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第3話 『潜入成功』

「おい……。起きろよ。ったく…なんで寝てんだよ……。」



 オレが彼女に声を掛ける。しかし、返事はない。

 声量を上げても、肩を揺らしてもだ。



 少し冷静になり、先ほどまでの状況を振り返る。



 彼女は、早口で説明し始めていた。


 分厚い本を机の上に置き、付箋に貼ってあるページを開く。


 オレは、この世界の文字が全く読めず、何を書いてあるかさっぱり理解できなかった。


 しかし、なぜか言葉は通じるのである。話せるのに読み書きができない。それもまた、不可解なポイントであった。


 彼女は、必死になって口を開く、一つ一つ話し終わるたびに、俺の方向を向き、反応を確認していた。






『まず、貴方はこのゲームのキャラクターなの。ほら見て?? リュシアン・アーチャーって書いてあるでしょ?ここに書いてあるのが声優さん。あなたの声ね。これはね、リュシアンを含むイケメンを攻略するゲームなのね。それでこれが、喋ってたセリフ一覧。ほら、見覚えあるでしょう? つまり、貴方はこの、二次元の世界の人なのね!?』






 よほど必死に話したのか、息切れをしていた。




 オレはその本をじっと見つめる。確かに、オレの顔がある。制服姿・私服姿・舞踏会衣装…




 また、桃香と過ごしたときの写真のようなものも、複数枚貼られていた。




 この女の言っていることは、もしかして本当のことなのか。




 確かに、普通に考えれば、こんな本があるわけがない。ジャガイモだって、オレと桃香との放課後の教室のことなんて知らないはずだ。


 隣を見ると、彼女はソワソワした様子で、瞬きをパチパチさせていた。






 …変な女。





『…なんだよ。二次元って。そんなのインチキに決まってる。』



 やっぱり信じられない。少しでも信用しようと思ったオレがバカだ。

 ついさっき会ったばかりなのに、オレを必死に口説こうとしている。



 こんな胡散臭い女、誰が相手にするか。





『もう!! 私が嘘ついてると思う?ほら! 他のこのキャラ、クラスメイトにいなかった?? あ! 動画見せたほうがいいか! ちょっと待ってねー…』




 彼女は懲りずに、他のページをめくり、画像に指をさす。



『アンタ、オレ様に意識してもらうようにずいぶん必死なようだな。無理矢理説明しなくていい。 どうせ全部作り話だろ。』



『ちがうっていってるでしょ!!!どうしたら信じてくれるのよ……。』



 彼女が俺の方向を向くと、不意に目が合った。



 おでこがコツン、とぶつかる。



 時計の秒針だけが鳴り響く。




 鼻と鼻も、あと数ミリ近ければ触れる距離。






『ひゃ…ひゃあっ……かっこいいぃ……。』






 すると、ジャガイモは失神するかのように倒れた。

 一瞬で力が抜けたかのように、バタリと床の振動が響く。




 オレ様の顔で。







 しかし、こんな状況で寝れる方がどうかしてる。





 ため息ひとつつき、オレは立ち上がる。


 ゴミ屋敷にいてもしょうがないので、オレは外へ出かけることにした。





 ドアを開けると、それは未知の世界。

 全てが初めて見るようなものばかりで、オレは唖然とした。




 空気が閑としている。



 まず建物が低い。それもすべて古そうで、屋根が剥げていたり、ドアも見たことのない形をしていた。中には、ドアノブがないようなものもあり、あれはどうやって開ければいいのだろうか。


 次に、変な緑色のような物が至る所に存在する。これは何だろうか。虫の集まりにしては動かないし、生暖かい風で静かにそよそよと揺れている。


 おまけに、その場所の近くから何やら鳴き声が聞こえてくる。それは、時々、『ゲコッ……』と鳴いた。


 オレは正体が気になったので、静かにその場所に近づく。




「なんだコイツは……。なんて生き物だ……。」



 声の主は、緑で、イボが多い変な動物だった。この生き物の名前が分からない。だが、鳴く時に喉を静かに膨らませていることはわかる。


 なんだか触るのは良くないと判断し、オレは先へ進むことにした。



 人が誰もいない。オレの足音だけが鳴り響く。


 辺りは真っ暗だ。


 街灯の光が見当たらない。




 この世界は一体どうなっている。


 出来事一つ一つが信じがたい。



 すると、ある大きい建物のような物を目にする。


 何やら門のようなものがあった。いや、柵なのだろうか。


 左を振り向くと、何やら文字が彫られている。なんて書いてあるのかが読めない。


 とりあえず入ってみるか。門があるということは、金持ちが住んでいるかもしれない。


 つまり、オレ様と同じ身分のやつがいるかもしれないということだ。



 でもやけに建物が古い。やっぱり廃虚なのか…?


 門が空いていたので、静かに開け、中へ入っていく。


 まず入ると、下駄箱のようなものがあった。オレの通っていた学園とは天と地のように違うが。木でできており、たまに脆くなっているものがある。


 なんだか面白そうだな。


 オレは静かに奥へと進んでいく。左へ進み、階段を登ると、何やら部屋のようなものがあった。ドアを開けようと思ったが、鍵がかかっている。


 仕方がないので、窓から中を覗くことにした。





 …!






 これは……。






 黒っぽい、いや緑のような大きい板。デカすぎるテレビに、変な電気。いくつもの木でできた机や椅子が並べれられていた。


 天井に2つついているのは何だろうか。よく見ると中にプロペラのようなものがついている…。どんな用途で使うのか、全く分からない。



 すげえ…この屋敷には、おもしれえものがいっぱい詰まっている。


 他にもどんなところがあるか覗いてみるか。



 今度は階段を下ると、何やら部屋が光っていた。



 ここはなんだ…?誰かがいるのか。


 細かいはことはいい。まずは行動だ。


 オレは後先のことを何も考えずに、ドアを勢いよく開けた。





「きゃあ!! だ、誰!!!! 不審者!?!?」




 女性の悲鳴が部屋に響く。それと同時に、そこにいる全員の視線がオレに集まった。





「え、コスプレーヤー…?」





 まずい。


 ここは廃虚じゃなかったようだ。こんなに人の数がいるということは、現在も使用されている建物。


 さっき、教室のようなものがあった。ボロすぎて使えるかと思ったが…。


 つまり、ここは……。


「…学校ですか?」




「ええ。…てか、え!?芸能人ですか!? すごい衣装……。」



 中年くらいの女性が思わず立ち上がり、オレの姿を不思議そうに見つめる。


 どうして、そんなオレの姿を珍しがるのだろうか。理解ができない。


 彼女だけではなく、他の大人たちも立ち上がり、オレの周りをくるくると観察し始める。




 へえ。


 おもしろそうじゃん。


 もしも、オレ様がこの廃虚に入ったらいろんな人間から注目の的になるということだな。


 オレは至って普通なのに。


 変な奴らだぜ。





「この学校に入らせてください。今すぐにでも。」




 気がついたら、オレはそんな言葉を自然にこぼしていた。


 またもや沈黙が走る。




「…転校手続きは市役所の方でやってもらえると…。そんな急には」







「金はあります。」






 オレは、胸ポケットにあった財布の中から、いくつもの札をバサリと彼らの目の前に出した。




 よく見ると、見たこともないようなデザインのようなものに変換されている。あのジャガイモの話が本当なら、この世界のお金なのだろうか。


 いく枚もの札がひらひらと宙に舞うと、彼らは口をポカンを開けていた。






「え!? こ、こんなに……。」






 チャンスだ。いける。


 オレはいつものくせで、その場で立膝を立てた。

 そして、彼らを見上げる。






「メルシェン学園のリュシアン・アーチャーと申します。今日からこの学園に入学させてください。」







「リュシアン…?」


「知ってます? 小林先生。」


「うーん。なんか聞いたことがあるような? なんでしたっけ…。」


「たしかフランス語…? フランスご出身?」


「はい。」




『ふらんす』とはなんだろうか。何を言ってるかさっぱり分からない。だが、ここで話を合わせておけば、この面白そうな廃虚に通えるかもしれない。オレはそう確信したのである。




「そうなんですね! フランスご出身で。 日本語お上手なんですね。」





 またもやわからないことを口走っている。さっきから『にほん』『ふらんす』などと、どこのことを指しているのか不明だった。





「いえ、文字はわかりません。」




「…学年は何年生ですか?」



「18です。高校3年。文字が分からないので、この学校で学びたいと思い…。」




『ひとつの嘘は7つの嘘を生む』という言葉はまさにこのことだろう。


 1回嘘をつけば、息を吐くように作り話が出てくる。人間とは恐ろしい生き物だ。





 オレの話を聞いた女性教員は、しばらく考え込んでから、こういった。




「なーるほど…。それじゃあ、文字の勉強は時間がかかりそうですし、1つ学年落としましょうか。2年4組が丁度定員が空いているのでそれじゃあそこで…。」





「では校長室へ。」






 オレはされるがままに移動する。

 背後から俺の容姿を褒め称える声が聞こえた。




 まさか、こんなオレ様が廃虚学校の生徒だなんてな。桃香が見たらどう思うのか、きっと、目を丸くして興味津々でオレ様を見つめるんだろうな。







 それと同時に、会いたい切なさも、少し滲んだ。

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