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十七話 喧騒と焦燥

 ゼルシスが一足先に外へ向かい、グレンはイェルンに担がれて出口へ向かう。ルリ、カイナ、リノアの三人は悲痛な表情を張り付かせたまま黙って歩く。


 全員が地上に引き上げられた瞬間、そこは緊張で張り詰めた空気に満ちていた。


 冒険者、学園の職員、学生、そして宿の女将まで――

 穴の周囲は人だかりとなり、押し問答の怒号が飛び交っている。


「中はどうなってるんだ!?」

「なぜ封鎖なんだよ!説明しろ!」

「怪我人が出たって本当かい、早く通しとくれ!」


 だが、イェルンに抱えられたグレンの姿が見えた瞬間――

 その喧噪は、一気に凍りついた。


 血の匂い。

 赤黒い染み。

 完全に力を失った身体。


 冒険者の一人が青ざめた声で呟く。


「……あの少年、死んでねぇよな……?」


 学園職員が慌てて走り寄る。


「担架!担架を――!」


 イェルンが手短に命じる。


「急げ……出血量が多い。迷っている暇はない」


 しかしその時――

 ざわめきとは別の、冷え切った声がその場を貫いた。


 青銀色の髪を揺らし、完璧な姿勢で歩み寄る少女。


 セラフィナ・リュミエル。

 水属性名家の令嬢であり始星クラスの天才。


 彼女の台詞は、まるで宣告だった。


「影星クラスの最初の犠牲者が無魔力の生徒……まぁ、そうなるわよね。力のない者が淘汰されるのは自然の摂理だわ」


 周囲の空気が凍りつき、ルリの瞳が怒りと悲しみで揺れる。


 リノアが震える声で叫んだ。


「セラフィナさん、それは……ひどすぎます……!」


 だが、セラフィナは瞬きひとつしない。


「事実よ。学園の底辺クラスに怪物の餌になる覚悟もない者がいるなら、それはもう冒険者の土俵にすら立てていないわ」


 近くにいたカルナードが眉をひそめる。


「……グレンは好かねぇが、セラフィナ……俺はお前のことが明確に嫌いだなァ」


「誰よあなた。弱者に優しさを向けても、意味はないわ」


 エルネストが舌打ちし、ブラムは口を噤んだまま沈黙する。


 カイナは悔しさに震える。


「グレンは強いのっ、だって本当は……!」


「カイナ、落ち着くのじゃ」


 ルリが咄嗟に口をふさぎ、カイナはセラフィナを睨みつける。


 セラフィナは首を傾げ、まるで興味もなさそうに言う。


「強い者が生き、弱い者は死ぬ。あなたたち影星クラスは、それを理解していないの」


 空気が完全に凍った。


 だが――その場の緊張を断ち切ったのはゼルシスの声だった。


「セラフィナ。口を慎め」


 ゼルシスは一歩前へ出て、周囲を見回す。


「現場が騒がしすぎる。このままだと良からぬうわさが立つ可能性がある。さっさと封鎖するぞ」


 学園職員が慌ただしく動き始め、簡易柵とロープで周囲の人を下げさせる。


 冒険者はなおも騒ぐが、イェルンが鋭い声で一喝した。


「説明は後だ!まずは負傷者を運ぶのが先だろう!」


 担架が運ばれ、グレンが慎重にその上へ載せられる。


 カイナは泣きそうな顔で見つめる。


「……グレン……お願い、生きて……」


 ルリはグレンの手を握りしめ、呟く。


「……死ぬわけがないじゃろ……死ぬわけ……」


 ただ、その瞳には不安の色が隠せていない。


 イェルンが二人に声をかける。


「医療班に引き渡すぞ。グレン・アッシュフレアの容態は――常軌を逸している」


 ゼルシスが続ける。


「聖教騎士団……七星剣を要請してある。この異変は学園だけでは対処できないだろうからな」


 その言葉で、人々の表情から色が消えた。


 Dクラスダンジョンに――

 七星剣が動く。


 そんな前代未聞の状況に、誰もが息を呑んだ。


 そしてすぐに、学園職員が血相を変えて駆け込んできた。


「ゼルシス教官!本部より追加連絡です!七星剣―第四隊クァルトゥスが、すでに現場へ向かっているとのこと!」


 ざわり、と空気が震えた。


 その名を聞いた瞬間、セラフィナの表情がわずかに揺れる。


「……クァルトゥス?兄様の隊が……?」


 普段の冷徹な仮面が、ほんの一瞬だけ崩れた。


 ゼルシスは短く頷く。


「本部はこの事態を異常災害級として扱い始めたということだ。到着までに現場を整理するぞ、急げ」


 周囲がざわつき、学生たちの間に動揺が走る。


「なんで……Dランクに……」

「クァルトゥスって、調査・解析を得意とする隊じゃ……?」

「まさか、あの奥で……何か……?」


 誰も答えられない。


 ただグレンだけが担架の上で静かに息をし、その周囲を取り巻く空気は異質さを放っていた。


 ゼルシスがまとめるように告げる。


「全生徒は一度学院へ戻れ。明日までの遠征訓練は中止。今後の予定は追って通知する」


 張り詰めた声でそう告げると、騒がしかった現場がゆっくりと動き始める。


 だが――

 全員が理解していた。


 このダンジョンの奥で何かとんでもないことが起きた、ということだけは。


 そしてその中心には――

 ただ一人、無魔力のはずの少年がいた。


 ルリは担架に寄り添って、小さく呟いた。


「……グレン……このまま死んだら……許さんからな……」


 風が吹き、その瞬間誰もが背筋を震わせた。それは、もしかしたら自分がこうなっていたかもしれないという恐怖から来ているのかもしれない。


 学園が、日常と非日常の境界であることを痛感しながら。

 皆はバラバラに散っていった……


 そしてグレンは、1ヶ月ほどの時を、暗闇の中で過ごすことになる――

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