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宿下がり【参】









「わたくし、女御様の様子も見に行きたいのですけれど……」

「ええ。こちらは私が受け持ちましょう。お前は女御様の方へ向かってちょうだい」

「お方様、ですが……」


 被害にあったのは茅子だ、と女房達は不安そうに那子がそばを離れるのを嫌がった。朔子は肩をすくめる。


「五十鈴だってすべてからあなたたちを守れるわけではないわ。できるだけ自衛をして、自分で回避できる方がいいのよ。五十鈴、こちらは大丈夫だから言ってちょうだい」


 もう一度朔子が言った。基本的に肝の据わった母だと思っている。今がまさにそうだ。那子はうなずくと、御簾の外に出た。簀子縁を伝って北の対に用意された倭子の座所に向かう。


「浅葱」

「まあ、姫様」


 御簾の外で控えていた女房は、那子が父に預かってもらっている浅葱だった。増援としてここに来たが、倭子の女房でもなければ五条邸の女房でもないので、一歩引いたところに控えている、と言ったところか。


「女御様は? 何ともないかしら」

「そうですね。少しお待ちくださいませ」


 浅葱は御簾の中に声をかけるために、一度那子を遮った。


「中の君様がいらっしゃいました。お通しいたします」


 浅葱に御簾をあげてもらい、中に入ると、先に朔子が様子を見に来ていたからか落ち着いていた。単純に主たる倭子が落ち着いているからかもしれないが。


「五十鈴。箏音に何かあったのね? 大丈夫?」

「対処してまいりました。お姉様は何もございませんでしたか?」


 すぐに妹を心配する倭子に、那子は嬉しくなる。優しい姉なのだ。


「こちらは大丈夫よ。姫宮様も、悲鳴で一度目を覚ましたけれど、すぐに眠ったわ」

「それはようございました」


 倭子が落ち着いて対処したのもあるだろうが、こちらは本当に何もなかったらしい。お守りや護符なども確認したが、何ともない。


「言い方は失礼だけど、どうして箏音なのかしら。守りが薄かったから?」

「確かにお姉様の守りの方が強固ですけれど、結局のところは大差ありませんよ。だって、箏音だって、最終的に護身用の呪具に守られているのですもの」

「そうよね……」


 なぜ茅子の方に怪異があったのかはわからない。倭子も茅子も妊婦だし、多少の差はあれ守られているのは同じ。むしろ、帝の妃である倭子の方が狙われる可能性が高い。


 とはいえ、那子は今回の件は呪詛ではないと思っていた。誰かが呪ったわけではなく、妖などが付け込んできたのではないだろうか。


 茅子のところほど大仰にはしなかったが、那子は簡単に倭子の寝所にも守りを施した。感心したように眺めながら、倭子は上の妹も気遣う。


「お前は優しい子だから私たちのことを心配するけれど、自分もようよう、気を付けるのよ。無理はしすぎないように。宮様だって心配するでしょ?」

「そうですわね……」


 今も、那子の報告待ちで時嵩は首を長くしているだろう。正式に妻をおとなっているとはいえ、事件のあった夜中に妻の実家を歩き回るなどするまい。待っているだろう。


「わたくしも気を付けますから、お姉様も何かあったら相談してくださいませ」「それは私の科白よ。それでは、おやすみなさい、五十鈴」

「お休みなさいませ」


 倭子とは平和的に別れ、那子は再び簀子縁を伝って自分の寝所に戻った。今度は浅葱がついてきた。


「実家よ? 一人でもいいのに」

「そう言って後宮で危ない目に会ったことを綾目から聞いております。空木は何をしているのですか」

「宮様についているのよ」


 普段那子についている綾目は、今宿下がりで実家に帰っている。代りに同じく普段は二条の那子の邸にいる空木が彼女についていたのだが、今は時嵩の方についていた。どうしても那子より時嵩の身分が高いのでそうなるのだ。


「宮様は姫様について行くように言ったのではありませんか」

「言ったわね。でも、当初の目的地は同じ対屋の箏音の元だったから」


 ついてこられるほどの者ではないと思ったのだ。悲鳴を上げたのが茅子なので、彼女の元に多くの女房が集まっているだろうから、単身向かった、と言うのもある。


 那子の局の前では空木が心配そうに待っていた。浅葱と一緒なのを見てほっとした表情になる。


「浅葱様が一緒でしたか。もう一人くらい、姫様に女房をつけるべきかもしれませんね」


 空木がそんなことを言うが、状況的に仕方がないだろう。那子の元には夫の時嵩が訪ねてきていたから、女房達が気を遣うのは当然だ。


 空木に御簾をあげてもらい、中に入る。那子の巻物を眺めていた時嵩がぱっと顔を上げる。


「戻ったか。大丈夫か?」


 後ろで浅葱と空木が遣戸を片方閉めるのがわかった。立ち上がった時嵩に肩を押されて畳の上に座り込んだ。寝具が用意してある。


「ひとまず大丈夫でした。妹の方は対処してきましたし、お姉様も姫宮様も影響はなかったようです」

「それはよかったが、聞いたのはお前のことだ」

「えっ」


 時嵩と会話をしていると、たまにこういうことがある。那子は「大丈夫です」と少し気恥しくなりながら答え、それからゆっくり微笑んだ。


「妹の方も少し参っているようでしたので、明日、お父様と相談して本格的に対処しようかと」

「それがいいだろうな。お前も無茶をしなくて何よりだ」


 するりと頬を撫でられ、那子はほっとして目を閉じた。さすがの那子も緊張していたようだ。体の力が抜けたのがわかった。


「話を聞きたいところだが、また明日だな。お前が対処したのなら、一晩くらいなら大丈夫だろう」


 説得されるように言われながら、那子は前にもこんなことがあったな、と思った。あの時と同じように抱きしめられたまま褥に横たわる。


「思うんだが」

「? はい」


 時嵩の肩に頭を乗せたまま、那子は彼の顔を見た。少しこちらに顔を向けているので、顔が見えた。


「私はしばらくこちらに住もうかと思うんだが」

「へ?」


 何を言い出すんだろうと思ったが、今も頻繁に通っているのだからにたようなものだ。そもそも、この時代、結婚すると夫は妻の実家に住まうものである。那子は時嵩の北の方であるからなにもおかしなことはない。ただ、那子も邸宅を持っているので、おそらく思い至らなかっただけだ。那子が五条の父の邸を出たら、時嵩の東四条邸に入ると思うが、妻の実家に住まう方が主流なのだ。


「そうですね……妹の夫も、普段はこちらに住んでいるのでした」


 今は足が遠のいているが、茅子の夫の蔵人佐だって五条に住んでいた。今は実家に帰っているはずだが。


「私も親王でお前も官位のある女王だからな。なんとなく思い至らなかったが、夫婦の在り方としておかしくはない」

「はい」

「何より、お前を支えてやることができる。女御様たちのことだから、直接手は出せないが、相談くらいは乗れるだろう」


 つまり、守りの強化のためもあるだろうが、そうではなく、忙しくなるだろう那子をおもんぱかっての提案なのだ。那子はぎゅうっと時嵩にしがみついた。


「時嵩様のそういうところ、大好きです」

「っ、そうか。私もお前の前向きなところが好きだ」

「時嵩様はちょっと根暗ですものね」

「自覚はあるから言うんじゃない」


 軽く頭をたたかれたが痛くはない。えへへ、と嬉しい気持ちのまま那子は目を閉じる。嬉しい気持ちのまま眠れそうだ。そして、本当に気付いたら寝ていた。那子はよくこういうことがある。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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