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五節舞【漆】

ちょっと短め。







 夜になり、時嵩が那子を訪ねてきた。昼間のことがあったので、那子の表情は微妙だ。時嵩も、いつも喜んで出迎えてくれる那子がそんな調子なので、顔をこわばらせた。


「……なんだ? 私は何かしたか?」

「いえ……」


 思ったより平常心だな、と思っただけだ。別に時嵩が好きであると言うことは恥ずかしいことではないし、今まで通り振る舞ってやろうと開き直ることにする。


「考え事をしていました」

「もしかして、麗景殿のことか?」


 違うが、話をあわせるためにうなずいておく。どちらにしろ、気になってはいる。


「そうですね……お姉様とも話をしていたのですけれど、弘徽殿と似ているな、と思いまして」


 無理やり話をつなげると、時嵩はいぶかしまずに「そうだな」とうなずいた。


「主上も気にしておられた。……こちらは騒ぎになっていないが、実は宣耀殿でも騒ぎになっている」

「えっ」


 時嵩の言い方が微妙ではあったが、どうやら宣耀殿でも、麗景殿と同じころに呪詛騒ぎが起きていたらしい。


「宣耀殿は壺が見つかったそうだ。中に生き物が入っていて、半分溶けていたらしい」

「ええっと、巫蟲ふこの一種でしょうか? その割には熟成されていらっしゃる気が……」


 巫蟲にもいろいろあるが、その中の一つのように思われる。しかし、中に入れた生き物が溶けるって、どれくらいの間そこに入っていたのだろう。


「そう思うよな……」


 どうやら時嵩も似たような感想を持っていたらしく、うなずいた。夏ではないとはいえ、長い時間放っておけば腐るものは腐る。


「宣耀殿のどこで、その壺は見つかったのですか?」

「軒下の地面の下だ」


 そう言えば場所を聞いていない、と思って那子が尋ねると、そう返ってきた。軒下、と言うだけならわかるが。


「地面の下のものなんて、なんでわかったんでしょうか」


 これが那子や時嵩なら、まだわからないではない。足元の不穏な気配を察知して調べさせるだろう。だが、宣耀殿にそんなに察しの良い者がいるのだろうか。


「薫によると、目端の利く女房がいるそうではあるが……」


 頭中将の交友範囲が気になる。中立である弘徽殿ならいざ知らず、明確に敵対しているはずの宣耀殿にもつてがあるのか。こんな状況だが、妙に感心してしまった。


「視えるものがいるのかもしれませんわね。それか……その女房が犯人か」

「お前、恐ろしいことを言うな」


 だが、往々にしてありうることなのだ。恐ろしいことに。第一発見者が犯人だった、と言うのはよくあることだ。


「弘徽殿ではお姉様への贈り物に交じっていました。麗景殿では、大嘗祭で使う女御の衣装を確認しようとして、その唐櫃から見つかったと聞きましたが」

「その通りだ」

「弘徽殿と麗景殿は、まるで見つけてくれ、と言わんばかりですね」


 今後宮に三人いる女御の中で、最も力を持っているのは倭子だろう。その次に麗景殿の女御・路子みちこ。路子の場合は、彼女自身と言うよりも父親の左大臣にしれれば大騒ぎになる。それを見越しているような気がする。


 なお、宣耀殿の女御・絃子いとこは右大臣の養子となり、後援を受けているものの、元は橘姓だ。右大臣の娘が入内できそうな今、やや放置されていると言わざるを得ない。こちらでは騒ぎにならないだろう。


「騒ぎになるのを見越した、ともとれるが、もう一つ考えられる。これなら、宮中にお前がいるか、確認できるのではないか」

「でき、るかもしれませんね」


 時嵩は親王とはいえ官職にあるのだから、こういった行事の時には必ずと言っていいほどいる。では、那子は? そこにいるか、確認するのは難しい。


「こちらに揺さぶりをかけているのだろう、とは思いますが」

「そう思わせることで動揺を誘っている、と言う見方もできるからな。いちいち対応させることで、こちらの消耗を狙っている可能性もある」


 那子も時嵩も、狙われているのは大嘗祭が本命であろうと言うことで意見は一致している。


「別に、これらの対処は私たちでなくともできる。陰陽寮や延暦寺の僧侶に任せておけばいい」

「その通りですね」


 時嵩の言葉に、那子はうなずいた。その通りだ。別に、すべて那子たちが対処する必要はないのだ。那子たちは、彼女たちでなければ対処できないことに注視すべきだ。すなわち、宇治重玄に対抗する術を用意しておくべきだ。


 大嘗祭が近いのだ。穢れを避けるべきだ。ひとまず、人形でも置いておこうか。


「五十鈴」

「はい」


 考え事をしていたので上の空で返事をすると、時嵩は嫌に真面目な声で言った。


「抱きしめてもいいか?」

「はい。……はい?」


 どういう流れでそう言う言葉が出てきたのかさっぱりわからないが、ともかく那子は現実に引き戻された。確実に疑問形だったと思うのだが、時嵩は了承の意に捕らえたらしく、腕をつかまれて抱き寄せられた。きょとんとしてしまったが、せっかくなので那子も時嵩の背中に腕を回す。


「何かありましたか?」

「いや……補給?」

「補給」


 いや、言いたいことはなんとなくわかる。抱きしめることで得られる要素みたいなものがあると思う。


「この先、頑張らなければなりませんものね。いっぱい補給して頑張りましょう」

「ああ。だが、自分を大事にな。危険に突っ込んでいくなよ」

「わかっています」


 時嵩は不安なのだと思う。宇治重玄の対策を練り、仕掛けてみようと言う結論に至ったが、どこから情報が洩れるかわからないし、うまくいくかわからない。それでも、やらなければならない。


 それでもこの人は手を引いたりしない。投げ出したりしない。なんとなくいとおしくなって、時嵩の体に回した腕にぎゅっと力を込めた。


「宮様も、あんまり無茶しては駄目ですよ」

「善処する」


 顔を合わせた直後に緊張していたことも忘れて、那子は時嵩の肩に頬を摺り寄せた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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