルトはそこで、少しだけ視線を逸らした。
「で、問題が一つある」
しん、と流れる静寂。アルトが喋りだすまで、全員が口を紡ぐ。まるで、今は話す時間ではないというように……
「火属性がいないんだよね」
ルリが何度か瞬きをする。
アリエッタは首をブンブン振って辺りを見回すも、何も言うことはしない。
その沈黙を破ったのは、椅子に座っていた男だった。
「まぁ、そうだろうな」
気怠げで、すべてが面倒だと言う様な掠れた声。
「今年は名家が揃ってる。
水、衝撃、霊、生命……」
視線が、ゆっくりと天を仰ぐ。
「だが、火だけがいねぇ」
アルトが肩をすくめる。そして、なぜかグレンの方へ向き直る。
「うん、まぁ、そこでだね――」
一歩近づき、背中に組んだ腕をそのままに、一つ低いトーンで言う。
「僕の独断なんだけど、君がやってみるかい?」
一瞬、教室内の音が消えた。全員何も言わないが、ルリは目をまん丸に見開いている。
「……なんで、俺なんですか……」
魔法なんてつかえないのに。そして、それをわかっているはずなのに。目の前の男はずっと笑顔のまま、同じトーンで話し出す。
「無魔力だってことは、承知の上だよ」
「でもね、選択肢としては悪くないんだ」
理由は語られない。
だが、その言葉が意味深だと言うことだけが伝わってくる。
茶髪の男が、ゆっくりと立ち上がった。
「いいじゃねぇか」
低く、部屋の空気を更に一段重くするような響きだった。
「一人くらいお荷物がいても勝てなきゃ、名家の名がすたる」
その視線は、真っ直ぐグレンを射抜いている。
「入れよ、お前」
それだけ言って、男は背を向けた。
アルトが、満足そうに息を吐く。
「ふふっ、じゃあ決まりだね。先生方には、無理やり話を通しておくから。僕とオズが言ったと言えば、断れまい」
「アルト……その呼び方は辞めろ」
オズ……と呼ばれた男はぶっきらぼうに言い放つ。
詳細は語られない。
分からないことだらけだったが、この人たちに言われた以上、グレンはすでにやるしかないと覚悟を決めていた。
椅子から立ち上がった男が、ようやく口を開いた。
「……ああ、そうだ」
振り返り、グレンを見る。
近い。近くにいるだけなのに、とてつもない圧迫感を感じる。
「そういや、名乗ってなかったな」
一瞬、口角が上がる。
「オズワルド・リーフ……生命属性三年そして――」
言葉を一瞬区切り、俺が一番だと言わんばかりに両手をドンと机に付けて――
「生徒会長だ」
と、一言言った。
グレンは息を呑んだ。
――こいつが。
昼にぶつかった上級生。
軽薄そうだが底が見えない男。
「……そう……だったのか」
思わず喉が鳴る。
オズワルドは肩をすくめた。
「そんなちんまりした顔すんな。俺は別に出しゃばる気はねぇし、勝つのはお前ら若いのの役目だろ?」
少し、おちゃらけたような軽い口調。
だが、冗談には聞こえない。
「まぁ――」
視線が、再びグレンを捉える。
「今年は面白くなりそうだな」
それだけ言って、踵を返した。
短いながらも大きな会議が終わり、生徒会室を出て廊下を歩く。
「……なんだか、大変なことになってきたのう」
ルリがぽつりと漏らす。
「そう、だな」
グレンもまた、同じ気持ちだった。
その時――
「グレン」
背後から小さくも、ハッキリとした言葉が聞こえてくる。
振り返ると、扉の前に立つ彼が、いつもの笑顔を浮かべていた。
「普通のままでさ」
大きく開いたドアは、徐々に閉まっていく。
「どこまでいけると思う?」
答えを待たずに、扉は閉まった。
残された廊下で、グレンは立ち尽くした。
再度、扉を振り返る。
理解が出来ない不安にかられ、グレンは背筋をゾクリと震わせたのだった……




