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共犯者への誘い

 グリーンフィールドの屋敷には応接室と呼ばれる部屋は一つしかない。

 その応接室はグリーンフィールド公爵の好みで屋敷同様に黒一色。重厚と言えば聞こえはいいが、黒で統一されたその部屋は暗く、日が昇っている時間帯でなければ慣れない人間はとてもじゃないが立ち入りたいとは思わない部屋であった。

 そんな窓からの彩光に照らされた漆黒な部屋で当然のように寛ぐのはジェフリー・オースティン・ブルフェン。

 この部屋に似つかわしくない物語に出てくる王子のような容姿をしたその男は、間違いなくこのグリーンフィールド公爵家にとって招かれざる客であった。


 ブルフェン王国第一王子にして、ブルフェン王家の血筋を正統に引き継ぐ子息。

 廃嫡となったブライアンはその容姿や圧倒的な武勇がまさに英雄王の再来と言われたが、異国の王女の血を引く王妃を母に持つブライアンより、流れる血の濃さで言えば圧倒的にジェフリー第一王子の方が英雄王に近い血筋をしている。

 そして今や彼は臣下に降ったブライアン第二王子に変わり立太子した正統な王位継承者なのだ。


 ブライアン第二王子を旗印にしていたグリーンフィールド公爵家にとっては、政敵の旗印であるジェフリーはもはや敵と言っても過言ではない立場にある。

 ブライアン第二王子が舞台を降り、結果彼が勝利を手にした今となっては、直接的な要因ではなくとも、グリーンフィールド家から見れば、ブライアン第二王子の地位を奪い取った張本人とも言える。


 -でも、この方が来たおかげで図らずも早期に公爵を引退させられた。そこだけは感謝ね。


 ディアナはそんな内心を当然表に見せることなく、静かに目の前の男を観察した。

 真っ黒で威圧感のある不気味な部屋にも呑まれぬ、彼の堂々たる姿は、さすが人の上に立つ王家の人間と思わされる。


 「先程は我が父が大変失礼をいたしました。元々持病持ちではあったのですが、この数年儘ならぬことが多く、癇癪が止められないようで。私どももまさか、相手の分別がつかず、殿下にあのような無礼を働くとは思いもしませんでしたわ。お恥ずかしい。もう歳もだいぶ重ねておりますし、これを機会に代替わりをと考えております」


 「いやいや、まさかご体調が優れないとは知らず、突然訪ねた私も悪かったのだろう。実際、私にも怪我はなく、実害といえばグリーンフィールドの玄関ホールが壊れたくらいだ。今回のことは不問とするから、気にする必要はない」


 如何にも優しげな、ディアナからすれば胡散臭い柔和な笑みを浮かべながら、ジェフリーは目の前に用意されたティーカップへと手の伸ばし、口へ運んだ。

 飲むような仕草とは違い、液体を飲みこむにしては不自然な喉の動き。友好的な様子を見せても、紅茶をまともに飲まないくらいには、ジェフリーがグリーンフィールド家を警戒していることが見て取れる。


 -本当に食えない人。


 元ブライアン第二王子の婚約者候補てあり、ブルフェン王国でも有数の名家であるグリーンフィールド家の娘であるディアナだが、彼女がジェフリーと顔を合わせ、会話したことは実はそれほど多くない。

 派閥が違ったと言うのも大きいが、互いに自身の思惑や意図を探られないように避けていたのではとディアナは今更ながらに思った。

 交渉や知略に長けた王子だとは影から得た情報では知っているが、表面的な情報以外のジェフリーのことをディアナはほとんど知らないと言ってもいい。


 ただひとつ、現在対峙して思ったことがあるとすれば、隙を見せれば容易に踏み込んでくるであろうとわかるくらいに、彼はお利口さんではないと言うことだ。


 「しかし、今回は上手くやったね。流石は社交界の紅薔薇姫…いや、グリーンフィールド公爵家の実質的な支配者と言うべきかな?」


 天気の話でもするような穏やかな口調のまま、いきなりこちらの懐を斬り込んでくるような物言い。

 胡散臭い王子様の笑みの中で、宝石のような瞳だけだ鋭くこちらを見据えている。


 「なんのことをおしゃっているのか。わかりかねますわ」


 「いいや、分かるはずだよ。確かに先程までこの家の表向きの家長は公爵だった。だが、実際はずっと昔、おそらくは数年以上前から裏で権力を握っていたのは君だったはずだ、グリーンフィールド公爵令嬢。そうでなければこの1、2年ほどの軍部の動き、それから君が外界との繋がりを絶ったこの2週間のグリーンフィールド公爵家周りに起こった混乱は説明がつかない」


 -1、2年前の変化。おそらく軍の要職の交代や異動、それから予算配分の見直しと軍の訓練生制度の一部改正あたりかしらね。この2週間で私がいなくて混乱をきたすところというなら、今急ぎ進めている辺境伯軍とブルフェン王国軍本部との予算、管轄の振り分け、もしくは軍務総会の詳細詰めあたり…いや、ここは確かなことは言えないから後で執務室で確認すべきね。


 ディアナはジェフリーの言葉にそれぞれ思考を巡らせながら、相手の言葉の先を促すように言葉を控えた。

 ディアナの考えが当たっているなら、彼の本題はまだ、始まっていない。


 「君は、このまま適当な血統の男を自身の伴侶に迎え、グリーンフィールドの正式な女公爵の地位を手に入れる。そのつもりでいるのかな?」


 「手に入れるも何も、ブライアン様が辺境伯様となられた今、婚約者候補だった私には最も妥当な道だと思いますけれど。事実、私が望まなくとも、父である公爵はそのつもりで進めておりましたわ」


 -正確には、何年も後にブライアン様を王座に座らせることに成功した時のために、ローズ妃役のスペアを作るためにですけれど。


 ディアナは現在19歳。今、嫁ぐなら問題はないが、数年から数十年はかかるであろう英雄王の再戴冠の目論みでは、ディアナでは歳をとりすぎている可能性も十分にある。

 つまり、そういうことなのだ。


 「別に王家の方々から見ても、より優秀な人間が軍務のトップとなり、繁栄するのは喜ばしいことかと存じますが、何か問題がありますでしょうか」


 「いや、優秀な人間が軍を取りまとめてくれる事は喜ばしいよ。ただそれが君、グリーンフィールド公爵令嬢であれば話は別だ」


「あら、女が軍を司るのにご不安が?それとも、エヴァンズ侯爵家に連なる者が軍を取り仕切る事をお望みですの?」


 「わかっているだろうに話をはぐらかすなんて、君はひどい人だな。私が君を王太子妃として迎えたいと書状で伝えている事を知っているだろう?」


 -やはりその話でいらしたのね。


 予想はできていたとは言え、グリーンフィールドとしても、ディアナとしても都合の悪い話に、どう断る事ができるかとディアナは考えを巡らせる。


 「面白いご冗談をおっしゃいますのね。エヴァンズ侯爵派である殿下にグリーンフィールドの私が嫁ぐなど、我が派閥の力を削ぎたいそちらの思惑から外れてしまうのではありません?」


 ディアナは今までの無機質な微笑みとは違い、少女のような笑みを浮かべ、コロコロと笑うと、手にしていた扇子でさっと口元を遮った。

 そんな彼女のあからさまな拒絶の態度にも、ジェフリー は笑みを崩さず、むしろ面白そうにその瞳を細める。


 「エヴァンズたちがどうかは知らないが、私は今のブルフェンと諸外国との関係性を考えると、国内の安定のため、派閥の摩擦をなくし、軍部も強化するべきだと考えているけどね。そのための縁を結ぶ相手としては、君ほどピッタリな人間はいない」


 「お戯れを。軍部の強化を望まれるなら、実質的な指導者である私が王家に嫁げば、その力が陰ることは明白ですわ。私では殿下のお望みの役目を果たせません」


 「いや、それは可笑しいな。君はついこの間までブライアンに、王家に嫁ぐはずの身だった。用意周到な君がグリーンフィールドから離れる準備を、ひいては今の体制を君なしで維持するための備えをしていないとは思えないけどね」


 -さて、どうしたものか。


 ディアナは涼しい表情のまま、扇子をパチリと閉じ、ジェフリーをじっと見つめた。

 ディアナの視線に気圧されることもなく、帰ってくるのは面白がるような、そして決して逃さないと言わんばかりの強い瞳。

 化かし合いにも煙に巻くのも、増しては腹の探り合いをするにも分が悪い相手。


 -公爵を表舞台から引きづり下ろせた代償が思った以上に高くついたわね。


 公爵が聞き耳持たぬ状態を維持していれば、その間に別の男と結婚して逃れられた。

 公爵が無礼にも襲いかかったりしていなければ、ブライアン第二王子の、王家の身勝手を許した事を恩に着せ、退けられた。

 公爵が暴れた事を放置しておけば、グリーンフィールド公爵家には罰が下されただろうが、ディアナは傷心の身としては表に出なくて済んだ。


 しかし、ディアナの目的をすれば、ジェフリーの申し出を断るより、公爵を引きづり下ろすことの方が重要で、急務でもあった。


 「…時間の無駄は好みませんの。はっきり伺いますわ。殿下が私を妃としたい、本当の目的は何ですの?」


 いつの間にかディアナの顔は真顔へと変わっていた。

 しかし、それでも構わなかった。

 真実を語る上で上部の表情など、余計な飾りでしかないと彼女は考えていたから。

 むしろ、これくらいで気に障るような相手なら、その程度だと。


 不躾とも取れるディアナのあけすけな言動に、ジェフリーも初めてその穏やかな笑顔を悪どく歪める。


 「この国を変革するため、君には共犯者になってもらいたい」


 -共犯者とは…また何とも。


 意図をはかりかねると言わんばかりに、ディアナ片眉を持ち上げた。



 「グリーンフィールド公爵令嬢。君は今のブルフェンをどう見る?」


 抽象的な質問。

 しかし、それが上部だけの答えを求めての問いではないことはディアナにも読み取れた。


 「危ういですわね。あらゆる意味で」


 「だろうな。武力での解決しかしてこなかったツケで、外交においては稚拙としか言いようがなく、内政においても英雄王や自国の血筋、正確に言えば前王国から続く血統の保持に固執する者たちによる争い。どこをとっても危ういバランスを保っており、あらゆる膿を産んでいる。このままではブルフェンは腐り落ち、国は衰退の一途を辿るだろう。だから俺はブライアンと内密に協力体制を作り、ブライアンが戴冠したのち、この国を変革するための準備を進めていた」


 そこまで話すとジェフリーは座っていたソファの肘置きに寄りかかり、足を組んだ。

 それだけの仕草で先程までの王子然とした姿は鳴りを潜め、尊大な王の雰囲気へとガラリと変貌を遂げる。


 -なるほど。これがこの人の本質。


 「ここまで聞いて、少しは罪悪感を感じてくれたかな?アイツの望みのために暗躍し、手を貸した、ブライアン・ミカエリスの狂信者め。アイツと君のせいで、このままでは全ての計画が水の泡となる」


 「それはおいたわしい事ですわね。しかし、結局はこれは彼の方の望みの結果であり、私にはどうすることもできませんわ」


 「嘘は良くない。アイツは途中まで、自分が王になる事を受け入れていた。あとはメルロー子爵令嬢を王妃とすべくもがくか、妥協して側妃とするかくらいの差だったはずだ。そもそも責任感の強い男が、臣下に降るなどそう簡単に思いつき、実行に移すわけがない。アイツのそばにその道を示した人間がいたはずだ」


 「それが私だけだと?」


 「他に誰がいると?アイツの周りには頭の回る人間は数人いれど、その誰もがアイツが臣下に降ること進んで指し示す人間は君を除いて誰もいないんだよ」


 ジェフリーはそこで言葉を切ると、挑むようにディアナに笑う。


 「共犯者とは言ったが、正確の要求はこうだ。ブライアンの代わりに、この国の旗印となってもらおう。自分の君主の不始末だ。その尻拭いと国のためなら君だって本望だろう。断るというなら俺は、今からあらゆる障害を取り除き、ブライアンを玉座に無理やり座らせるだけだがな」


ジェフリー、性格悪くないか?いや、悪いんだけど。(汗)

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