#53 消えた星光
「よ……よろしくお願いします」
達海は差し出された手を握った。すると星奈は達海の手を握り返してブンブンと上下に振った。
「君、陰陽師の血筋じゃないのに陰陽師の力が使えるかもしれないんだって? パパから聞いたよ。すごいね。君も修行するのに陰陽寮に来たの?」
星奈が目を輝かせながら言った。
「まあ、そんなところです。……星奈さんはどうして保憲さんに内緒で修行を?」
「それがね聞いてよー! パパってば『そんな危ない仕事を星奈ちゃんにさせられない』って、ウチから陰陽師を遠ざけようとしてくるの。だからこうして朝早くに修行してるってわけ!」
星奈が形代を投げ飛ばして見せた。星奈の「鷹!」という掛け声で形代は鷹に姿を変えて再び的目掛けて突進して行く。
「星奈さんはどうしてそこまでして陰陽師になりたいんですか?」
「せっかく力を持ってるんだもん。頑張って修行してパパや皆んなの力になりたい。忠司君や光樹さんみたいになりたいんだよ。変かな?」
「すごく……すごくかっこいいと思います」
「でしょ!」
星奈がニカっと笑って見せた。そのあまりに眩しい笑顔に達海は胸がどきっとしてしまった。
「何してるんだい星奈ちゃん!」
達海の背後から大きな声が聞こえ振り返ると、達海の顔のすぐそこに保憲の顔があった。
「うわっ!」
「げっ! パパ!」
保憲はジトっとした目つきで達海のことを凝視した。
「達海君、こんなところで星奈ちゃんと何をしているんだい? まさか、星奈ちゃんを誘惑しようと!? 朝っぱらからいやらしい事をしようと考えてたんじゃないだろうな。吉昌といい、星奈ちゃんがあんたらみたいな芋男に惹かれるわけがないだろう。それでも、万が一、星奈ちゃんに手を出すなんてことがあればこの私がお前のことをぶっとばああああ……」
「違う! そうじゃないから!!」
星奈と達海の間にまわり込んで早口で捲し立てる保憲の後頭部を星奈が引っ叩いた。
「あべしっ!!」
保憲は頭を抑えながら星奈の方へ振り返る。
「何するんだい星奈ちゃん!! パパは星奈ちゃんを心配して!」
「だから違うから! パパ過保護すぎ! その……ああ、そう! 達海君が屋敷の中で迷っていたから、ウチが屋敷内の施設を案内してあげていたの!」
「本当に?」
保憲に疑いの目を向けられた達海はコクコクと頭をなん度も上下させた。
「ならいいんだよ。……けど絶対に星奈ちゃんに手ぇ出すんじゃねぇぞ!!」
そう言うと保憲は歩いて行ってしまった。それを見送った星奈がどっと疲れたように肩を落とした。
「はあ……ごめんねぇー、ウチのパパ、ウチのこととなると見境がなくなるからさぁー」
「いえ……とても良いお父さんですね」
「いい加減、子離れさえしてくれるといいんだけどね……あっ、もうこんな時間! そろそろ行かなくちゃ。ほんと、ウチのパパがごめんね。また、お話ししようね」
「はい、それではまた」
達海は走り去る星奈を見送った。朝食までもう少し時間がある。探索を続けてみようか。達海は時間まで庭園を歩いてまわった。
部屋に戻ると春明が起きていて、レイたちもすでに戻っていた。
建物を散策していたレイたちは吉平に見つかってしまい、こっ酷く叱られたらしい。達海は吉平に鉢合わせなくて良かったと安堵した。今度、屋敷の散策は控えよう。
朝食をとった達海と春明は寝巻きから着物に着替え、庭園の開けた場所で修行を開始した。レイたちは屋敷の外に行き、京都の街並みを観光してくるそうだ。
「この修行はイメージが大切だ。より強い式神をイメージ。力を形代に流し込むイメージ。さあ、呼び寄せてみよ」
「虎!」
「にゃー」
達海が投げた形代から現れたものは虎ではなく、やはり可愛らしい猫だった。
「まあ、最初はそんなものだよ。この修行は繰り返しイメージすることが大切だ。あとは、思ったよりも体力を使うから休憩もしっかり取るように」
「わかりました」
大量の形代を晴明から貰い受けた達海はなん度もそれを投げ続けた。
「春明くんは私と戦闘を行いながら修行をしてもらうよ。……本来、これは何年もかけて習得するものだ。覚悟は出来ているかい?」
「ああ、もちろんです」
修行をしていると時間なんかはあっという間に過ぎて行ってしまった。修行を始めて二日目、達海が励んでいると吉昌がお盆におにぎりをいくつか乗せてやって来た。
「そろそろ休憩にしませんか? おにぎりにぎって来ました」
「!……ありがとうございます」
達海は庭石に腰を下ろしておにぎりを頬張った。
「修行は順調ですか?」
「それが、なかなかうまくできなくて……」
「焦らなくても大丈夫ですよ。僕も最初はだめだめでしたから」
「そうなんですか?」
「はい、今でこそ晴明様の側近なんて立場になれてますけど、子供の頃はのろまで、術もうまく発動できない、式神もうまく扱えないでいじめられたりもしました」
「そんなことが……」
「でもそんな奴らを見返したくて、皆んなが遊んでいる間にも何度も何度も練習したんです。そうしたら強くなれました。今でも吉平に『とろい!』って叱られることもあるんですけれどね。……まあ、継続することが大事ってことです」
「……他に、何かコツのようなものってあったりしませんか?」
「コツ……コツかぁ、強いて言うなら誰か大切な人がピンチになっているところを想像すること……ですかね」
「なるほど……!」
確かに陰陽の皆んながピエロやGHにやられそうになっているところを想像すれば力が湧いてきそうな気がする。
「ありがとうございます。なんかできそうな気がして来ました。……吉昌さんも誰かを想像しながら修行をしてるんですか?」
「え!? 僕? 僕ももちろん……そうやって修行をしているよ……」
「そうなんですね」
明らかに動揺した吉昌のことを見た達海は、星奈さんのことを想っているのかな、となんだか微笑ましくなった。
「僕もまだまだ強くならねばなりません。お互い頑張りましょうね、天池君」
「はい」
達海は修行を再開しようと立ち上がったところで、はっと思いついたように吉昌に声をかけた。
「そうだ、明日京都を観光したいんですが同行してもらえませんか?」
翌日、達海は吉昌とレイたちと共に有名な寺を訪れていた。
「吉昌さんが来てくれて助かりました。せっかく観光に来たのに一人で喋ってる悲しい奴だと思われるのが嫌で……」
黒いパーカー姿の達海が頭を掻いた。
「いいんですよ。たまには息抜きも必要ですから。今日はめいっぱい楽しみましょう!」
白い着物姿の吉昌が達海に微笑みかけた。
「達海! すごいでっかい塔があるよ! 行ってみよう!」
「わかったよ、レイ」
楽しい観光時間を過ごした達海たちは陰陽寮の部屋へと戻ってきた。
「はぁー、楽しい時間はあっという間だったな」
「明日からまた修行頑張ってね、達海」
レイが達海に笑顔で声をかける。
「現実を突きつけないでよ、レイー」
達海は明日からまた始まる辛い修行を想像して肩を落とした。
「春明さんは休息を取りませんの? 京都の街並みとても綺麗でしたわよ」
「俺は何度も来てるからいいんだ。それよりもやらなきゃいけないことがあるからな」
「全く、体を壊さないよう気をつけてくださいまし」
「ワタクシは明日、朝早くからボディービルのショーを見に行くぞ! ハハハハ」
「京都に来てまでボディービルですか。全く、一人じゃ危なっかしいから私がついて行きますわ」
お嬢がやれやれという仕草を見せる。
「ありがとうお嬢。それじゃあ、俺はレイと観光をしてくるよ」
アクタはにっこり笑ってレイを見た。レイは行ってみたい場所を思い浮かべながら笑顔で天井を見上げた。
「明日はどこに行こうかなー」
夜は更けて、あっという間に達海たちの陰陽寮での生活四日目が終わろうとしていた。
「光樹さん、どこー? あの狸親父め、本当に光樹さんがウチのことを呼んだのかな」
道拓から光樹との待ち合わせを言伝された星奈は、芦屋家の屋敷を訪れていた。
「あれー? おかしいな。ほんとにここでいいんだよな。光樹さんー」
恐る恐る部屋を見渡す星奈の背後から巨大な悪霊が彼女のことを見下ろしていた。
「うばあぁ」
「大変です!! 保憲様!! 忠司さん!」
「なんだ、朝っぱらから騒がしいぞ……」
保憲と忠司は部下の慌ただしい声によって目を覚ました。
「ご息女が!……星奈様が——」




