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歌合せ【参】







 慌てて邸に戻ると、むっつりした那子に迎えられた。


「おかえりなさいませ。早かったですわね」


 まるでのんびりしてくればよかったのに、と言わんばかりの口調に時嵩はたじろぐ。那子はそんな調子だが、周りの女房達はほっとした様子だ。


「どうした? 何かあったのか?」

「姫様がどうしてもご自分の邸を見に行くのだと言い張って」


 那子が自分の邸から連れてきた女房の綾目が困惑気味にそう言った。


「襲撃を受けているとかで……せめて、宮様が戻っていらっしゃるまで待つように説得していたところなのです」


 その最中に時嵩が帰宅したため、女房達は安心したそうだ。


 しかし、どういうことだろう。二条の那子の邸は、確かに今主が住んでいないが、管理するものは残っているし、そもそもここほどではなくとも強固な守りがなされている。


「半刻ほど前に結界が破られたんです! 何者かわかりませんけど、二条の邸にはまだなずなたちも残っているのですよ!」


 なずなが誰かわからないが、那子の邸の者なのだろう。よくわからないが、那子が焦っているのはよくわかった。


「宮様が帰ってきたら、出してもらえないではありませんか!」

「あたりまえだ。こっそり出ようとするな」


 当然の指摘をすると、那子はますますむくれた。立ち上がっていた那子を何とか座らせ、時嵩も隣に座った。


「明日、私とともに様子を見に行こう。二条の邸も、無策で放り出しているわけではないだろう?」


 結界が破られた場合の対処法も考えてあるはずだ。那子の結界は強力だが、突破できないわけではない。おそらく、時嵩も一点集中すれば那子の結界を破ることができるだろう。ただ、その場合は双方無傷ではいられないが。


 わかっているから、那子も自身が不在の邸をただ放置しているわけではない。たまに様子を見に行っているのだって、施してある防御策を確認している意味合いもあるのだ。


「もしもの時は、お札を張った塗籠にこもって、朝まで出ないように言ってあります」

「なら、明日の朝まで待とう。今行くと、鉢合わせるかもしれん」

「むう……」


 那子は唇を尖らせて黙り込んだが、ひとまず納得したようだ。今の時点で襲撃をかけてくるなら宇治重玄の可能性が高いが、那子は自分が彼に勝てないことを理解しているのだ。対抗しようと思えば、少なくとも時嵩の協力がいる。


「……わかりました」


 全然納得していない顔で那子は了解した言葉を発した。ひとまず了承の返事を得たことで、時嵩は「よろしい」とうなずいた。


「では、明日の朝、私とともに様子を見に行こう。それで、襲撃を受けたと時感じたのはいつだ?」


 話をそらして尋ねると、那子は「半刻ほど前です」と答えた。正確な時間はわからないが、時嵩が講師こうじの声に気づいた時間とほぼ同じだ。


「真正面から破られたのか?」

「いえ……順番に解除されていった感じです」


 と言うことは、相手はやはり、術式の基礎を知っている人物だ。とはいえ、那子だってそんなに簡単にとけるような結界を張っていない。


「基幹となる部分は壊されていないので、大丈夫だとは、思っているんですけど」


 那子の顔がゆがむ。そんな彼女の頭を撫でてやりつつ、時嵩は安易に大丈夫だ、と言えないなと思った。


「お前の結界術相手にそこまでできるんだ。私も状況を見たい。やはり、明日の朝一緒に行こう」

「はい……」


 そうと決まればもう寝るように、と少し早いが時嵩は那子に言った。彼女は大いに不服そうな顔を見せてからうなずいた。夕餉は済ませているので、よく眠って体調を整えておいた方がよい。


 だが、那子はこっそり抜け出そうとした。ご丁寧に自分の褥に身代わりの式神を置き、偽装までしていた。だが、あっさりと空木に見破られ、時嵩のところまで報告が来たのである。邸を出る前に捕まえた。


「ちょっと見てくるだけです! 隠形の術を使いますし」

「お転婆もほどほどにしておけ。少なくとも、勝手に抜け出してやることではない」

「むう!」


 捕まえた那子を抱え上げて運び、時嵩は自分の褥に降ろした。那子はきょろきょろと周囲を見渡す。


「ここ、宮様の褥ですよね?」

「そうだな」

「えっと……」


 きょとんと首をかしげる那子に、もう少し危機感を持ってほしいと思いつつ、それをいいことに連れ込んだ自分にも少しあきれる。


 腕に那子を抱えたまま横になると、体に厚手の袿をかけた。日が暮れると、最近は急激に冷えてくるのだ。そう考えると、腕の中の体温はそう悪くない。


「宮様……」


 もぞもぞと拘束から抜け出ようと那子が身をよじる。時嵩はがっちりと彼女の体を捕まえる。


「寝不足で術者に対峙するな。できるだけ体調を整えてから臨め」


 時嵩の言うことが尤もだと思ったのだろう。那子は不服そうながらも抵抗はやめ、ごそごそとおさまりのいいところを探し始めた。


「朝一で行きますから、宮様、付き合ってくださいね」

「わかっている」


 寝返りを打ってこちらを向いた那子の頭をなで、細くやわらかな肢体を抱きしめる。拘束するためとはいえ、下心が全くないとは言えない。腕の中の温かな体温と柔らかなにおいに、時嵩は気が高ぶって寝られる気がしなかった。那子はと言えば、目を閉じたと思えばもう眠っている。危機感がないのか時嵩が全く意識されていないのか、どちらだろう。


 時嵩は無理やり眠ろうと目を閉じだ。明日は、那子だけではなく時嵩も二条の邸へ行くのだ。体調を整えておかなければならない。


 絶対に眠れるはずがないと思ったのだが、いつの間にか寝ていた。それでも、睡眠時間は足りていない気がする。時嵩は腕の中で那子がもぞもぞと動いたので目を覚ました。


「……どうした」

「あ、おはようございます」


 那子も眠そうな挨拶が返ってきた。あたたかな彼女の体を抱き寄せる。冬が近いので、朝は寒い。那子の落葉の薫香がかおる。


「宮様……ちょっと体が痛いです」


 妙な体制で寝ることになったからか、那子が体の痛みを訴える。それもそうか、と時嵩は那子を解放した。身を起こした彼女のはぐっと伸びをする。


「寒い……」

「だろうな」


 単衣姿では寒いに決まっている。昨日空木が置いて行った袿をかけてやる。


「ちょっと身動きしにくかったですけど、温かかったので、また寒い日は一緒に寝てほしいです」


 と、那子は真顔でのたまった。こいつはわかって言っているのだろうか、と時嵩は剣呑な表情をするが、那子は慣れているのでどこ吹く風だ。


「ううっ。寒いけれど、着替えてきますので一緒に来てください」

「……約束だからな」


 身支度をしに行った那子を見送り、時嵩も動きやすい格好に着替える。二条邸までは馬で行くことにする。身支度を整えて外に出た那子が、驚いて目を見開く。


「わたくし、馬には乗れませんよ」

「そこは期待していない」


 那子に袿を被かせ、横座りに馬に乗せる。時嵩はその後ろにまたがった。たとえ馬を歩かせるとしても、牛車より速いし、何より機動力がある。従者が一人、同じく馬で付いてくることになった。


 昨日は那子を寝かせることを優先したので、馬上で軽く話を聞いた。


「邸に中を伺う術はかけていなかったのか」


 時嵩はあまり得意ではないが、那子はできたはずだ。那子は「かけていましたよ」とむっつりと言う。


「でも、それも解かれてしまったんです。後から式も飛ばしたんですけれど、打ち落とされてしまって」

「それで怒っていたのか」


 一応、遠隔で様子を見る方法は一通り試したようだ。果ては直接二条邸に干渉しようとしたようだが、それもままならず、ならばと直に見に行くことにしたらしい。


「わたくしの不在中を狙ってくるなんて、いい度胸だわ」

「……」


 こうして那子を怒らせるのが目的なのではないかと思った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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