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二十話 わくわくけい

 ドアを開けた瞬間、ふわりと花の良い香りが鼻腔に舞い込んできた。これは、ラベンダーだろうか?


「ドキドキ……系?」


 ドアを開けたすぐ横に机があり、少女が本を片手に頬を赤らめていた。


「ぶるぶる……系」 


 こいつは何を言っているのか。グレンは瞬時にそう思う。系とはなんだろう……連想ゲームでもしているのだろうか。


「ないない系……?」


 真っ白な肌に真っ白な髪。真紅の瞳にグレンは吸い込まれそうな魅力を感じる。何を言っているのかは本当にわからないが、美しい人物なのは確かである。


「あのー。生徒会室ってここですよね。ほかに誰かいたりは……」


 会話が通じる人を探しあたりを見回す。本がたくさんと天球儀、ドーム型の天井に木製の手すりがズラリ。人はいないが、やけに幻想的で、ここで珈琲でも飲みながら勉強するのは最高だろうというのは感じ取れた。


「んー」


 目の前の少女が両手の人差し指を頭につけ横に振る。何かを、考えている……のだろうか?


「メイワク系!」


「そこは普通に表現できるのかよ!!」 


 グレンは思わず激しいツッコミを入れる。その刹那扉がバタンと開かれ、一人の少年が姿を現す。


「アハハッ!ちょっと会話聞かせてもらったけど面白いね。アリエッタが意味のある単語を話してるの、久々に見た気がするよ」


 金髪で、長髪の男性……だろうか。やけに見た目も声も中性的でどちらか分からない。


「申し遅れました自分はここのルナ・サブマスター、アルト・ケーヒルと申します以後お見知りおきを」


 どこか高貴で、自信にあふれている。この人なら何でも解決してくれそうな、そんな雰囲気を醸している。


「るっ、るなますたー……ですか?」


「あっ、ルナ・サブマスターですか?それはつまり……副会長とでも言えば良いでしょうか。そんな立ち位置です」


「あっ……そんな偉い人なんですね。俺はグレン……グレン・アッシュフレアって言います」


 グレンはアルトが向けた手を握り返す。とても温かく、つややかな手だ。


「ぼーぼー系…!!」


 名前に反応したのか彼女……アリエッタは目を輝かせて感情を口にする。


「そうだね、きっと君は火属性……なんだろうね」


 アルトはアリエッタに呼応し、グレンを一通り見回す。


「ふむ、少し筋肉不足と言った所か……生徒会は結構体力を使うから、筋トレをしておくのもありだよ」


 自分以上に細い線の人にそれをいわれ少しムッとするも、グレンはなにも言わず抑える。


「で、他の役員とかってまだ来ていないんですか?」


 グレンがそう尋ねた、その時だった。


 コン……コン。

 規則正しいノックの音が、生徒会室に穏やかに響く。


「どうぞー」


 アルトが軽く答えると、見知った声がした。


「失礼するのじゃ!」


 扉がバンッ!と勢いよく開かれる。最初のマナーは良かったのに、これじゃ終わり悪くてすべて悪し、だ!


 生徒会室の静謐な空気に目を瞬かせ、

 グレンを見つけるとぱあっと花のように彼女は表情を明るくする。


「おおっ!グレンがいると聞いてわしも生徒会とやらに入ることになったのじゃ!」


「お、おう」


 絶対知らずのうちに押し付けられたな――グレンはそんな思いが頭を駆け巡る


「……ルリ……ちゃんね。把握したよ僕はアルト・ケーヒル。以後お見知りおきを」


 アルトは金髪を靡かせて、ルリに先ほどと同じ自己紹介をする


「ルリ・ガラハルドと申すのじゃ!わしも以後お見知りおきをよろしくなのじゃ」


 深々と礼をするルリ。その背中を、アリエッタがじーっと見つめていた。


「……ばーばー系?」


 ぽつりと呟かれた言葉が、部屋の天井に柔らかく響いた。


「お、おう……どういう意味だ……?」


 アルトが場を仕切り直した直後——

 ルリの周囲に、ふわりと白い影が忍び寄る。


 アリエッタだった。


 気づけば、彼女はルリのすぐ横に立ち、まるで珍しい小動物でも観察するかのように、じーっと顔を覗き込んでいる。


「……ちかちか系……?」


 ルリは目をパチッ、と一度まばたきする。


「なんじゃお主、わしに用か?」


 アリエッタは答えない。ただ首を傾げる。その動きはゆっくりで、まるで人形のようだ。


 次の瞬間——

 ルリの周囲を、くるり、と回り始めた。


「えっ、な、なんなんじゃ!? わし、見世物ではないのじゃ!」


「あおあお系」


「言ってる意味が分からんのじゃ!!」


 どうやらルリも対応できないみたいだ。必死に首を振り、応戦体勢をとる。


 アリエッタはルリの髪や服を触るでもなく、ただみている。


 その距離感は妙に近く、でも危険な感じは不思議とない。


 アルトは苦笑いを浮かべたまま説明を加える。


「アリエッタはね、匂いとか空気の流れとか、そういうのにすごく敏感なんだよ。言語化が得意じゃないから、ああやって系で分類してるんだ。多分」


「多分って言った!今ちっさい声で多分って」


 グレンはすかさずツッコむ。つまり、誰もわかっていないということだろうか。


「む……?」


 ルリはアリエッタを見上げる。


 その真紅の瞳が、ふと細められた。


 アリエッタはぽつりと呟く。


「……ぽかぽか系」


 その声は今までの中でいちばん自然で、やわらかかった。


「おお、わしはあたたかいのか……?」


 アリエッタはこくりと頷く。

 その一言に、ルリは一瞬だけ嬉しそうに微笑む。


 しかし次の瞬間——


「……ぷるぷる系……」


「な、なぜじゃ!?なぜぷるぷるが混ざるのじゃ!?」


 アリエッタは勢いよくグレンの方を向く。


「え、俺!?原因俺!?」


 全員の視線が一斉にグレンへ向いた。


 グレンは思わず後ずさる。


「いや、俺なにもしてないって!!」


 アルトはくすりと笑い、軽く肩をすくめる。


「アリエッタなりの相性判断だよ。誰といるとき、どんな空気になるかを言ってるみたいだね。意味が分かるようで分からないし、これも多分だけど」


「ほぼ分からんのじゃが……」


 ルリが頬をふくらませる。


 アリエッタはそんなルリを見上げ、そっとルリのローブの端をつまむ。


「……ちょこちょこ系」


「ちょこちょこではないのじゃ!!」


 そんな意味不明なやりとりを繰り返し、いつしか時間は過ぎていった――






「あぁ。もうこんな時間か。今日はここいらで解散しようか」


 アルトが手を叩き、各々が好き勝手過ごしていた時間は終わりを迎えた。


 今日は顔合わせということもあってか、生徒会室の中を知る、ただそれだけに留まった。


「じゃあの、アリエッタ。また来たら遊ぶのじゃ」


 ルリとアリエッタは謎に仲良くなっていた。詳細は不明だが、いろんな本をみて回り、ルリはときたま感嘆の声をあげていた。


「また来るといい。君たち生徒会役員はいつでも入室可だからね」


 アルトは顔だけこちらに向けてふふっと笑う。


「わかったのじゃ。じゃ、失礼するのじゃ」


 ルリとグレンが退出しようとすると、ルリの腕が掴まれた。


「む、なんじゃアリエッタ」


「………………アニ……マリエ」


 アリエッタは頷きながら何かを口ずさむ。


「アニマリエとは……おぬしの名字か?」


 ルリがそう返答すると、正解だったのかアリエッタは小さく微笑む。


「アリエッタ・アニマリエじゃな。はっきり覚えたぞ。また遊ぼうなのじゃ」


 名残惜しそうにする彼女を後にして、二人は生徒会室のドアを閉めた。


「なーんか不思議な感覚だったのじゃ」


 ルリはポツリと、そう言った。帰り道は日が沈みかけ、夕焼けの陽を背に、二つの影は帰路についた。


 ちなみにグレンは帰宅後ルーフェンに心配をかけたことを謝り、ルーフェンは泣きながら無事だったことを喜ぶのだが、これはまた別の話……


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