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十六話 天上天下唯我独尊

「あ…ぃあ……」


 声ではなく。音を出した。意識的にではなく、眼前の光景に全身が震え、脳は既に考えるのを停止している。


 仲間の死

 それも、仲良くなったばっかりの彼が。

 胸に剣を突き刺され、絶命している。

 溢れ出る血はとどまることを知らず、シャワーのように胸元から吹き出ている。


 最適解はあったのか。否、そんなものは、はじめから存在しなかったのだろう。


 あったとしても、生存時間を数秒延ばす程度に過ぎない。 


 それが絶望なのだ。


 圧倒的な死を目の前にして、カイナは逆に冷静になった。今までに起きた記憶が、走馬灯のように溢れ出す。

 

 虐められて、強くなろうって決めて、強がって守るなんて言い張ったりして、リノアの友達になって、親の言うことを素直に聞いて……でも才能なんてなくて、これから私はどうなるんだろうってずっと考えて。


 グレンにあって


 新しい強さと優しさの形に気づいて。


 たった一つの間違いで、すべてが崩壊して。


 私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ。


 後悔してもしきれない。目をつぶって、ただ、審判の時を待つ。


 温かいものが、太ももを伝う。


 自分の意思では止められない、生理的な反応。

 羞恥など感じている余裕はない。


「ごめん……み……」


 一斉にモックアップドールがとびかかり、そういいかけたその時――


 ドゥゥゥゥン!という重低音とともに、熱風が顔に押し寄せる。


 これが死か、虐めより、痛くないじゃん……


 混濁した意識を手放そうとすると――


 熱風が吹き荒れた直後、

 カイナの身体がふわりとどこかに引き寄せられた。


 片腕で抱き上げられていると気づいたのは、

 その腕の持ち主の顔を見た瞬間だった。


 炎のように真っ赤な髪。

 黄金の瞳。

 そして、誰もが憧れる最強の魔法使い。


「……えっ、だれ?」


「俺だよ。グレンだけど?」


 一瞬、世界が静止した。


「ええええええええ!? グレンってあのグレン!?でもあなたは勇者…!?でも胸元に傷があって…!?って血がながれてない?」


「燃やして塞いだ」


「なんで、どうしてこんなところにっっ」


「説明は後だ」


 勇者グレンは前を向く。さっき、助けに来たときに切った奴らが3匹、事切れて霧散していた。


 赤熱化した剣の切っ先を向け、グレンは一言言い放った。


「ここからは、俺のターンだ」


 グレンがそう言った瞬間――


 焦げた床が波打つように震え、残っていたモックアップドールが四方から一斉に襲いかかってきた。


 カイナは思わず悲鳴にならない息を漏らす。


「く、来る……!」


「まずは雑魚から片付ける」


 グレンは静かに剣を振り下ろした。


「紅よ喰らえ!フレイムデヴォア!」


 床から噴き上がった紅蓮の顎が1体目を丸ごと飲み込み、瞬時に灰へと変える。


 続けざまに跳びかかる二体。


「紅よ爆ぜろ!フレアテンペスト!」


 剣を払うと、赤い竜巻が立ち上がり、二体をまとめて巻き込んだ。

 二匹は跡形も無く霧散した。


 最後の1体がカイナへ一直線に突撃する。


「きゃ――!」


「紅よ護れ!フレイムウォード!」


 紅玉の結晶壁が瞬時に展開し、巨大な腕が叩きつけられてもびくともしない。


 衝撃は消え、炎の結晶壁だけが淡く光っていた。


 カイナは呆然とつぶやく。


「な……にこれ……?すごい、温かい……」


「傷一つつけねぇよ」


 グレンは軽く微笑み、最後のドールの首を刎ねた。


 残るは一体。


 巨体が地響きを立てて立ち上がる。

 黒いヒビの奥で、虚ろな紫光が脈打つ。


『グァァァァ……』


「アビスフォールト……っ」


 カイナは青ざめる。


 モックアップドールとは構造も強度も別格。

 クラスAダンジョンの中でも出会ったら最後と称される魔物。


 グレンはただ、歩いていく。


「大丈夫、ここから本番だ」


 アビスフォールトが咆哮とともに突進する。

 その速度は巨体に似合わず尋常じゃない。


 カイナが叫ぶ。


「グレン! 避け――!」


「まぁ、みてろって」


 跳びかかる巨腕。

 地面を砕くほどの破壊力。


 グレンは真正面から剣を構えた。


 そして、世界が紅く染まる。


 「紅よ――裁けラグナロク!!」


 天井に届く灼熱の審判光がアビスフォールトをまっぷたつに貫く。

 内部から炎が噴き出し、巨体は瞬時に蒸発する。

 残ったのは熱風だけ。


 紅の輝きが消える頃、グレンが静かに振り向く。


 カイナは膝から崩れる。


「……グレン……ひっ……わた、わたし……」


「よく持ちこたえたな」


 その一言で、張り詰めていたものがすべて解け、カイナは泣きながらグレンに抱きついた。


「カッコよすぎぃぃい……ありがとおおおグレンんんんんん」

「ハハハ……」


 カイナは力任せにグレンを締め付ける。


 生きている……まだ、生きている。


 グレンの胸にある温かみが、それを実感させていた――






「ちょ、カイナ、離してくれないか?」

「えへへ〜。ちょっとくらい、良いではないか〜」


 戦闘終了から数分が経った後も、カイナはずっとグレンに張り付いている。その腕は、大人におぶられる子供のようにシッカリと、離れる気配がないほどに力強い。


「カイナ、指輪見つけないと、俺勇者だってバレちゃうんだって!」


「バレていいもん!カッコイイし、逆に何で隠してるの?」


 当然の疑問である。しかし、はじめから説明すると小一時間を使う必要があるため、ぽんぽんと頭を叩き、こういった。


「後で説明するよ」


 カイナは若干不貞腐れながらも、渋々離れ、ともに指輪を探す。しかし、妙に距離が近く、これでは同じ場所を探しているのと何ら変わりない。


「あのー、カイナさん……?」

「ん〜?私もちゃんと探してるよ〜?」


 そう言って探しているふりをするも、その目はグレンをずっと追っていた。


 指輪が見つかったのは、先生が助けに来るわずか数分前だった……






「カイナーーー!グレーーーーーン!いるかあああ!」


 穴の上からイェルンの声がする。リノアが助けを呼んできてくれたようだ。


「はい!ここにいますよーー!」


 グレンらが返事をした後、ロープがシュルシュルっと下に垂れてくる。


「ロープを垂らした。すまないが頑張って上がってきてくれ」


 イェルンの落ち着いた声が響く。


 カイナはロープを握りしめながら、ちら、と横を見た。

 さっきまで泣きながらしがみついていた相手――グレンは、もう何事もなかったかのように息を整え、軽く頷いた。


「先に上がれ。カイナ」


「え、でも……!」


「俺なら大丈夫だって」


 あの地獄の光景を見た後だからこそ、

 その言葉が何よりも強く響いた。


「……うん」


 カイナはロープをよじ登り始める。

 体を強く打ったせいか力が入らず、途中で腕が震えたが――


「ここさえ登りきればもう安全だから」


 カイナの背中に手が触れる。思っていたよりずっと大きくて、不思議と力が湧いてくる言葉にカイナは強張った肩を弛緩させる。


 下からグレンが支えてくれている。そう思い安心したのかカイナはゆっくりとロープを登り始めた。


「ありがと……!」


 かすれた声でそう呟き、カイナは勢いよく地上へと登っていく。


 穴の上ではルリとリノアが真っ先に手を伸ばしてきた。


「カイナちゃん!!」

「よかった……ほんとうによかった……!」


 二人が強く抱きしめると、カイナはまた涙がこぼれそうになった。


 そして次に――


「グレンは来れるかっ!」


 イェルンの声が再度響く。

 グレンは他の敵が現れる前にさっさと撤退しようと手を伸ばす。


 その時。


 グレンがロープを掴んだ瞬間、力がふっと抜ける


「……ッ」


 思った以上に体が重い。出血量は恐らく致死量ギリギリ。立っていられるのもやっとのような状態である。


 魔力は指輪で封じられ、さっきの無茶が反動で押し寄せる。


 グレンは意識を失いかけるも、気力のみでロープを登る。ここに今、人を来させるわけにはいかない。時間をかけすぎると、次に何が出てくるのか、わかったものでない。


 何も考えず、いや、考えられぬままに一心不乱に腕を動かす。延々にも感じられるほどに長いロープは、次第に終わりが見えてくる。


 最後の一手、地表に上がろうとしたその刹那、安心からか力が抜けて体がふわりと宙に浮く。


「グレンくん!?」


 ルリとリノアが咄嗟に腕を掴む、しかしその衝撃に耐えきれずに落ちかける――


「淡よ纏え、スピリタ」


 どこからともなく声が聞こえ、3人の体は何かにささえられる。


「霊属性初期魔法スピリタだ。永遠は持たん。早く上がってこい」


 イェルンがどこからともなく現れ。腕を前に出したままとまる。繊細な魔力操作に助けられ、三人は地面に転がり込む。


 息も絶え絶えに、グレンはかろうじて声を振り絞った。


「……下は……降りるな……危険だ……Aクラス特有の瘴気……それに……モンスター……」


 そこまで言うと、ぱたりと意識を手放した。


「グレン!!」


 ルリが抱き起こす。脈はあるが極端に弱い。冷汗が額を伝う。


 その時――


「……これは、何だ?」


 イェルンの横から始星クラス担任が姿を現す。


「私だ、ゼルシス・クラインだ。道を通してもらうぞ」


 彼は洞窟の縁に膝をつき、地面に手をかざす。


 まだ微かに漂う紅い余燼のような残穢に気がついたのか、ゼルシスは目を細め、暗がりの穴を見つめながら口を開く。


「こんな……あり得ん……」


 イェルンも震えた声で呟く。


「ゼルシス……このマナの密度、入力は灼か、それ以上か……?モンスターが出したなら、Aクラス以上でも間違いないレベルか……」


 ゼルシスは無言のまま、手袋をきつく握りしめた。


「学院内で、この規模の炎属性を扱える一年は――存在しない……存在するはずが、ないのだがな」


 ルリの肩がぴくりと揺れる。彼女はグレンの秘密を知っている。ここで、動揺するわけにはいかない。


「……ゼルシス先生、下へは……?」


「行かない」


 即答だった。


「危険度が常軌を逸している。私でも、生半可に踏み込めば命がないだろう」


 一瞬の静寂、その後だった。


「――聖教騎士団、七星剣を要請する」


 イェルンが口を開くと、その場の空気が凍りついた。


 たかがDクラスダンジョンで、騎士団派遣が必要になるなど前代未聞だ。


「先生、本当に……そこまで……?」


「見ればわかる。これは人間の魔力とは思えん」


 ルリは抱きしめているグレンの手をぎゅっと握った。握り返されることはなく、弱々しい。


 カイナが震え声で呟く。


「……グレンくん、死なないよね……?」


 ルリは、強く首を振った。


「死ぬわけがないじゃろ……」


 それは、希望にも近い訴えだった。


 ――異常な魔力残穢。

 ――Aクラスダンジョン級のモンスター

 ――底が見えぬほど深い穴


 やがてゼルシスは立ち上がり、きっぱりと言う。


「全員、撤収する。負傷者を優先し、医務室へ。……この地下迷宮は一時封鎖だろう。聖教騎士団が来るまで、誰も近づくな」


 その声は、微かに震えていた。


 学園でも稀に見るほどの危険な何かが起きた瞬間だった。

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