プロローグ
微睡むような日差しが差し込む昼下がり。
2人の幼い少女が廊下を駆けていた。
その手には小さな体に見合わない、重たい歴史書。それを4本の短い腕で精一杯抱えて不恰好に走る様は、なんとも健気で愛らしい。
彼女たちの名はペルリタとエルリア。白に程近い、プラチナブロンドの髪をした少女がペルリタで、艶やかな薔薇のような赤い髪をした少女がエルリアだ。
2人は髪の色が異なるだけで、他の見た目は瓜二つな双子であった。
2人はいつも一緒だった。ご飯を食べる時も、遊ぶ時も、寝る時も。そして、忙しい両親に会いに行く時も必ず、2人は揃って会いに行く。
そんな双子はいつからか、歴史研究家の一面を持つ両親に影響されたかのように、自分たちの気になった歴史書を持ち、2人の元を訪れるようになった。
今日は2人の母親が"おおきなおちゃかい"をするので、双子たちは真っ直ぐ父親のいる"しつむしつ"を目指している。
小さな少女たちが重厚な扉の前に着くと、示し合わせたようにそれは開いた。
廊下に響いた愛らしい足音に気がついていていた"しつじ"のロドルフォが、2人を穏やかな笑顔でいつも出迎えてくれる。
ペルリタは頬を染め、はにかむように「ありがとう」と、エルリアは元気いっぱいな満面の笑みで「ありがとう」とそれぞれロドルフォに礼を述べると、そのまま部屋の中央にある執務机に向かって、2人は最後のひと頑張りというように歩みを早めた。
「「おとうさまっ」」
舌ったらずな声が綺麗なユニゾンを作り、それを向けられた執務机にいた男が顔を上げる。
蜂蜜を思わせる癖のある長髪を後ろで結った、双子たちと同じ若葉色の瞳を持った身なりの良いこの人こそ、2人の父親であるフェルナンドだ。
「やぁ、いらっしゃい。僕の小さなお姫様たち」
フェルナンドは手元の書類を片付けると、自分の娘たちの元に笑顔で歩み寄り、そのまま慣れた様子で2人を本ごと抱き上げた。
そんな和やかな家族の一コマを合図に、執務室内にいた他の者たちは退室していき、ロドルフォだけが扉の前に控えるように残る。
「今日はどこの国の物語を持ってきたのかな?」
「ブルフェンよっ!」
「あかきばらひっ」
フェルナンドの手により執務椅子に座る彼の膝の上へと着地した双子たちは、父親の問いにそれぞれに答えた。
それを聞きながら双子たちが持ってきた本の表紙を見たフェルナンドが、思わずと言ったように低く呻く。
「よりによってなぜ、ブラッディローズを」
父親が眉を顰めた意味が分からず、ペルリタとエルリアは同じ方向へと首を傾ける。
「ねぇリタ、リア。これじゃないとダメなのかな?」
彼女たちが今日持ってきた歴史書の名は『ブルフェンの毒婦 ディアナ・ローズ』。その昔、第6代国王ジェフリーの伴侶ディアナ・ローズ妃に徹底的に貶められたイークス王国の王子が、仕返しのように書かせたと言われる書物だ。
普通に考えれば器の小さな男が行った仕返しなのだが、このディアナ・ローズという王妃は一言では片付けられないほどに厄介な人物であった。
ブルフェンという名の国が滅びて何十年経った今でも、ディアナ・ローズという彼女の名を歴史書に記すことを禁じる国は多い。
夫であるジェフリー王が粛清王と呼ばれたのと同じく、その妻である彼女もまた、ブルフェンのブラッディローズと呼ばれ、近隣諸国から恐れられていたためだ。
だからこそ彼女を知る者が、彼女を毒婦、悪女と評することも少なくはなかった。
「だめなのっ!」
「あかいかみのおきさきさま。しかもつよい」
困り顔のフェルナンドに向かって、エルリアが強く意思を示し、ペルリタがその理由を告げながら歴史書のあるページの挿絵を開いた。
そこには最も有名なエピソードである、彼女の夫であるジェフリーの戴冠の儀で起きたクーデターをたった1人で殲滅したとされる、両手に剣を持ち、血塗れのドレス姿で佇むディアナ・ローズを描いた絵があった。
この出来事から、彼女は紅薔薇姫からブラッディローズと呼ばれるようになった。
フェルナンドはなぜ自分の娘たちがこの絵を見て惹かれたのか全く理解出来なかったが、それでもなんとか笑顔を取り繕いながら口を開く。
「赤髪の強い女の子なら他の人でも良かったんじゃないかな?」
「「……なんでそんなにこのほんよむのいやなの?」」
またも綺麗に重なった双子の言葉に、今度こそフェルナンドは声を詰まらせる。
もしブラッディローズが、他国から恐れられた強く、美しい"ただの王妃"であればフェルナンドも、ここまで話すことを渋りはしなかっただろう。
しかし、歴史学者で彼は嫌というほど知っていた。
このディアナ・ローズという女性が、腹黒く、まるで情がないかのように国のためなら手段を選ばない冷酷な王妃であったと。
そして何より彼女は、その後各国で蔓延した魔香と呼ばれる、依存性の極めて高い問題薬物を生み出した張本人であると。
できるならまだ幼く、純粋な娘たちには彼女の物語を聞かせたくない。
そんな複雑な父親心が邪魔をして、いつもならスムーズに紡がれる歴史の物語が重く閉ざされてしまうのだ。
「…そんなにディアナ・ローズがいいの?」
「「うんっ」」
最終確認のつもりで聞いた問いかけに、期待の籠った眼差しを返す愛娘たちに、フェルナンドは仕方ないとため息を零し、歴史書を捲る。
「ブルフェンという国について、ふたりはどれくらい覚えてるかな?」
「きしのくにで、えいゆうがいて、」
「すごくさかえたけど、すぐほろんだ」
「あとは、あれっ!」
「ブライアン ミカエリスのおくさんできあいにっき…」
「あー…そういえばそれも二ヶ月前くらいに読んだっけ」
そんな会話を娘たちとしながら、フェルナンドはすぐに破れてしまいそうなページを丁寧に捲っていく。
「ディアナ ローズはね。元々、その奥さん溺愛日記の著者、ブライアン ミカエリスの実質的な婚約者だったそうだよ」
はじめましての方ははじめまして。
そして以前私の作品を読んでいただいたことがある方は大変お久しぶりでございます。
書きたいなと思いつつ、仕事に忙殺され執筆から離れて早何年経ったのやら…
プロットはあるのに全く書けていない物語たちを久々に思い出してしまい、久々に筆を取った次第です。
また皆様のちょっとした息抜きとして、私の書く物語を楽しんでいただけますと嬉しく思います。
仕事で社畜を極めていると言えばお察しいただけるかと思いますが、以前のように執筆は進まない環境です。
この話も最後まで書き切らずに連載を開始しております。(ストック0)
もしかしたら仕事の都合でエタるかもしれないという不安はありますが、プロットはあるので亀のような歩みでも何とか完結したいと思っております。
どうか気長に気楽に、お付き合いいただけると有り難いです。
よろしくお願いします。