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後宮の怪異【肆】









 その夜、昨夜と同じ場所で時嵩は五十鈴に会った。彼女は昨夜と同じように手を振ってくる。


「宮様」

「昨日も思ったが、目がいいな」


 どうでもよいことを話しかけたが、言ってから本当に夜目が効くのだな、と思った。五十鈴は昨日と同じく簀子に座り込んでおり、そのまま首をかしげる。


「他の方よりわたくしの『眼』がよく『視える』のは確かですけれど、宮様も同じでしょう?」

「……そうだな」


 時嵩は霊視能力のほかに千里眼の素養もあるので、夜道でもあまり困らない。同じような才が五十鈴にもあるようだ。尤も、彼女の場合は後天的な能力の可能性もある。


「あら、宮様……」


 何かに気づいたように五十鈴が首をかしげるので、時嵩も彼女の方を見た。簀子に座り込んだ彼女より、時嵩の視線の方がやや上だ。そんな時嵩の顔を、五十鈴はがしっとつかんだ。


「……何をする」


 つかんだ、と言っても頬のあたりをはさまれて瞳をのぞき込まれた。人とは色の違う瞳をこんな風にのぞき込まれる経験は初めてで、時嵩はうろたえる。じっくりと人の瞳をのぞき込んだと思ったら、五十鈴はすっと立ち上がった。


「五十鈴?」

「ここで少々お待ちくださいませ」


 そう言って五十鈴は弘徽殿の方へ向かっていく。弘徽殿の女御の妹である彼女は、後宮に滞在中は弘徽殿の局を使用しているようだ。ほどなくして、彼女は何かを手に戻ってきた。


「宮様、こちらを身につけておいてください」


 差し出されたのは、管玉と勾玉に糸を通した飾りだった。首にかけたり、手首にかけたりできるようだ。


「お守りです。わたくしが力を込めた勾玉に、糸はわたくしの髪をより合わせたものです。護身用としては強力ですよ」

「お前が持っている方がいいんじゃないか」


 身を守るすべは、五十鈴の方が少ないはずだ。随分と力を込めたようであるし、自分で使えばよいと思ったのだが、彼女は取り合わなかった。


「わたくしも一つ持っておりますし、これは宮様が持たなければ意味がありませんもの」


 五十鈴の直感はよく当たる。時嵩の目は過去から現在にかけてを見ることが多いが、五十鈴は現在より未来が見えているのかもしれない、と思うことはある。


「わかった。ありがたく受け取っておこう」


 時嵩はそれ以上反論せずに、素直に受け取っておくことにした。このお守りが作用することがあるのなら、絶対に壊れて五十鈴に返せない。と言うことは、別のものを返さなければならない。ちょっと考えておこう、と思った。昔は五十鈴は水菓子などの甘いものが好きだったが、今も好きだろうか。


「それで、尚侍の君を追い出して、何かわかったか?」

「あ、そうなのです。内侍所に突入してみました」

「……」


 いや、破天荒なところがあるのはわかっていたが、思ったよりも活動的で驚いているだけだ。


「もちろん、奥には入っていません。足を踏み入れた、と言う程度です。ですが、かなり瘴気を感じましたので、あのあたりに何かあるのは間違いないと思います。おそらく、下ではないでしょうか。一応、今日のところは結界に封じてきました」


 仕事が早くて感心するが、時嵩は別のことが気になって尋ねた。


「五十鈴、いろんなところに結界を張っているな。大丈夫か?」

「はい。すべてわたくしがきっかけを作って展開した結界ですけど、維持自体は委託型ですので、呪具が壊されたりしない限りは問題ありません」


 どうだ、ほめろ、と言わんばかりの顔で言われたが、回答がちょっとずれている気がする。


「……そうではなく、お前自身のことだ。とりあえず、霊力は大丈夫なんだな? 何かあった時に、返しが来るのでは?」

「ああ……単純な結界ですから、返しが来ることはありませんね。霊力も問題ありません。すべてをわたくしが維持しているわけではありませんもの」


 五十鈴は言葉の通り、霊力のこもった呪具を起点に結界を張ってきたらしいので、彼女自身が結界に霊力を割いているわけではないらしい。もちろん、人が起点となり結界を張る方が強力な結界を張ることができるが、複数の維持には向かないのだ。


 五十鈴が無理をしているわけではないことを確認できたので、ひとまずよしとする。


「私は尚侍の君に話を聞いてきた。内侍所で聞き取りを行ったそうで、まとめたものの写しをもらってきた」

「さすが尚侍の君様。わたくしにも教えてくださいね」


 尚侍の君にもらった調書の写しを見せると、両掌を合わせて五十鈴が言った。昨日の夜からここで情報のすり合わせをしているが、ここは簀子である。弘徽殿はともかく、麗景殿と宣耀殿にも女御がいるのだ。こちらから綾綺殿や温明殿が見えるのだから、少なくとも麗景殿からこちらが見えるはずだ。


「……宮様、お嫌でなければ、わたくしの局に参りましょう」


 急に真面目な声音で五十鈴が言った。彼女も、ここで調書を広げるわけにはいかないと思ったようだ。しかし、夜に、男が女性の局へ。これは男女の関係があると勘ぐられてしまうたぐいのものだ。


「わたくしは構いませんけれど。その方が話し合うには都合がよいですし」


 小首をかしげて冷静に言われ、時嵩が折れた。五十鈴が使っている局に入ろうと、階から簀子へ上がった。


 五十鈴は弘徽殿の女御の妹だ。おそらく、もう一人の妹共に弘徽殿の空いている局を提供されたのだろう。身分を考えれば順当だ。時嵩は緊張しながら局に入った。


 並んでみて改めて思ったが、背が伸びている。いや、当たり前だ。五十鈴が斎宮になった時、八歳だった。時嵩の腹あたりに頭があった気がするが、今は肩あたりに頭頂部が来ている。時嵩も背が伸びているので、五十鈴もかなり背が伸びただろう。分かれていた時間の長さを実感した。


 当然だが仮住まいなので、ものが少ない。文机や唐櫃からびつなどの家具が置かれており、几帳には小袿がかけられていた。はっとした五十鈴が、それを降ろして片付ける。


「すみません。どうぞ」


 円座を勧められ、時嵩は肩をすくめてそこに座った。袂から尚侍の君から預かった写しを取り出す。その間に明かりをつけた五十鈴が隣に座った。隣からのぞき込んでくる。


「……やっぱり、綾綺殿、温明殿のあたりですね」

「そのようだな」


 優美な文字は、尚侍の君自身が書いたのだろうか。個人別にまとめてあり、いくつか話が重複しているものもある。これらは実際に起こっているのだと思われた。


 今日は瘴気の影も薄かったように思う。五十鈴が内裏におり、強力な結界が敷かれている。入り込む余地がないのかもしれない。


「ついでに、今日内侍所に入った時に瘴気を吸収する勾玉を置いてきましたから」


 ふふん、と言わんばかりの態度で言われ、時嵩は少し迷ってから「大盤振る舞いだな」と言った。五十鈴はむくれて「そこは褒めるところです」とすねた。


「お前、子供っぽすぎないか?」

「この方がうまくいくこともあるんですよ。特に、わたくしは一年前まで斎宮で、伊勢にいましたもの。みやこのことを知らないのね、というのが成り立ちます。女の世界は怖いのです」


 主張から察するに、意図して子供っぽく振る舞っている面もあるようだ。確かに、少し浮世離れしている風を装った方が、賢しらな娘よりはとっつきやすいかもしれない。


「……まあ、お前の主張は理解した。では、その大人の女性になった五十鈴、本来は直接顔を合わせてはならないことは理解しているな?」


 成り行きで時嵩と五十鈴は顔を合わせて会話をしているが、二人の本来の身分であれば、直接顔を合わせることはできない。御簾か几帳越しでなければならないのだ。もちろん、二人とも帝から内裏の怪異の解決を頼まれている以上、連携していかなければならないので、御簾越しは現実的ではない。


「わかっております。人から見える部分がちゃんとしていれば、それでよいのでは?」


 共同戦線を張っている以上、合理的ではありません。と五十鈴が主張するのを聞いて、時嵩は少し笑った。


「宮様?」


 小首をかしげる五十鈴に、「いや」と時嵩は笑う。


「斎院の女宮おんなみやも同じようなことを言っていたな、と思って」

「伯母様が?」


 賀茂の斎院と言う神秘的な立場である。なのに、彼女はなんというか、現実的な人だった。いや、彼女も時嵩と同じ碧眼の持ち主で、人ならざるものが見える人だったから、そこを持って現実的と言うのは不思議な感じもするが。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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