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#6 仲違い

 時刻は二十時をまわった。木造で和風な建物のドアには『closed』の札がかけられる。

 この建物、カフェ陰陽の中では小会議が始まろうとしていた。カフェのテーブル席には二人の生者と二人の幽霊が座っている。

 まず、謎の柄の入ったジャケットを着こなすイケオジ——安倍春明がお婆さんに問いかけた。


「婆さん、まずはあんたの名前を教えてくれ」


「わしの名前はちよこ。梅澤千代子じゃ」


「それじゃあ、千代子さん。あんたの心残りはなんなんだい?」


 すると、千代子は悲しそうに話し始めた。


「わしはな、爺さんに謝らなければならないんじゃ。爺さんとはよく喧嘩をしての。ある日、大喧嘩をして爺さんの盆栽コレクションをぐちゃぐちゃにしてしまったんじゃ。それから爺さんとは口を聞かぬまま、気づいたら幽霊になっておった」


「そうか、そりゃ謝らなきゃなんないな。婆さん、生前に住んでた場所は覚えているかい?」


 春明は千代子に寄り添うように静かに相槌を打ち、そして質問をする。


「ああ、覚えているとも。でも、行ってはみたんじゃが、空き家になっておった」


「爺さんの名前は?」


「一郎じゃ」


「爺さんの他に家族は? 子供とかいなかったのか」


「覚えておらん」


「爺さんの名前以外は手がかりなしか。じゃああんたの年霊ねんれいは?」


「覚えておらん……」


「それは、まずったなぁ」


 思いのほか情報を得ることができず、春明は腕を組みながら少しだけ苦い顔をする。

 ここでふと疑問に思った達海が、二人の会話に割って入る。


「年齢が分からないとそんなにまずいんですか」


「幽霊になってから何年たったのか、そっちの年霊だよ。ちなみに私は十二歳」


 レイが右手の人差し指を立て、左手はピースサインの形にして、十二の数を作りながら補足を入れてくれた。続けて春明が説明する。


「幽霊になってからのタイムリミットは普通約百年だ。だが、死んでから年月がたつほど、その人が生きていたという証は薄れていってしまう。その分、未練の手がかりを探すのは困難になる。特に、その未練が生前関わっていた人絡みだった場合はな。だから、年霊が若いうちの方が成仏できる可能性は高いんだ」


「なるほど、そういうことだったんですね」


 達海が説明を聞き終わると、春明はパンッと手を叩いて立ち上がった。


「よし、今日はもう遅いからお開きにしよう。婆さんの名前と生前に住んでいた場所もわかったら、明日はそこと周辺の墓地に行って手がかりを探そうか」


「爺さんに会えるかのぉ」


「絶対に会えると保証はできないが、まあ、悪い結果にはならないさ」


 明日の夕方にこの店で会う約束をすると、千代子は店から消えるように出ていった。

 時刻は二十一時をまわっていた。達海は春明にオムライスを作ってもらい、それを食べた。



「そろそろ帰るよ。今日はありがとうございました」


 達海は席から立ち上がる。


「天池! 明日の朝六時にここに来い。どおせ夏休みで暇だろ。婆さんの手がかり探しに行くぞ」


 春明が達海に声をかかると、レイが私もと言わんばかりにぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「私も一緒に行く!」


「ダメだ、レイは留守番しててくれ」


「春明のケチ」


「だから、さん付けをしろ」


「なぜ、レイは一緒にいけないんですか」


 達海が春明に問いかけた。


「あれだ、ちゃっちゃと終わらせたいからな。ちょろちょろされると邪魔なんだ」


 春明はバツが悪そうに言う。その春明の様子に、レイを連れて行けないのには何か別の理由があるのだろうかと達海は感じ取った。しかし、それを深く追求はしない。

 レイはしばらく文句を言っていたが、渋々納得したようだった。


「わかりました。明日の六時にまた伺います」


 達海はそう言うと、カフェ陰陽を出た。




「達海くん!」


 入り口から顔を出したレイに声をかけられる。


「カフェ陰陽には幽霊の仲間もいるから今度紹介するね。またね!」


 レイは大きく手を振りながら言った。達海も照れくさそうに小さく手を振り返す。


 今日は色濃い一日だった。達海は自宅に帰ると、風呂にゆっくりと浸かった。悪霊との激しい衝突があったのに体には傷ひとつ付いていない。頭は疲れているのに、体が軽い不思議な感覚に陥った。

 達海は風呂から出るとすぐにベットに飛び込み、深い深い眠りに落ちた。

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