#66 誕生日
カフェ陰陽のテーブル席で、春明はぼんやりとテレビを眺めていた。そのテレビには家電量販店の新生活応援キャンペーンの広告が流れている。
「早いねー、もうそんな時期ですか」
春明がパックのコーヒー牛乳を飲みながらポツリと言った。それを目の前で聞いていた達海がため息を漏らす。
「新学期が面倒くさいです。講義が始まるとレイたちの過去について調べる時間も少なくなりますし」
「あんたの本分は学業だろ。しっかりやっておかないと良いところに就職できないぞ」
「就職か……。真面目に働くなんてできる気がしないなぁ。春明さんここで雇ってくださいよ」
「ばか言え、そんなに給料は出せねぇーよ」
「陰陽寮からたくさんお金もらっているんでしょう?」
「それとこれとは話が別だ。働いてお給料もらうのは大変なことなんだぞ。就職活動とか、就職してからも嫌な仕事押し付けられたりとか、面倒な人間関係とか、いろいろ経験しておかないと」
「うっ、それを聞いてさらに気が重くなりました。……でも春明さんて就職したことないですよね」
「だから、ちゃんと経験しておかないとこういうチャランポランなおっさんになるぞって言ってるの!」
「……それは嫌です」
「……いや、俺がチャランポランであることを否定しろよ」
そこで会話は途切れ、春明はお昼のニュース番組を頬杖をつきながら静かに眺めた。達海はメガネを外して眠そうな目を擦る。
「それ、ずっとつけてるのな。もう視力は良くなってるんだろ」
「……ああ、メガネですか。伊達でもつけていないとなんだか落ち着かなくって」
「ふーん、そういうもんなのか」
「このメガネ、高校生の時に唯一叔父が誕生日プレゼントでくれたものなんですよ。レンズはダメになってしまったけれど、フレームだけでも無事でよかった」
達海は傷だらけになったメガネのフレームを、大きな目を細めながら眺めていた。その表情はどこか寂しさも混じっているようだった。
「そうかい。そりゃあ、あの時に一緒に拾って来ておいて良かったよ」
「はい。本当にありがとうございます」
春明が言うあの時とは、達海とレイが洞窟内でピエロに襲われた時のことを指している。あの時、ピエロから助けてくれたのは春明だけでは無いようだった。洞窟内に誰かが争った形跡があったというのだ。誰が達海たちを助けてくれたのだろうか。
「痛っ」
「……どうした、天池?」
「最近、頭痛がすることがあって。疲れてるのかもしれませんね」
近頃、達海は頭痛に悩まされていた。それも、あの時のことを思い出そうとすると頭痛が起こるのだ。まるで思い出すことを拒むかのように。少し思い出そうとするのは控えよう。そう思った達海は眺めていたメガネをかけた。
「あ、」
「今度はどうした?」
「いえ、そういえばもうすぐ俺の誕生日だったなと思いまして」
「おお、いつだ?」
「四月の十日です。そこで二十歳になりますね」
「二週間後か。そりゃ、めでたいな。酒が飲めるようになるじゃねーか」
「達海の誕生日パーティーやるぞー!」
どこからともなく左腕を天井に突き上げたレイが飛び出してきた。
「びっくりした! レイ、いつから聞いてたんだよ」
「もうすぐ誕生日ってところから! 盛大にお祝いしないとね。春明、おっきいケーキ準備してね!」
「そんな、春明さんに悪いよ」
達海が困惑していると、レイが達海の顔に近づいて言った。
「だめだよ遠慮しちゃ。誕生日は大切な日なんだから。この世に生まれたとっても大切な日!」
「そうだな、それじゃあ、ぱあーっとお祝いするか! 天池、十日の夜、予定空けておけよ」
「……わかりました。ありがとうございます」
すると、アクタ、お嬢、そしてマッチョも二階から降りてやって来た。
「なんだか楽しそうだね」
「達海がね、もうすぐ誕生日なんだよ! 来月の十日に二十歳になるんだって!」
「まあ、それはお祝いしないとですわね」
「そうだな! ワタクシもこの筋肉で盛大にお祝いをしてやろう!」
「……ありがとう皆んな。すごく楽しみだよ」
達海は皆んなに向けて笑顔を見せた。
『ハーピバースデートゥユー、ハーピバースデートゥユー、ハーピバースデーディア達海ー。ハーピバースデートゥユー! おめでとー達海!」
四月十日の夜、カフェ陰陽では達海の誕生日会が開かれていた。達海、春明、そして幽霊たちが一つのテーブルを囲む。達海の頭にはhappy birthdayと書かれた誕生日ハットが乗せられていた。そして彼の目の前には大きな苺のホールケーキが置かれている。
「皆んな、ありがとう」
「ほら、早く蝋燭の火を消して!ふーって、ふー」
「わかったよ」
レイから催促された達海はフーと蝋燭の火に息を吹きかけた。次第に部屋の中が暗くなっていく。完全に部屋が暗くなるとすぐに照明がつけられた。
「さあ、今日はたくさん食べて、たくさん飲め! あ、レイとお嬢はアルコール舐めたらダメだぞ!」
春明によって豪華な料理や日本酒がテーブルに運ばれてきた。
「すごいですね、この料理。全部、春明さんが作ったんですか?」
「もちろん、全部俺の手作りだ」
大きなハンバーグに唐揚げ、黄金に輝く天ぷら、レタスやトマトなど色鮮やかなシーザーサラダ、一晩では食べきれないほどのご馳走がテーブルに並んだ。
「ほら天池、グラスこっちに出せ」
春明が達海の持っているグラスに日本酒を注いでいく。その日本酒の瓶には「大吟醸」と書かれたラベルが貼られていた。
「良い酒だからな。初めてでも飲みやすいと思うが、あまり飲みすぎて酔い潰れるなよ」
「気をつけます」
「ほら、今度は俺にも注いでくれ」
達海が春明から瓶を受け取ると、今度は春明が持つグラスに酒を注いだ。
「春明さんも普段は飲まないんだから気をつけなさいよ。酔い潰れても知りませんわ」
「大丈夫だよお嬢。そこらへんの調整はできるさ」
「全く、本当かしら」
「ああ、そうだ。食べる前にこれ、俺たちからの誕生日プレゼントだ」
そう言った春明が後ろから、赤いリボンで包装された小さな小箱を取り出して達海に手渡した。達海は少し驚いた顔をして皆を見渡す。
「空けてみても良いですか?」
「おう」
達海が小箱を開けると中には、真ん中に銀色のラインが引かれた黒く輝く指輪が入っていた。
「綺麗……」
指輪を見た達海からはそう言葉が漏れ出ていた。
「気に入ってくれたかな。皆んなで選んだんだよ!」
「達海はもっとオシャレをしたほうが良いと思ってね」
「きっと似合いますわ」
「さあ、達海少年。つけてみてくれたまえ!」
達海は箱から指輪を取り出すと、それを左手の人差し指に付けた。
「ど……どうですか?」
達海が恥ずかしそうに皆んなに向かって左手を見せた。
「おう、似合ってるじゃん」
「うん。かっこいいよ、達海!」
「ありがとう。一生大切にするよ」
それから、達海と春明はたくさん食べて、たくさん飲んだ。幽霊たちも春明の料理を存分に味わった。こんなにもお祝いされたことが人生で初めてだった達海にとって、とてもとても幸せな時間だった。
三時間くらい経っただろうか。春明はすでに酔い潰れて寝てしまっていた。幽霊たち騒ぎ疲れたようで寝そべっていた。達海も初めてのお酒に軽く気分が高揚していたが、意識がなくなるほどは酔ってはいなかった。
(トイレ……。トイレに行きたい)
そう思った達海はすくっと立ち上がると、ふらつく足を懸命に進ませながらトイレへと向かった。
(ふう、スッキリした……。あれ? こんなところに隙間が……)
用を足してトイレから出てきた達海は、二階に繋がる階段下の脇に隙間があるのを見つけた。何だろうと思い、達海はその隙間を広げるように板を横に動かした。すると板はスライドドアのように簡単に動き、階段の内部が露わとなる。
「あっ」
達海の目の前には地下へと繋がるであろう階段が続いていた。




