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五節舞【拾壱】








 那子と時嵩の関係が進んだこと以外は特に何もなく、那子は神楽舞を舞う日を迎えた。大嘗祭の準備と並行して行っていたので、弘徽殿と内侍所は大忙しだったが、少なくとも弘徽殿の女房たちは興味津々で、綾目のほかに少納言と小大輔がついてくることになった。内侍所からは、尚侍の君と宰相の典侍がやってくるそうだ。なんだか大事になっている。


 楽は時嵩が龍笛を奏でてくれることが決まっているが、尚侍の君が筝を奏でることを名乗り出てくれた。さらに雅楽寮からも三人来てくれることになっている。


 尚侍の君が楽を奏でるのなら見届け人が別に必要だろう、と帝が見学にやってくる。見に行きたかったらしい倭子が珍しく、帝に対して怒っていた。


 夜、煌々とたかれる篝火に照らされながら、那子は緊張の面持ちで鈴を取り付けた榊を片手に舞台へ上がった。紫宸殿の前にある舞台を借りた。五節舞姫たちは、すでに宮中に入っていて、すでに帝に練習を見せている。これも儀式の一部なのだが、那子も種類は違うとはいえ神楽舞を披露するので緊張する。


 尚侍の君が合図をくれた。那子はりん、と鈴を鳴らす。ゆっくりと楽が奏でられる。ゆったりと回転すると、ふわりと千早が宙を舞った。


 鈴が鳴るたびに清浄な空気が周囲に広がる。しかし、抵抗を受ける。那子が押せば、押し返される。まあ、想定内だ。重い圧を振り切るように榊を振る。


 こうなると支配権の争いだ。那子の力と押し合いをしている。時嵩たちに後援を受けている那子がやや有利か。だが、那子の役目はただ神楽を舞うことだけではない。


 見つけた。


 術をたどって、術者を見つけた。一度遭遇しただけの宇治重玄の顔を、那子はよく覚えていないが、おそらくこいつだと思う。そもそも、那子もそこまで遠見の力が強いわけではないので、はっきりとは見えない。だが、術式の感じが似ている。術には、その人の特徴が出るものだ。


 見つけても、神楽を途中で止めることはできない。最後までやり切らなければ効果はない。こちらが気づいていないように振る舞い、神楽が終わった後に討つ。ただし、那子には攻撃の術がない。


 りん、と鈴が鳴り、しゃがんだ姿勢で那子の神楽舞は終わった。邪気を払い、そのうえで陰陽師たちが結界を張ったのが感じられた。


 神楽が終わると、那子はすぐに立ち上がった。時嵩を探しに行く。


「斎宮の君様!」


 驚いた尚侍の君が声を荒げるが、那子はちょっとはしたない、という速さで舞台を降りた。走っていると言うよりは、早歩きだ。


「宮様」


 時嵩のそばまで行き、小声で呼びかける。時嵩はそれで察したようですぐに立ち上がった。


「主上、御前、失礼いたします」


 時嵩は帝の近くで演奏していたため、御簾の向こうにいる帝に一言声をかけてから歩き出す。


「わたくしでは攻撃ができません」

「わかっている。居場所の転送だけ頼む」

「承りました。あと、もう一つ」

「なんだ?」


 武官から弓矢を受け取った時嵩が那子を振り返る。彼女は真剣な表情で言った。


「結界の内側からでは、攻撃が転送できません」

「……」


 時嵩はまじまじと那子の顔を見て、「それもそうだな」とうなずいた。別に結界をぶち破ることもできるが、それは現実的ではない。那子と時嵩が結界の外に出る方がまだ現実的だ。


 時嵩もそう思ったのだろう。さて、行こうと足を向けた那子を担ぎ上げた。


 そう、担ぎ上げた。肩に。一気に高くなった視界と不安定な姿勢に那子は悲鳴を上げた。


「口を開くな。舌を噛むぞ。少し急ぐ」


 確かに、那子が歩くよりも時嵩が運んだ方が早いけども。周りの女房や役人たちが驚いているのは、時嵩の目には入らないらしい。


 大人の男の足ですぐに結界の外に出た。と言っても、大内裏から出たわけではなく、建礼門のところに出た。そこで時嵩は那子を降ろす。強力な結界は内裏を覆っているわけで、大内裏自体の結界はそこまで強くはない。


「五十鈴」

「……待ってください。視覚を共有します」


 時嵩が弓に矢をつがえる。那子はその彼の背中に手を置いて、自分の視覚情報を転送した。やはり、以前よりつながりやすくなっている。


「見えた」


 時嵩の声が聞こえ、那子は今度は攻撃の転送用の術式を展開していく。宙に複雑な紋様が浮かび上がった。円に囲まれたそれの中心に、時嵩が矢を放つ。紋様を通過した瞬間、矢は消失した。ように見えた。


「当たった」


 ぽつりとつぶやいたのは時嵩だ。那子の方でも感知している。感知能力は那子の方が上だが、位置さえわかっていれば、時嵩の方がよく見えるだろう。


 紋様を通過した矢は、転送され、呪術を行っていた宇治重玄に直撃した。と言っても、当たったのは肩のあたりなので、致命傷ではない。だが、術と言うのは手順を踏まねばならない。複雑であればあるほど、その手順は順守されなければならない。だが、今無理やり中断された。彼にはその跳ね返りが来るだろう。


「中書王様」


 駆けつけてきたのはあの場にいた陰陽頭おんみょうのかみだった。通常はこんなところまで入ってこないが、結界を張りなおすために特例で内裏まで来ていた。


 那子はすっと腕を上げて、袖で顔を隠す。彼も神楽舞を見ているので、顔を隠しても今さらだが、様式美だ。仕方がない。時嵩が那子の前に出て「何かあったか」と陰陽頭に聞いた。


「いえ……お二人が突然出て行ったと思えば、大きな空間の揺れを感じましたので」

「いや、例の術師の気配があったので対処していた。内裏の結界は無事か?」

「はい」


 それから時嵩は陰陽頭に二・三質問をして持ち場に戻らせた。時嵩の背に隠れていた那子はその肩越しに時嵩を見上げる。


「まだおそらく、内裏の中に内通者がいます」

「わかっている」


 うなずいてから時嵩は振り返った。化粧をした那子の頬を撫で、その額に口づけた。


「ともかく、お疲れ様だ」

「……はい」


 那子ははにかんでうなずいた。本当に疲れた。











 つづがなく大嘗祭の日を迎えた。ちなみに、五節舞は大嘗祭後の饗宴である豊明節会とよあかりのせちえで催される。帝は過不足なく大嘗祭を終え、今日は豊明節会だ。那子も倭子に付き添って参加していた。


 女御の妹とは言えそれなりに自由の利く身である那子は一周してみたのだが、後宮の女たちは気合が入っていた。豪華絢爛だ。すごい。目がくらむ。


「伊勢ではこうではなかったの?」

「伊勢ではわたくしは巫女でしたもの。祭祀を行う側です」


 舞が披露されるとはいえ、ずっと見ているのも暇だ。那子は倭子のおしゃべり要員である。


「それにしても五十鈴、あなた……」


 供されている唐菓子を食べようとしていた那子はまじまじとこちらを見つめてくる姉に顔を向けた。


「色気が出てきたわね」

「どこがですか」


 自分で言うのもなんだが、那子は妹の茅子より子供っぽい自覚がある。今も色気より食い気で、出されている菓子類をここぞとばかりに食している。どこら辺が色気が出てきたのだろうか。


「どこが、と言われると困ってしまうけれど、こう、ちょっとした振る舞いかしら」

「?」


 さっぱりわからなくて那子は首を傾げた。倭子は「そういうところは子供っぽいのよねぇ」と苦笑している。それには自分でも同意できる。白湯の入った器を持って一口飲む。


「そう、その表情とか!」


 倭子が急に声を上げるので、那子は白湯がのどに一瞬詰まるかと思った。ちょっとせき込んだ。


「ちょっとわかりませんね……」


 自分ではわからなかった。


 そうこうしているうちに、五節舞だ。雅楽に合わせて、五人の舞姫たちが踊る。かつては公卿の娘が舞ったこともあるそうだが、今は受領程度の娘が多い。手配するのは公卿だが、舞うのはもっと身分の低い、下級貴族の娘たち。伊勢の斎宮が舞うのは、当時の名残なのだろう。


「お前の方が上手いわね」


 こそっととんでもないことをささやく倭子だ。那子は「後にしてくださいませ」とくぎを刺す。五節舞姫と那子では練習時間が違う。斎宮に選ばれてから練習を重ねた那子と、突然選ばれて舞うことになった五節舞姫の練度が違うのは当然のことではないか。


 那子はそっと視線を走らせる。帝の目の前、そして、那子や時嵩、果ては弾正尹宮である那子の父がいる前で滅多なことはないと思うが。そして、昨日のうちに宇治重玄をある程度抑え込めているはずだ。逆に言うと、ここに人が集まりすぎている。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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