お嬢様、舞台に立つ!
「イリン。私って、魅力ないのかしら?」
陽気な天気とは裏腹に、お嬢様の顔に影を落とした。
「何をおっしゃいます、お嬢様。お嬢様は、世界一可愛らしい方です。」
「さすがにそれは、言い過ぎだと思うわ。」
小さく微笑んだお嬢様は、どこからどう見ても美少女である。
お嬢様がこんなことを言い出すのは、あの婚約者のせいだ。
私のお嬢様、リリエル・マリエ様は、マリエ男爵家のご令嬢だ。
ご両親からも、兄君方からも、使用人たちからも、愛されて育ってこられた。
男爵家の手中の玉である。
そんなお嬢様にお仕えし始めたのは、7年前。
お嬢様が8歳、私が12歳の時である。
我が家系は少々特殊で、自ら主人を決め、主人に尽くすことを史上としている。
なかなかに能力が高いために引くて数多なのだが、主人と決めた人にしか仕えないため、頑固な家系でもある。
その傾向が、特に強く受け継がれるのは女性が多いため、我が家系は女系の一族としても有名である。
王妃陛下をはじめ、多方面に仕えているため、その人脈は国内一といっても過言ではない。
そんな一族の三女として生まれた私は、10歳にして運命の人に出会い、二年の修行を経て、12歳から仕えることになったのである。
お嬢様の喜びは、私の喜び。
お嬢様の幸せは、私の幸せ。
お嬢様の悲しみは、私の怒りと復讐の炎となった。
お嬢様に仕える喜びを噛み締めながら、日々を過ごしていた。
お嬢様が10歳の頃、婚約の話が持ち上がった。
例のクソである。
クソの名前は、アンダー・シモン。
4歳年上の伯爵家の嫡男である。
伯爵家は当代に代わってから、業績を落とし続け、今では借金まみれの家系。
対して男爵家は、先代と当代の手腕で、国内でも有数なお金持ちである。
そこに目をつけた伯爵家は、爵位を振り翳し、強制に近い形で婚約を成立させた。
お金で優っても、爵位の差には勝てなかったのだ。
それでも、相手が誠実ならば良かった。
だがそれは、張りぼてだった。
初めの一年ほどは、定期的なお茶会に、手紙に、贈り物と、誠実な対応をしていた。
だがそれは、たった一年で覆された。
お茶会に遅れることから始まり、手紙や贈り物の回数と質が減っていった。
今では思い出したかのように来るだけで、ほとんど来なくなったのだ。
あのクソがたまにお茶会に来た時には、お嬢様のことを貶して帰るのみ。
本当に、クソはクソでしかない。
典型的なクソだ。
そして、同時に聞こえてくる悪い噂。
貴族、平民関係なく、複数の女性との浮き名を流している。
それは男爵家にも、お嬢様の耳にも入ってきている。
それだけでなく、わざわざ親切に教えてくれる人もいる。
念の為に調べてみた所、噂のほとんどが事実であると判明した。
侍女の情報網を、舐めてはいけない。
あのクソがお嬢様を貶すたび、噂が届くたび、お嬢様の可愛らしい顔が曇る。
……クソは、死ねばいいのに。
父君である旦那様も、お嬢様のことを良く気にかけている。
これほどお嬢様を苦しめるのならばと、婚約破棄も視野に入れている。
家族も使用人一同も、もちろん私も大賛成だ。
「リリベル。婚約の件どうしたい?家族のことは考えず、答えてみてくれ。」
ある日、旦那様はそう切り出した。
「お父様、ごめんなさい。……あの人とは、結婚したくありません。」
「わかった。任せなさい。」
優しいお嬢様が、決断してくださった!
それに強い頷きで答える旦那様。
男爵家が覚悟を決めたのなら、私も全力で手を貸そう。
私は男爵家が不利にならないように、親族に繋ぎをとって備えることにした。
伯爵家なんぞ、地獄に堕ちろ!
お嬢様を泣かせた罪、贖ってもらう!
「いいですか、お嬢様。腹筋に力を込めて!大きく声を出すのです!」
「はい!『アンダー・シモン伯爵令息、この場であなたとの婚約を破棄します!!』」
「お上手!」
私とお嬢様は、来るべき夜会において、伯爵家の跡継ぎを断罪する為に、特訓をしています。
参考書は、『あなたを断罪します!』と言うロマンス小説。
舞台化もしていて、とても有名です。
それを手直しして、私が指導させていただいています。
お嬢様は少し気弱なところがあるので、これで少しでも自信をつけて欲しいと思います。
その気弱なところも、可愛いのですけど!
さあ、お嬢様!
あのクソどもに、一泡吹かせましょう!
一世一代の、舞台のはじまりですよ!
ここはとある侯爵邸。
私の伝手を辿って、この舞台を整えました。
裏方は、私の親族一同。
特に私の叔母は、協力的でした。
叔母の主人である王妃様も悪ノリしてしまい、その結果、最高の舞台が仕上がりました。
ちなみに、叔母も王妃様もこっそり参加しています。
贔屓の劇団に、舞台化してもらうそうです。
哀れな伯爵家……。
世間に恥が広く広まってしまうでしょう。
同情はしませんが!
表向きは普通の夜会ですが、この場をお借りしている侯爵家の方も、お客様も、みんな男爵家の協力者。
お騒がせする許可も、しっかりと取っています。
場もあったまってきたので、いざ!
「アンダー様、お話があります。」
「何だよ、いきなり。」
「アンダー・シモン伯爵令息、この場であなたとの婚約を破棄します!!」
さすがお嬢様!
素晴らしい、先制パンチ!
クリーンヒット!
「……はあ?何ふざけたこと言ってやがる!こっちは伯爵家だぞ!」
来ましたパターンA。
伯爵家であることを持ち出す!
「もちろん、存じています。ですがこれ以上の侮辱は看過できません。婚約者の義務を果たさないこと、婚約者がいながらいかがわしい遊びをしていること。証拠、証人、証言、全て揃えています。」
「ふざけるな!遊んで何が悪い!」
パターンD、開き直り。
「そのお金は、我が男爵家から出ているもの。口を挟む権利はあります。虚偽でお金の要求をしたことも、全て把握済みです。」
「お前が悪いだろ!少しは婚約者をたてたらどうだ!?」
パターンH、お前が悪い!
「婚約者として、諌めるのは当然です。でもあなたは一向に聞かなかった。聞く気もない、関係を良くしようとも思わない。そんなあなたとはやっていけません。今頃父も、伯爵家へ伝えているところです。ご納得いただけないなら、法廷で争うことも視野に入れています。」
「くそっ!」
クソが真っ赤な顔をして、足早にホールを出て行った。
ワァァァァーー!
その途端に起こる歓声と拍手。
娯楽の提供としても良かったみたいです。
その後は、いつも通りの夜会が始まりました。
私と叔母を通じて、王妃様からお嬢様にお声がけがありました。
その時、お嬢様は王妃様から侍女の打診を受けました。
王妃様の下心が透けて見えますが、お嬢様にとっても良い話です。
王妃様の侍女をすれば、箔が付いて下世話な噂などすぐに消えるでしょう。
また、王城で良い人に巡り会える可能性もあります。
旦那様との相談になるでしょうが、良い返事を返すのでしょう。
お嬢様も喜んでいましたから。
それから。
この夜会に来ていた人から情報が回り、伯爵家は肩身狭い思いをしているのだとか。
法廷に出ずに、相手有責で婚約破棄ができました。
また、舞台化によってさらに話が広がっているようで、社交界にも出てこなくなりました。
もともとの借金と今回の慰謝料で、きっと大変なことになっている。
近いうちに爵位返上して没落するだろう。
うちのお嬢様を悲しませたんだから、死ぬまで後悔し続けなさい!




