十九話 真実
「えっ……」
リノアは口元に手を当て、全身を強張らせた。 カイナとルリは同時に「あ〜……」と頭を抱える。
――全部、バレていた。
「……あぁ。俺は元勇者グレンだ。訳あって姿を隠している」
淡々とした告白に、リノアは固まり、カイナは息を呑む。 ルリは当然のようにうなずいた。
「リノア……は知らなかったのか……まぁいい。なぜこのようなことをしているのか、説明してもらうぞ」
グレンは少し長くなる、と説明すると、全員が頷く。知って置かなければならない真実に、皆が耳を傾ける。
グレンは壁にもたれ、静かに続ける。
「なぜ勇者を辞め、姿を変えたのか……まず、この国の勇者制度自体がおかしい。 平均任期は三年。若くして天才が次々死ぬ」
「三年って……そんな早く?」
カイナが眉をひそめる。
「早すぎる。本来の魔術師や聖教騎士団の平均任期から考えても、勇者だけは明らかに異常だ」
グレンは息を吐き、記憶の底を探り出す。
「俺が最後に挑んだSランクのダンジョンは……異常そのものだった。それでも九十九階層までは辿り着いたが――俺以外は全員死んだ」
静寂が張り詰める。
リノアが震える喉で息を飲む。
「その次の階で、ルリに会ったんだ」
ルリは胸を張る。
「わらわは自分を神と名乗ったのじゃ」
「最初、堕天使かと思ったけどな」
「堕は余計じゃ!!」
ルリが食ってかかるが、カイナとリノアに押さえられる。
グレンは苦笑しつつ、再び真顔に戻った。
「地上へ戻った時、俺は神器――アーティファクトを使って姿を偽装した。 だが代償として、変身には大量のマナを消費するみたいなんだ。結果が……これだ」
少ししぼんだ腕を見下ろす。
「そして地上に戻った直後、モンスターを倒した時のことだ。落とした金を見て、ルリが言った」
「魂が捻れておった。まるで人がモンスターに生まれ変わったようじゃ、だったかの」
その言葉に、カイナらの顔色が一変した。
グレンは静かに続ける。
「人間の魂がモンスター化している可能性……その手掛かりを追うためにも、ルリの記憶が必要なんだ」
グレンの言葉が終わると、ルリは肩に手を置く。
「……のうグレン。前にそなたには話したが――皆にも改めて共有しておきたいことがあるのじゃ」
グレンは頷く。
「マナの話……か?」
「そうじゃ。これからの行動に関わる、大事な前提じゃからの」
ルリは姿勢を正し、三人を見渡した。
「――マナという存在そのものについてじゃ」
空気が緊張に染まる。
この話を知らないのはグレンとルリ以外、全員だ。
ルリは淡々と語る。
「どう考えても、不自然なのじゃ。無から火を生み、大地なき場所に水を呼び、 傷を癒し、霊すら操る……」
カイナが息を呑む。
当たり前だった魔法が、一瞬で異質な存在に変わる。
ルリは治療器具に指を触れながら続けた。
「そんな力、自然に生まれるはずがない。 まるで――遥か高次の存在が、人間界へ流し込んでいるような力じゃ」
「流し込んで……?」
リノアの声は震えていた。
グレンが補足する。
「マナは自然の恵みじゃない。天界からの供給だ。 もし神が供給をやめたら、魔法という概念は消える。だから勿論モンスターを倒す術もなくなる。人間は……対抗手段が無くなって滅ぶ」
イェルンですら喉を鳴らす。それほどまでの緊張。
ルリはそっとグレンの手を握った。
「わしが記憶を失った理由も…… 世界がおかしくなっておる原因も…… すべてそこに繋がっておる気がするのじゃ」
グレンは迷いなく頷く。
「だから王城の宝物庫にあるアーティファクトを使って天界へ行く。ルリの記憶を取り戻すためだけじゃない――この世界の本質を確かめるために」
部屋がしん、と静まる。
誰も軽々と口を開けない。
その沈黙を破ったのはイェルンだった。
「だから、学園に入ったのか。学期末の王城謁見の権利……そこを狙って」
「そ……そのとおりです。王城どころか第一環にも一般人は近づけませんし」
「なるほどな……面白い奴だ、お前は」
イェルンはふっと笑う。
――俺の見込んだ男だ、とでも言うように。
「とにかくだ。この話を知ってるのは俺たちだけだ、あの時共にいたゼルシスにも、うまく隠すように言っておく」
「先生、ありがとうございます」
イェルンは軽く手を挙げ、授業の準備だと言って静かに部屋を出ていった。
カイナがぽつりと言う。
「……イェルン先生って、あんなふうに笑うんだ」
その言葉に、自然と皆が笑った。
リノアが人差し指を立て、いたずらっぽく微笑む。
「でも、隠しごとはひどいですよ。グレン君は……友達なんですから」
そこには、
秘密を共有し、さらに強く結束した仲間たちの姿があった――
グレンが医療棟を出て教室へ戻るのは、実に一ヶ月ぶりだった。
研究棟の廊下を進むたび、すれ違う生徒が二度見してくる。
中には小声でざわつく者もいた。
「……あれ、無魔力のグレンじゃね?」
「一ヶ月寝てたって噂の?」
「生きてたんだな……」
ひそひそ声は耳に入るが、以前ほど胸に刺さらない。
それは――
「ほら、グレン、背中丸まってるよっ!」
横でカイナがぐいっと肘で押す。
「ゆ、ゆっくり歩かないとダメですよ……傷、まだ治りきってないかも……!」
リノアは心配そうにグレンを見つめる。
「グレンについてはそこそこ噂になっていたから仕方ないのじゃ」
ルリはグレンの前に張り付いてグレンを守る。
まさに攻城兵器、グレンは司令官で、ルリは砲台とでも言えようか。
「じゃあわしは、こっちじゃ、名残惜しいが……まぁ帰りにあえるじゃろ」
砲台がすぐに離脱した。目の前が開けてほんの少し顔が強張る。
そんな事を思っているとすぐ教室前につき、妙な緊張が走る。
扉を開けると、教室が一瞬静まり――直後、ざわっと波のように揺れた。
「えっ、生きてる……」
「お、おかえり?なのか……?」
「一ヶ月ぶりに見た……」
バラバラに飛んでくる反応。
そんな中、イェルンが教壇に立ち、腕を組んでこちらを見る。
「……戻ったか」
「はい。ご心配をおかけしました」
「俺は特にしていない。あいつらは別なようだが」
視線はグレンの後ろにいるカイナとリノアへ向けられる。
二人は同時に真っ赤になった。
「でだ、影星クラスの諸君」
イェルンが手を叩くと、ざわざわと騒ぐ教室が静まる。
「大事な知らせがある――今度こそ決めるぞ生徒会」
ざわっ。
教室の空気が一気に緊張に包まれる。
「例年、このクラスからは二人くらい立候補者が出るのだが……」
イェルンはわざとらしく、ゆっくり教室を見渡した。
「――今年に限って、未だにひとりもいない」
グレンは何かをすぐに察した。
イェルンと視線が合う。
イェルンはそうだ、察してくれという顔で、ほんの僅かに眉を上げた。
その目は、こう語っている。
――生徒会は最短で王城に近づける場所だ。
評点を稼ぎたいなら、動け。
誰も先生と目を合わせたがらない。わざとらしく皆うつむいたり、寝たふりをする。
そんな中で静かにグレンが手を挙げた。
「まぁ、俺でいいなら、やりますよ」
ザワッ……教室内がざわめく。まさか、復帰直後の無魔力が立候補するとは思わなかったのだろう。しかし、誰もやりたがらないから今日まで残っていたのだ。当然、誰も反論することはない――
「じゃあ、決まりだな。グレンアッシュフレア。とりあえず今日の授業後に生徒会室へ向かってくれ」
面倒事が一つ増えた。グレンは大きなため息をつき、体を軋ませた。まだ調子は全然戻っていないが、やるしかないだろう――
放課後。
足取りは重く、限りないほどにゆっくりで。
はたから見ても、面倒な行事を無理やり押しつけられた生徒に見えるだろう。
グレンはため息をつきながら歩く。
「復帰直後に生徒会で、また知らない人と会わなきゃならないとはな。皆も帰っちゃったし……」
たとえどんなにゆっくり歩いても、目的地にはたどり着く。
気づけば、生徒会の看板が掲げられた教室の前に立っていた。
グレンは小さく息を吐く。
扉の向こうに何が待っているのか――今の彼には知る由もない。
背後で風が吹く。グレンの背中をそっと撫で、後押ししてくれているようだ。
グレンは振り返らず、扉に手を掛けた。
扉が軋む。
生徒会室の向こうで待つ何かを、彼はまだ知らなかった……




