十二話 流転
金曜の朝。明日から二日間の休みが始まるということもあり、影星クラスはやや浮ついた空気が流れていた。
しかしグレンが教室に入った瞬間――
空気は違う意味でざわついた。
三人衆が、よりによってグレンの席に座っていたからだ。机の上に広げたパン、足を組む姿勢。完全に自分の席として扱っている。
「……そこ俺の席だけど」
静かに言う。しかし――
「…………」
「…………」
「…………」
三人衆は揃って無視。
本当にそこに誰もいないかのように扱う。
「無魔力野郎なんか席あっても無意味だろ」
「週末前だし、好きにさせてもらうわ」
「無っている意味ある……?」
クスリと小さく笑い声が漏れた。
その時だった。
「ちょ、ちょっとさぁ! それはダメでしょ!」
橙髪の少女――カイナ・カーレットが勢いよく立ち上がった。
「だってそこグレンくんの席だよ!? 休み前に嫌な気分にさせんなっての!」
三人衆は、一瞬だけ視線を移す。
「……なんだよカイナ。あいつと友達になったつもり?」
「休み前で調子乗ってんじゃねーよ」
「宿題も出せないくせに英雄気取り?」
図星を刺されたカイナは「ぐぬっ」となるが、それでも引かなかった。
「だ、だけどダメなもんはダメ! せめて週末前くらい気持ちよく過ごさせなよ!」
その瞬間――
ガラッ。
教室の扉が開き、担任 イェルン・グレイモンド が入ってきた。
「――全員、席につけ」
その声は鋭く、重かった。
三人衆は即座に席を離れ、散っていく。
カイナは安堵した表情で、こっそりグレンへ親指を立てる。
「……ありがと」
グレンが言うと、カイナは一瞬驚き、
「へっ!? あ、う、うん……!」
と照れて自分の席に戻った。
「突然だが、来週の月曜日からDランクダンジョンでの実地訓練を開催できることになった。」
教室内がざわめき、感情の渦が巻き起こる。
とある生徒が質問する
「先生!私戦闘経験ないんですけど、大丈夫なんですか」
メガネをクイッと上に、イェルンはチョークを彼女に指す。
「良い質問だ。結論から言うと、死ぬ危険性はほとんどない。ただ、死の危険、だ。ケガをするやつはいるだろうし、もしかしたら重傷を負うやつも出てくるかもしれん」
イェルンは一人一人の生徒に目を配らせながら言う。
「だから今回は3人パーティーを組んでもらう。Dクラスだからギルドの新米が一人で修行するような所だが……安全性に配慮した結果だな」
もう一人の男子生徒が手を挙げる
「イェルン先生っ!ではでは、日程などは決まっておられるのでしょうか!?日帰りなのでしょうか」
イェルンはその質問を待っていましたと言わんばかりにチョークで黒板になぐり書きをする
「三日。だ、今回は宿側、そしてダンジョン側が閑散期らしく。かなり緩めのスケジュールが組めた。本来ならば二日が限度なのだが、よかったなお前ら」
きっと教師にも負担が大きいイベントだったのだろう。無愛想なイェルン先生の表情が少し笑顔に見えるような気がした。
「まぁ、それでな、今日は体力づくりに励もうと思う。体を動かしていない生徒も多いだろう。ちなみに、運動は始星と合同だ。戦争になるぞ」
男性陣からはウォォォ!という雄叫びにも近い声が、女性陣からはえぇっ……という面倒くさいという感情が、見え隠れしているのであった――
1時間ほど後、影星と始星の生徒たちがざわつきながら二列に並んでいた。今日のメニューは、四環区から三環区までの長距離走――魔法禁止、純粋な体力測定だ。
「なんで庶民の街まで降りないといけないの……?」
「教師の気まぐれでしょ。最悪だわ」
始星側の生徒たちから、そんな声が聞こえる。中でもセラフィナは露骨に眉をひそめていた。
一方、影星クラスは緊張と期待が混じる者が多く、階級差を如実に感じられる。
ルリはグレンを見つけ手を振ると、さもそれが当たり前かのように列の後方に並んだ。しかし既に体に違和感があるのか、肩で息をし胸元を押さえている。
イェルンが腕を組み、全体へ声を張った。
「魔法は禁止だ。逃げるな、歩くな、とまでは言わんが……手を抜いた者は評価がさがるだろうな。では……」
生徒たちが息を呑んだ瞬間、
「走れ」
短い号令とともに、一斉にスタートした。
序盤からルリの足は明らかに重かった。
一歩一歩と足を踏みしめる度、顔を歪めて立ち止まるように速度が落ちていく。
「ルリ、大丈夫か?」
「……っ、はぁ……はぁ……」
「胸……苦しい……。置いていかないで……」
グレンは歩調を合わせ、ルリの背に手を添える。
その横を、カルナードと始星の数名が追い抜きざまに鼻で笑う。
「おう無魔力くんよ、体力まで俺に負けたら何も残んねぇぞ」
「始星を助けても何も出ませんわよ無魔力さん」
セラフィナの声が冷たく響いた。
中盤、四環から三環へと続く石畳の急勾配に差し掛かると、ルリの足取りは限界に近づいた。ついには小さくよろめき、膝から崩れ落ちる。
「ルリ!」
グレンが慌てて抱き止める。
その様子を、少し後方から見ていた小柄な男子――
小太りの影星生徒・ブラムが息を切らしながら駆け寄った。
「ル、ルリちゃん……っ!そ、その……! よかったら……ぼ、僕が……背負って……!」
控えめな性格ながら、必死の表情で手を差し伸べる。
しかしルリは涙目で首を振った。
「い、いい……です……っ」
ブラムの顔に、明確な落胆と嫉妬が滲んだ。
その視線の先で、グレンが静かにルリを背負う。
「……行くぞ。もう無理するな」
ルリは抵抗できず、弱々しく頷いた。
荒々しく不規則にルリは呼吸する。凍てつくような息を首筋に感じ、グレンはビクリと体を震わせる。
ルリからは重さそのものではなく――命の灯が揺らめくような不安定さが伝わってくる。
グレンは黙ったまま、一歩ずつ階段を上るように坂を進んだ。
その途中、始星の列の中からひとり、フードを深く被った生徒がじっとグレンを見ていた。
名も知らぬその生徒の瞳が、一瞬だけ鋭く光る。
「………………」
グレンが気づく前に、生徒は集団へ紛れて消えた。
影星のゴール地点、三環入口。
息を切らした影星生徒たちが次々と並ぶ中、グレンはルリを背負ったまま最後尾に近い位置で姿を現した。
その姿にざわめきが広がる。
「おぶってる……?」
「てか、どんだけ遅いんだよ」
クスクスと笑いが漏れた。
その時、隊列を監督していたイェルンが前に歩み出た。
腕を組み、無表情に見える顔をほんのわずかに崩す。
「ほぅ……」
たったそれだけの声。
しかし、それは確かに評価の色を含んでいた。
グレンは気づかず、ただルリを下ろして座らせる。
「グレン……ごめ、なさい……」
「いいんだ。無理はするな」
その会話を耳にしながら、ブラムは拳を震わせた。
なんでそんな冴えない男と一緒にいるんだと言わんばかりにグレンを睨みつけ、拒絶されたルリにも同じ視線を送る。
悔しさにかすむ視界で、じっと二人を見つめ続けていた。
そして少し離れた場所では――
始星のフードを深くかぶった生徒が、再びグレンへと視線を送っていた。
「理解」
その呟きを誰も聞くことはなかった。
ほんの少しがたった後、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
金曜の放課後、影星クラスは解放感に包まれた。
「ふぅーっ! 明日から休みだぁー!」とカイナが大きな伸びをする。
グレンに駆け寄り、
「ね、今日さ……その……朝のやつ、気にすんなよ!あたし、ただ言っただけだから!」
「うん。助かったよ」
「っ……~~~~! そ、そんな……! べ、別に休み前だし……!」
褒められ慣れていないのか、橙髪の彼女は顔を赤くして誤魔化すように手を振って去っていく。
三人衆は遠くから、
「カイナ調子乗ってんな」
「休み前だからってヒーロー気取りかよ」
など言っているが、今日はカイナは聞こえないふりをした。
週末前――
影星クラスの空気に、ほんの少しだけ変化の色が差し込んでいた。




