十八話 知る者
学園医療棟の特別治療室は、まだ朝の気配が濃く残っていた。薄いカーテン越しの光が室内を淡く照らし、魔力計の計りが風で静かに揺れている。
ベッドの脇には、三人の少女が陣取っていた。
一人は眠っているが、その手はグレンの手を掴んだまま離さない青髪の少女。
一人は毎日のように来ては落ち着きなくウロウロし続ける橙髪の少女。
一人はぎゅっと胸元で両手を握りしめ、静かに祈るように座っている薄紫髪の少女。
「……お前らまた来てるのか」
扉から顔を出した医療棟の職員が呆れたように肩をすくめた。
「昨日も来てたろ?ていうか毎朝来てるだろ。グレンってやつは……すげぇ愛されてんだな」
冗談めかした声に、カイナが微妙に赤面してそっぽを向く。
「べ、別に愛してるとかじゃなくて……!その……チームメイトとしての義務というか!」
「わ、わたしは……その……気になってただけで……」
リノアはもじもじと目をそらす。
「わしは……うむ。好いているぞ」
ルリだけは迷いなく答え、職員を苦笑させた。
「……あー、そっか。うん。なんかうらやましいね、いろいろと」
職員が肩をすくめたその時――
グレンの指が、かすかに動いた。
「……?」
ルリが大きく瞬きをし、握った手に視線を落とす。
指が、もう一度震えた。
「グレン……!」
声が震える。
そして、ゆっくりと、彼の瞼が開いた。
「……ここ、は……?」
掠れた声が部屋全体に広がる。
ルリは堪えきれず、グレンへ抱きついた。
「グレンっ!! 気がついたのじゃな……! よかった……ほんとに、よかった……!」
「あ、あの……! 苦しくならないように……!」
リノアが慌てる。
「む、むぅ……す、すまぬ……つい……」
ルリは離れたが、まだ袖をぎゅっと掴んでいた。
グレンは息を整えながら、ぼんやりと天井を見つめる。
「俺……どれくらい寝てた……?」
職員が静かに答えた。
「一ヶ月だ。よく戻ってきたな」
その一言で、室内の空気が張り詰める。
「グレンくん……」
リノアが深呼吸をして口を開く。
「少し前に、聖教騎士団の報告書が発表されたんです。もう読んではあるんですが……ここに写しがありますので改めて、グレンくんの前で読み上げますね」
「あぁ、頼む」
グレンがそう返答すると、リノアは封筒を取り出し、真剣なまなざしで紙を広げた。
◆聖教騎士団・公式報告書(抜粋)
リノアの声は落ち着いていたが、わずかに震えが混じっていた。
「まず……魔力残穢の解析は不可能でした。火属性に近い反応はありましたが、既存のどの属性体系とも一致せず……未知の魔力と推測されています」
カイナはふらふらと四方八方に視線を泳がせる。
「次に……学園内に、危険級魔力の持ち主が潜伏している可能性があると。洞窟に残った魔力は、おそらく学園の誰かの魔力だと言うこと……」
グレンは眉をひそめた。
「……もしかして俺とカイナが疑われている?」
「ばっ……! 誰がそんなこと言ったのよ!」
カイナが慌てて手を振る。
リノアは続けた。
「そして……第三項。聖教騎士団第七隊が学園に常駐し、長期監視任務につくそうです」
「第七隊って……」
カイナが眉を上げる。
「……防衛と監視の特化部隊、ですよね」
リノアは頷いた。
「はい。王城周辺の護衛任務や、魔力異常の監視に特化した部隊です。……ルーフェンさんも、昔は第七隊の一員だったと……」
「ほぇ〜。すごいんだね、ルーフェンさんって」
カイナが目を広げ驚く。
「昔のことだ!気にするな!って言われるじゃろうけどな」
ルリがくすっと笑った。
重い報告が終わると、静寂が落ちる。
グレンは身体を起こそうとして、少し痛みに顔を歪めた。
「まだ無理しちゃダメです!」
「そうじゃ! 寝ておれ!」
「グ、グレンくんは休むべきだよぉ……!」
三方向から同時に押し戻され、グレンは情けなくベッドに沈む。
「……俺、そんなに心配かけた?」
「当たり前じゃ」
ルリは迷いなく答えた。
「だって、わし……おぬしが戻ってくると信じてたから……」
カイナは頬を赤くしながら、ぼそっと呟く。
「……別に、心配してたわけじゃないけど……その、なんか……ムカついたから……ね」
リノアはそんな中、じっとグレンを見つめ、少し表情を強張らせる
「みんな……待ってたんですよ。それで、一つ聞きたいことがありますグレン君」
少し張り詰めた空気感にグレンは姿勢をただし、リノアのほうを向く。
静かに、しかしはっきりと、リノアは言葉を紡いだ
「あなたは何者なんですか、グレン君」
ルリとカイナが硬直する。疑われるのは当然だ。だって魔力残穢が確認されたあの穴に落ちたのはグレンとカイナだけ。当時の状況をちゃんと把握できているリノアがグレンを疑うのは必然といっても過言ではない。
イェルンとゼルシスも同様だろう。上にどのような報告をしているか分からないが、現場を真っ先に確認した二人だ。
グレンは眉をひそめ、頭を抱えた。どう表現すればいいのか、真実を言っていいのか分からないからだ。
するとコンコンと扉がノックされる。
「入るぞ、グレン」
イェルンだった。医務棟職員が呼びに行ったのだろう。
「簡潔に、そしてありのままに俺がしたことをお前に言っておく」
起きたことに対する言葉や、労いなどは一切ない。まるで、起きることを予期していたかのような冷静な声色。
「まず、上にははぐらかして報告してある。奴らは現場確認に時間がかかりすぎた。あの時洞窟内には他の冒険者も、色んな学生もいたわけだ。グレンのケガは、穴から出てきたAクラスモンスターにやられたということにしておいた」
「他の生徒も、無魔力のグレンを疑う奴はいなかった。そもそも現場をみていないわけだから、情報も錯綜してるしな」
イェルンがぱちんと手を鳴らす。
「つまり、真実を知るものは此処にいる者だけ。そしてお前らも知っているのだろう」
周りを見渡し、そして今一度グレンの目を見てこういった
「勇者グレン。お前は何を企んでいる」




