十話 普通の、なり方
影星クラスの教室前。
朝の冷たい空気の中、生徒たちがぽつぽつと集まり始めていた。
「……あ、また来た。魔力ゼロ勇者」
影星クラスで幅を利かせている三人組が、グレンを見つけてニヤつく。
「なぁ、お前さぁ……今日の授業、どうすんの? 魔法のまの字も出せねぇのに」
「いや、出るかもしれないよ、 奇跡の1マナとか」
「ハハッ! 影星どころか陰キャクラス行きだろもう!」
周りの数人が笑う。
グレンは俯きもせず、まっすぐ歩いてすれ違おうとする。
「……どいて」
「おっと、口だけは強気だな。魔力ゼロでも言霊は撃てるってか?」
その瞬間、グレンは立ち止まる。
息をゆっくり吸い、小さく返す。
「……授業に遅れる」
挑発にも乗らず、殴りもせず、淡々とした声。
逆に三人がムッとした。
「チッ……つまんねぇやつ」
「まぁいいよ、どうせ授業でまた笑わせてくれるんだろ」
バカにした声が後ろから飛ぶ。
だがグレンは振り返らない。
その時――
ガチャッと教室扉が開き、影星クラス担任 イェルン・グレイモンド が姿を見せた。
「おい、朝から無駄口が多いぞ。席につけ。授業を始める」
三人は舌打ちしながら散り、
グレンは無言のまま自席へ向かう。
その背中は静かだが、どこか澄んだ強さがあった。
影星クラスの初回授業。
教壇には灰髪の中年教師――イェルン・グレイモンドが立ち、黒板へ滑らかに記号を書いていく。
入力:火 → 煌 → 焔 → 烈 → 灼
出力:フレム → フレア → フラガ → フレギオン → フレオス
教室が静まり、イェルンは淡々と語り始めた。
「魔法はまず入力で魔力の型をつくり、
出力でそれを外へ放つ――この二段構造が基本だ」
「火属性なら火が最も初歩の入力。
そこから煌、焔、烈、灼へと進化していく。
これを 五段入力と呼ぶ」
チョークが「フレム→フレオス」へ移る。
「一方、こちらが呪文の出力だ。フレムが火種、フレアが初級炎撃……最上位はフレオス。どれだけ入力が高くても、術式理解がなければ撃てない」
教室がざわつく。
三人衆の一人カルナードが「フレオスとか死ぬって……」と小声で騒ぐ。
イェルンはそれを無視して説明を続けた。
火よ、穿て――フレム!
「入力火に出力フレム。正常に燃え、貫く」
火よ、穿て――フレオス!
「……こちらは明確な失敗だ。入力が足りず、魔力構造が支えきれない。結果、フレムより弱い火がぽっと出る――それだけだ」
「俺はこの前からフラガの練習をしだしたぜ」
カルナードが隣にいるブラムをつつきながら駄弁る。イェルンは聞こえないふりをしているのか、振り向くことはせずに説明を続ける。
グレンは真剣にノートを取りながら、黙って耳を傾けていた。
その時、斜め前にいたカイナが勢いよく立ち上がり、質問を投げかける。
「じゃあ、入力が灼まで行けば誰でもフレオス撃てるわけじゃないんですかっ!?」
「その通りだ。
入力は魔力の量。
出力は術式の理解や精密さ。
全く別の能力だ」
続いておずおずと、リノアが手を上げる。
「あの……その……例外ってありますか?
入力が低くても……強い出力が出てしまう人とか……」
教室が静まり返る。
イェルンは一瞬だけ目を細め、静かに頷いた。
「――極めて稀に、いる」
「だがそれは正規の魔法ではなく、異常現象に分類される。血統、特殊体質、あるいは……危険な理由による例外だ」
リノアが小さく肩をすくめると、ペコリと礼をして席に着いた。
イェルンは黒板の端へ新たな文字を書きだす。
《固有魔導》
「さて……最後にもう一つ。
これも滅多に出会うことはないが――」
「極稀に、入力も出力も既存体系に当てはまらない完全独自の魔法を使う者が存在する。」
教室が色めき立つ。
「彼らは独自の精神性、魔力構造、極度の才能によって誰にも真似できない自分だけの魔法を編み出す」
「ただし、これは――完全に才能だ。
努力で到達できる領域ではない。
数百万人に一人の異常現象だ」
生徒たちの目がきらきらとする。
イェルンは、しかし声のトーンを落とした。
「例を挙げれば――つい先日、殉職と発表された勇者グレン・アステラフレア」
教室が静まり返る。
グレンは息を飲んだ。
「彼は火属性でありながら、入力系統に紅という独自段階を持ち、出力にはラグナロクという異質な呪文を持っていたと記録されている」
「紅……ラグナロク――
既存の魔導理論では説明できない、異端の力だ」
グレンは胸が締めつけられるのを感じた。
誰にも悟られないように、拳を机の上で静かに握る。
生徒たちは、はしゃいだり、羨望の眼差しを何処かへ向けたり。はたまた英雄の名に畏怖を覚えたり……多種多様の反応が、教室内に広がっていた。
イェルンは黒板に描いた炎の図を指で軽く叩いた。
白い粉がふわりと落ちる。
「……すまない大事な部分が抜け落ちていた、形態変化について教えておこう」
ざわついていたクラスがまた静かになる。
イェルンは三本の縦線を引き、それぞれに文字を書いていく。
入力(形をつくる) → 形態(形を変化させる) → 出力(変化させたものをそのまま撃ち出す)
「さきほど言ったように、魔法は入力の段階で性能が決まる。
そして出力でどれだけ威力を落とさず撃てるかが決まる」
「だが――その間に必ず形態変化が挟まる」
チョークの先で真ん中の段をコンと叩く。
「簡単に言えば、魔力を『どういう形で使うか』という指示だ。」
イェルンは新しい炎の絵を描いた。
「たとえば火属性なら――」
□ 火よ穿て(うがて)
→ 魔力は貫通する形に変換され、細く鋭い熱線となる。
→ 出力がフレムなら小さな穴を開け、フレアなら木板を貫通する。
□ 火よ纏え(まとえ)
→ 魔力は覆う形に変換され、術者の周囲に薄い火膜が立つ。
→ 防御や近距離戦に用いる。
□ 火よ奔れ(はしれ)
→ 炎が走る形に変わり、蛇のように地を這って地面を焼き尽くす。
「同じ入力段階、同じ出力段階でも――
形態の選択によって、魔法はまったく別物になる」
カイナが「走る炎とか絶対カッケェ……!」と興奮し、リノアは「纏う火……綺麗そう……」と小さく呟いた。
グレンは無意識に自分の手を見つめる。
今は感じないが、この体躯に、異常なまでのマナの流動を感じていた事を、そして、知らずの間に人知を超える魔法を会得していた事を。
黒板をパン、と払ってチョークの粉を落とし、イェルンは教室全体を見渡した。
「魔法は三段構造で成り立つ」
「入力が力、
形態変化が技、
そして出力が結果だ。」
「どれか一つ欠けても不完全。
三つが揃って初めて――魔法になる」
静かに、深く響く声。
「焦らず、じっくり学べ。お前たちの一年は、まだ始まったばかりだ」
「あと、理解してると思うが、魔法には適性というものがある。火属性が得意なやつが水属性の魔法をつかおうとしても下級の魔法すら使えんことはザラだ。お前らはもう自分の得意な魔法を見つけていると思う。あとは、それをどう伸ばすかだ」
イェルンは、一通り説明を終えるとチョークをたん、とはじくように置く。その瞬間、授業を終了とするベルが鳴り響いたのだった……




