#73 思惑
「春明!!」
レイは、カフェ陰陽に戻ると大きな声で叫んだ。
「どうした? そんなに慌てて」
カフェのカウンターで掃除をしていた春明が、心配そうに聞き返す。
「達海が警察に捕まった! GHに連れて行かれちゃったよ」
「は?」
レイの叫び声を聞いたアクタ、お嬢、マッチョも二階から降りて来て、レイの元へと集まった。
レイは皆んなに大学で起こったことを全て話した。GHの二人組が来たこと。そのうちの一人が、フォトの元婚約者の大輝であったこと。達海が大輝と戦って和解したこと。大輝がもう一人のGHに殺されたこと。達海が冤罪をかけられてGH本部に連行されたこと。
「なんでそんなことになってんだ。あのバカ」
話を聞いた春明が顔を顰めて頭を掻く。
「それでどうしますの?」
「助けに行かないと。私が達海を助けに行く!」
お嬢からの問いかけに、レイは焦燥の声で返した。マッチョもレイに賛同して声をあげる。
「ワタクシも行くぞ!!」
玄関を飛び出そうとしたレイとマッチョを春明が呼び止めた。
「待て! 幽霊がGH本部に乗り込むなんて自殺行為だ。……とりあえず俺が話をつけてくる。お前はここで待ってろ」
そう言いながら春明は出かける支度を始めた。
「お嬢、アクタ、レイたちが勝手に行動しないように見張っておけ」
「わかりましたわ」
「了解だよ」
しばらくすると何処かに出かけた春明が帰ってきた。
「どうだった?」
アクタが春明に声をかける。レイも不安な表情で春明を見つめた。
「だめだった。面会も許してもらえなかったし、今、達海がどんな状況なのかもわからない」
「やっぱり、私が行かないと」
レイはカモクの「達海を助けたければGH本部まで来ればいい」という言葉を思い出した。
しかし、それは春明によって即却下される。
「それは絶対にだめだ。まあ、相手は警察組織だ。間違っても達海に直接危害を加えることはないだろう。焦る必要はない」
「でも、平気で人を殺すような奴がいる組織なんだよ! そんな悠長に構えてられないよ。早く助けに行かないと達海が何をされるかわからない!」
「確かに、レイの言うことも一理あるね」
レイの言葉にアクタも頷き肯定した。
「だが、あんたらがGH本部に行くのは絶対にだめだ」
「春明!」
「なんと言おうとも絶対にだめだ!」
こわい顔をする春明を見てレイは目を伏せた。幽霊がGH本部に乗り込んだところで簡単に除霊されてしまうことはレイもわかっていた。しかし、このままじゃ達海に何があってもおかしくはないのだ。あの異常な女を目の当たりにしたレイだからこそ、一刻も早く達海の救出に向かわねばならないと思っていた。
「俺がなんとか交渉するから、大人しく陰陽に居てくれ」
春明はレイを宥めるように優しい口調でそう言った。
それから三週間が経った。達海が警察官を殺したことは前代未聞の事件としてニュース番組や新聞記事でも大々的に取り上げられていた。「大学に爆発物を仕掛けたというデマ情報を流し、警察官が調べに来たところでの刺殺。私生活に不満があっての犯行か」、そんな事実無根の情報が世間に広まっていった。
レイが春明の様子を見ていると、頻繁に何処かに出かけたり連絡をしているようだった。レイは春明が何処に行っているのか確認するためにこっそりついて行こうとしたが、その度にお嬢に止められた。「きっと、春明さんは私たちが傷つかない最善を尽くして動いてくれていますわ」と。しかし、レイは我慢の限界を迎えていた。皆んなはあの恐ろしい女を見ていないから、そんなにゆっくり構えていることができるのだ。こうしている間にも達海の身に何かあるかもしれない。
レイは、春明が寝静まったのを見計らってこっそりと達海を助けに行こうと決心した。
夜も更け、辺りは静まり返っている。
「何をしている? レイ」
レイが陰陽から出ようとしたところで、突然後ろから声をかけられた。春明だ。
「……寝てたんじゃないの?」
「寝ようとはしたんだが、ここ最近寝つきが悪くてな。ところであんたは? まさか、達海を助けに行こうとなんてしてないよな」
「……助けに行こうとしてる、って言ったら?」
レイの言葉を聞いた春明は、札を取り出して壁に貼り付けた。
「あっ!」
レイが慌てて外に出ようとするが、すでに見えない壁に阻まれて外に出ることができなくなっていた。
「言うことを聞けないようなら、外出することを禁止する」
春明が冷たく言い放った。
「どうして? どうしてそこまでするの!? 春明は達海を助けたくないの? こうしている間にも達海は辛い目に遭っているかもしれないんだよ? 私もう我慢できないよ!」
「どうしましたの?」
騒ぎを聞きつけたお嬢、アクタ、マッチョが二階から降りてきた。
「レイが天池を助けに行くって聞かないんだ」
「レイ少女! ワタクシたちでしっかり話し合ったじゃないか! 今回のことは春明少年に任せようって。第一、ワタクシたちは達海が何処に居るかもわからない!」
「その通りだよレイ。がむしゃらに動いても解決はしないよ。まず、圧倒的にこちらの部が悪い。だから春明に任せる。これが賢明な判断だ」
マッチョとアクタもレイを説得するように優しい声で話しかけた。
「春明に任せるって言ってもう三週間も経ってる! 達海はいつ釈放されるの? 本当に無事でいるの?」
レイからの問いに春明は目を伏せた。
「警察庁長官に何度も交渉した。本部にも何度も行った。それでも全く取り合ってもらえなかった。正直、八方塞がりだ」
「それじゃあ!」
「それでも!」
レイの言葉に被せるように春明が叫んだ。
「それでも、あんたらを達海の元に行かせるわけには行かないんだよ。あんたらがGHに狩られるのだけはごめんだ。あんたらを失いたくないんだよ」
「……春明のバカ!」
春明の哀しげな表情を見たレイは一瞬動揺すると、そう言って二階へと駆け上がって行った。
「ああー、レイ少女を怒らせてしまったな!」
「俺たちを大切に思ってくれているのはわかる。フォトを失った悲しみも俺たちだってわかってる。だけど、結界まで張って外出を妨げるのはやり過ぎなんじゃないか? 俺たちは君の所有物じゃないんだよ」
マッチョとアクタもレイを追いかけるように二階へと上がって行った。
「はあ」と頭を抱えた春明にお嬢が優しく声をかける。
「私たちは、春明さんが達海さんのために頑張っているのをよくわかっていますわ。けれど、皆んなやるせない気持ちをどうしていいかわからないのよ……。レイさんには私からもう一度言っておきますわ。春明さんもあまり根を詰めすぎないように」
「わかったよ。ありがとな、お嬢」
春明はお嬢に窶れた笑顔を向けると、壁に貼った札を剥がした。
達海拘束から三週間が経った頃、GHでは緊急会議が開かれていた。会議の参加者は副局長、鏑木剛、浜辺圭、斉藤美玲、北山美波、カモク、渡辺明日香、ケビン・舘脇、加藤裕樹の九名である。局長を含めた他四名は県外での除霊活動のため不参加となった。
「議題は現在拘束中の天池達海についてだが、GHには引き込めそうなのか?」
副局長である麻里香がカモクに問いかける。
「何度かGH入局を促していますが、いい返事は返ってきていません」
カモクは問いに対して真顔で静かに答えた。
「わっ、カモクちゃんって喋れたんすね」
「圭、余計な発言は慎め。達海の起訴が決まればGHに引き込むことは、ほぼ不可能になる。引き延ばすのもそろそろ限界だ。カモクは引き続き達海がこちら側に来るように促してくれ」
「ちょっと待ってください副局長。彼は今、まともな状態ではありません! 食事を運べばここから出せと荒れ狂い、夜にはまるで迷子の子供ように誰かのことを叫んで呼んでいます。彼がまともに仕事をできるとは思いません!」
「そうよ。彼のことは死刑にしてしまえばいいんだわ」
美波が達海のGH入局に反対し、美玲がそれに賛同した。
「彼の声を聞いているとこっちまでおかしくなりそうだって、夜警備の警官が苦言してもいたみたいっすね」
圭が呆れたようにヘラヘラと言った。
「そもそも、達海って奴は何者なんだよ」
「ソレ、ワタシモ知リタイデス」
明日香が右肘を机について手のひらを上に向けながら聞いた。ケビンもそれに続き達海の詳細を求める。
「天池達海は、カフェ陰陽を経営する安部春明の弟子? のような存在らしい。カモクちゃんによれば、幽霊が見えていて陰陽術も使える逸材とのことだ。確かにそれだけ聞けばGHでやっていくのに必要な能力は持っているだろう」
剛が腕を組みながら答えた。
「でも彼は幽霊に肩入れしてるんすよ。GHの素質全くなしっす。そして、俺はあいつのことなんか嫌いっす」
「私も素質はないと思ったんだがな。警察庁長官からの指示だ。従わない訳にいかない」
麻里香がため息をつきながら答える。
「そっすかぁー」
圭が残念だと言わんばかりに言葉を漏らした。
「それとカモク、神川学院大学にいた幽霊はどうなったか、皆に報告を」
「…………逃げられてしまいましたが……その幽霊は達海と親しいようでした。牢屋にいる彼に問いただすと、カフェ陰陽に住んでいる幽霊だそうです」
「カフェ陰陽にはやはり複数の幽霊がいるんだな……」
カモクの言葉を聞いた剛は腕を組んだまま目を瞑った。
「中には勘づいているものもいると思うが、除霊禁止令が出ている幽霊は、カフェ陰陽に所在を置く幽霊たちだ。カモク、大学にいた幽霊は除霊禁止の似顔絵の中にいた奴か?」
麻里香からの問いかけに、カモクは静かに首を横に振った。
「死装束姿で長髪の女の幽霊でした」
「ザ・幽霊! って感じっすね」
「あの人、他にも幽霊囲い込んでいたとはな……」
麻里香が顎に手を当てて考える様子を見せた。
「そもそもなぜ、除霊禁止の幽霊について今まで教えてくれなかったんですか」
麻里香に剛が問いかける。
「カフェ陰陽と警察庁長官との間で何か約束事を結んでいるようなんだ。私も詳しくは知らないのだが、その約束を守ってもらう代わりにこちらも手は出せないんだよ」
「それじゃあ、前に禁止令が解かれたカメラの幽霊は?」
「向こうが何かしら約束を破ろうとしてきたんだろう。いわば、その警告のようなものだ」
美波の疑問に麻里香が答える。
「そのカフェ陰陽に幽霊がいるってわかっているなら、乗り込んで幽霊を狩ってしまえばいいのに。俺らなんか弱みでも握られてるんすか」
「……さあ、弱みを握られているなんて聞いたことはないが。ああ、局長は、『敵にはまわしたくない』と言っていたな」
麻里香は机に両肘をつき、口の前で手を組みながら目を細めた。
「え、あのおじさんそんなに強いんすか。俺、前に灰皿で殴っちゃったんすけど」
「春明は別に脅威じゃない。ただ、カフェ陰陽を敵にまわすということは、そのバックにいる陰陽寮を……安倍晴明を敵にまわすということになる。これがまずいんだ。」
剛が腕組みを解いて、圭に説明した。
「小生、前に局長から聞いたことがあります。安倍晴明が本気になればGHなんて数分で壊滅させられると」
前髪を長く伸ばして目を隠している男、加藤裕樹が少し興奮気味に答えた。
「そんなにやばい奴なのか。それにしても陰陽師とかそうゆーの好きだよな、オタク君」
「大好きです!」
明日香の言葉に裕樹は満面の笑みで返した。
「ソレジャア、死装束ノ幽霊モ、諦メルシカナイノカ」
「そんなことはないはずです。正当な理由があれば陰陽寮だってこちらを責めることはできない……」
カモクが口を開いた。
「何か策があるんすか?」
「それを話すためにも、今回皆に集まってもらった」
麻里香が一瞬カモクと目を合わせてから発言した。
「これは長官からの命令だ。五日後、明日香とケビンにはカフェ陰陽に行き幽霊供を除霊、そして春明を拘束してもらう。他の者はその間、その他の活動を一切中止して本部に待機することとする」




