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『小説家になろう』公式企画

降伏

作者: 敷知遠江守

<登場人物>

レトニツァ子爵フリスト:エディルネ王国一の武人

ゲルギエフ:レトニツァ子爵の副官

オムルタグ伯ラドゥル:反乱軍に降伏した貴族、レトニツァ子爵の友人

兵士の皆さん他

 白銀の軽鎧を身に纏った男が、手にした槍で敵兵を貫く。

飛び散る鮮血。響き渡る断末魔の叫び。そして男の気合いの雄叫び。

白銀の鎧は飛び散った血を流してしまうのだが、インナーはそうではない。真っ赤に染まっているが、果たして元の色が何色か見当もつかない。


「我こそはエディルネ王国にその人ありと言われたレトニツァ子爵だ! 命のいらぬ者はかかって来い!」


 血の滴る槍の石突をダムと地に叩きつける。その姿はまるで神話の戦の神のそれ。

 敵兵は恐れおののき、一歩また一歩と後退る。その態度に戦意はもはや感じられない。

 そんな敵兵に雄叫びをあげて襲い掛かる兵たち。鎧はすでにボロボロ、インナーも破れ、体に付着する血は、もはや己のものなのか、敵のものなのか判別は付かない。


 与えられた陣地付近の小さな小さな森、そこに杭を立て簡易の陣を構築。襲い来る敵兵を防いでいるレトニツァ子爵の部隊。これまで三度の大きな襲撃を耐えきった。戦闘の度に味方は減っていく。だが、兵たちは知っている。自分たちの指揮官が万夫不当だと言う事を。その為、開戦からこれまで全く士気は衰えてはいない。


「い、一旦、ひ、退け!」


 敵の指揮官が震える声で兵に命じる。来た時はあれだけ勇ましかったというに、わずかな時間で随分と臆病風に吹かれたものだ。

だがレトニツァ子爵はそう簡単には逃さない。


「石弓構え! 撃て!」


 号令一喝、兵たちが腰に下げていた石弓に矢を番えて、一斉にトリガーを引く。

 放たれた矢が、まるで猛禽のように空から撤退する兵を襲う。

 そこからはもう敵兵は潰走であった。我先にと逃げ去っていく。


「すぐに次が来るぞ、今のうちに食事と水分を取っておけよ」


 子爵の副官ゲルギエフが兵たちに命じた。



 ◇


「ここは周囲を木々に囲まれていて、戦場の動向がいまいち掴めませんね。送った斥候は誰も戻って来ませんし、どうしたものでしょうね」


 ライ麦パンを齧りながら、ゲルギエフは子爵に不安そうな声をかけた。


「我らの使命はこの地を確保し続ける事だ。我らがここを押え続ければ、敵は攻め手を欠く事になる。ここは左翼でも最も重要な拠点……と軍議では聞いていたのだが。そのわりには攻撃が緩い気がするな」


 ゲルギエフが懐から戦場の簡単な地図を取り出し広げる。それを子爵が覗き見る。

 自分たちがいるのは左翼でも最も重要な翼の中間地点。本陣から見て明らかに左翼が突出した布陣となっており、我らの部隊に敵の攻撃が集中するはず。そして、左翼で敵の部隊を足止めしている間に、右翼部隊が敵の側面を突くという手筈だったはず。


 確かに第一波、第二波の兵は多かった。だが、当初の作戦案からしたら、襲い来る敵の数はこんなものでは無いはず。


「もしかして、敵は我らを避け、他の左翼部隊を集中して攻撃していたりするのでしょうか?」


「それならそれで、こちらにも打つ手はあるというもの。だが、斥候が戻って来ぬと、その辺りの事すらわからんな」


 二人でそんな事を言い合っていると、斥候の一人が慌てて帰って来た。「敵影見ゆ」の報告に兵たちに緊張が走る。各々武器を手に配置に付く。

 子爵も妻のスカーフの巻かれた愛用の槍を手に取り、ゲルギエフも刃こぼれの酷い片手剣を手に取った。


 風に揺れる木々のさわさわという騒めきだけが響き渡る。そこに馬の嘶きと兵の靴音が近づいてきた。

 ところが、敵の部隊は子爵たちの部隊から少し距離を取った状態で進軍を止めた。

 一人の騎士が騎乗のまま前に進み出る。


「我が友フリスト! 私だ! ラドゥルだ! 私の話を聞いてはもらえないだろうか!」


 その声に子爵が槍を手にしたまま、兵たちの前に進み出る。


「裏切者が我が名を気安く呼ぶな! 裏切者に話す舌など持ってはおらん! さっさとかかってまいれ!」


「我が友! 私は貴殿を失いたくはない! だから話を聞いて欲しい!」


「聞く耳持たぬ! 反乱軍如きに一戦もせずに降伏した腰抜けめ! 悔しければ武を持って相対すべし!」


 二人の言葉の応酬が一旦終わって、さらに両軍に緊張が高まる。

 子爵の槍が敵軍に向けられる。

 だが、相手は攻め込んでは来なかった。


「なれば、そのまま聞いてくれ! 戦はもう終わった。右翼部隊は我らの総攻撃にあって潰走。本陣は戦わずに撤退した。残った左翼部隊も多くは撤退。もう残るは貴殿の部隊だけだ。この森は完全に包囲されている」


「そのような戯言に惑わされるか!」


「なれば、今一度斥候を放つが良い。私の言が戯言か否かすぐにわかるであろう」


 それでもまだ信じられぬ子爵は、ゲルギエフに目配せした。ゲルギエフが数人の兵に斥候に立つように命じる。

左右と後背、三方向に放った斥候だったが、すぐに真っ青な顔で戻って来た。三人の斥候がラドゥルの言う事が真実であると告げる。


 子爵は陣の中に立てられたレトニツァ子爵の紋章の入った深紅の旗を引き抜き、敵に向けて放り投げた。どうやら話し合いに応じてはくれるらしい。そう感じたラドゥルは、数人の親衛隊に護衛されながら陣地に向かって歩み出た。

 子爵も陣地を抜けて歩み出る。


「我は降伏はせぬ。王国に忠義を尽くす。それが武人というものだ。だから見逃して欲しい」


 「何たる図々しい」という呟きが敵の親衛隊の口から洩れる。だが、その親衛隊を子爵とラドゥルが睨む。


「何故そこまであの国に尽くす? 民を虐げ、周辺国に無暗に恫喝を繰り返し、ただ気に入らないというだけの理由で貴族を粛清するあの凡愚な王に」


「それが武人というものだからだ。我は養父にそう教えられた」


「私は養父であるオムルタグ伯爵からはそうは教わらなかったぞ。貴族は民を慈しみ、民を守るものだと教わった。仮に民を虐げるのが国であっても、それから守り通すのが貴族というものだと」


「我は……武人だ。この槍は大切なものを守るためにある」


 子爵が口籠って、ラドゥルから顔を背ける。その姿はまるで子供が親に叱られているかのよう。


「なあ、フリスト。聞かせてくれ。貴殿の大切なものとは何だ? 暴虐の限りを尽くす王か? それとも領民か?」


「我は武人で――」


「軍はお前たちを見捨てて逃げたんだよ! 何の連絡もせずに! それでもまだ、王国に忠節を尽くすって言うのかよ! お前の矜持に付き合わされる兵たちの身にもなれよ!」


 子爵は恐る恐るという感じで後背に視線を移した。もはや、兵たちからは戦意は欠片も感じない。 

 その瞬間、子爵の膝からふっと力が抜けた。先に膝を付き、次いで両手を地に付いた。肩が震えている。瞳から雫がぽたぽたと垂れる。


「我が友フリスト。私と一緒にこの国を立て直してくれるな? さあ、立って一緒に首都を目指そうじゃないか」

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― 新着の感想 ―
 武を振りかざし支えにして言葉と凶器の矛を向ける者は、大義などを免罪符や拠り所にし、自分以外が屍だらけになろうとも相手の粗を命ごと突く以外の選択肢を選ぶ勇気や寛容性を中々持てない暴走系と隣り合わせなん…
 多分降伏勧告に来た彼は、友人の骸ひとつを持って帰陣することとなるんでしょうね。武人の矜持とは身を以てそれを示すことでしょうし。  それに武人とは多くの者の命に責任を持つ者ですしね。せめて贖罪の柔軟さ…
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