#32 狂愛—肆—
「幽霊いるじゃないっすかー。昨日のメガネ君にあなたが陰陽師の春明さんっすね」
圭がゆっくりと達海たちに近づいていく。
「どうしてGHがここに居る。この件からは手を引くように命令が出ていたんじゃないのか」
春明が警戒しながら、佐野を守るように圭と佐野の間に入る。
「やっぱり如月さんの言ってた通り、あなたの仕業でしたか。困るんすよねー、仕事取られるのは。せっかくのお楽しみが減っちゃうじゃないっすかー。そこどいて下さい。除霊するので」
圭はゲスい表情をしながら言った。達海はこの時、こいつは幽霊を狩ることを楽しんでいる卑劣な奴だと確信する。まずはなんとか佐野を逃さなければならない。達海は春明に近づいて耳打ちをした。
「俺が佐野さんを外に逃します。春明さんはGHを抑え込んでもらってても良いですか」
「……わかった」
春明もそれが最善であると考え、達海に小さな声で返事した。
「何こそこそ話してるんすか。邪魔をするなら力づくでやっちゃうっすよ」
圭が佐野めがけて飛びかかってきた。圭の指輪から大きな槍が出現し、それを思いっきり突いてくる。春明が佐野に付けた呪符を剥がすと、達海が佐野を引っ張って槍を避けた。
「うああああああああ」
佐野が恐怖の声を上げる。圭は家の壁をぶち抜く寸前で槍を引っ込めた。
「っと、危ない。住民に損害を出したら、こっ酷く怒られるんすから避けないでくださいよ」
春明はやれやれとため息を吐く圭の背後に回り込み、後ろから羽交い締めにした。
「うわっ、何するんすか」
「天池!! 佐野を連れてさっさと逃げろ」
「はい!」
達海は佐野を引っ張って玄関へと走った。
玄関の扉を開き外へと飛び出したものの、佐野を掴んでいる手が家の中と外との境目で引っかかり、達海は前のめりに転びそうになってしまう。
「うわっ」
すんでのところで踏み止まった達海は、何が起きたんだと急いで振り返る。
「痛い! 無理やり引っ張らないでくれ! 何なんだよ!!」
佐野の体は家と外の境界に見えない壁があるかのように通り抜けることができなくなっているようだった。
……結界か!
達海が家の中に戻ると扉の横には呪符が貼り付けてあった。
「春明さん! この家、結界が張ってある!!」
「ちょっと待ってろ、今こいつを絞め落とすから……」
達海が叫ぶとリビングの方から春明の力んだ声が聞こえてきた。
佐野が挙動不審になりながら達海に尋ねる。
「僕はどうすればいい! 京子は!? お願いだよ、僕を助けてくれ!」
「……ああ、助けてやるから。だからもう安心してくれ」
達海が宥めるような口調で不安な気持ちを露わにする佐野に言った。
「待たせたな、天池!」
春明がリビングの方から歩いて来た。
「よし、さっさと佐野連れて逃げるぞ」
「春明、後ろ!!」
達海の叫びを聞いて春明がさっと振り返った瞬間、頭に強い衝撃が走る。圭に後ろから灰皿で殴られた春明はそのまま床に倒れ込んだ。
「気絶したふり、うまくいったっす。大丈夫。死なない程度に殴りましたから。さあ、今、除霊してあげるっすからね」
圭が床に倒れている春明を蹴飛ばしながらこちらに歩いて来て、右手に持つ槍を構える。
その槍が佐野に向かって突き出された瞬間に、達海は圭の腕を両手で掴んでその軌道をずらした。槍は佐野の顔を擦り、扉の横に突き刺さる。佐野の頬は少し抉れて煙のようなものが昇った。
「痛ああああああああ!!」
「ちょっと何やってるんすかー。あーあ弁償させられるんすかね」
圭が苦い顔をする。
「全く、生者を傷つける趣味は無いっすけど、仕方ないっすよね」
圭は左手の拳を構え、達海に殴りかかろうとした。達海は圭の腕を両手で掴み取り、力の限り下方向に引っ張った。
「うおおおお!」
「うわっと」
バランスを崩した圭は、神器を手放して前方向に倒れ込んだ。達海はそのまま圭の顔を蹴り上げようとしたが、圭に足を掴まれて共に倒れ込んでしまう。両者ともすぐに立ち上がるとお互いに手を掴み合い、取っ組み合い状態となった。
「躊躇なく俺の綺麗な顔を蹴ろうとしたっすね。君、倫理観とか無いんすか」
「灰皿で人の頭殴った奴に言われたくない。それにお前みたいなゲスの顔、どうなったて知らないんだよ」
「うわっ、ひどいっすね」
均衡状態が続く中、黒いオーラが消えた佐野が声をあげた。
「くっ、すまない、今戻った! 徹だ!」
「……! 今の状況はわかってるか?」
「把握してる! 逃げ道は無いんだよな」
「ああ、結界さえどうにかなれば」
結界は陰陽師の力がなければ解くことはできないと達海は以前に春明から聞いていた。
結界の効果時間が切れるのを待つしか無いのか。しかし、結界の効果時間は長くてまだ二十分以上はあるだろう。達海は圭をそこまで長い時間抑え込んでいる自信はなかった。
「春明!!!!」
せめて春明が目覚めてくれればと、達海は叫んだ。しかし、彼はぴくりともしない。圭に押されて達海の力が入らなくなっていく。
「いい加減、諦めろっすよ」
結界さえなんとかできれば、佐野を逃すことができさえすれば。達海は必死の思いで圭の手を振り払うと、呪符へと手を伸ばした。呪符の上部を掴み、力の限り下へと引っ張った。
「はが……れろ!!」
すると、呪布はペラりと呆気なく剥がれる。
「剥がれた……。徹さん、早く逃げろ!」
佐野はこくりと頷くと玄関を飛び出して走り去って行った。
「あっ、待て!」
圭が急いで神器を掴もうと手を伸ばす。達海は再び圭の腕を掴んでそれを阻止した。
「くっ、なんだ君、陰陽師だったんすか。騙したっすね」
「いや、俺は陰陽師じゃない」
「嘘だ。結界は陰陽師の力を持つものしか解くことが出来ないと局長が言ってたっすよ」
「……そんなこと知らねーよ」
二人は力の入った顔で睨み合う。
自分の家系に陰陽師が居たのだろうか。達海はそんなことを家族から聞いたことはなかった。普通、そういうことは代々伝わっていくのではないか。いや、あの家族のことだ。もしそうだったとしても、自分には教えてくれなかったのだろうか。ともあれ、佐野を逃すことはできた。あとは、このGHをどうにかできれば。
少し希望が見えてきたその時、
「あっ、鏑木さん」
圭が達海の後ろへと顔を向けながら、ポツリと発する。
達海が振り返ると、白いトレンチコートを着た屈強な男が拳を振り上げていた。




