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#25 前へ

 達海は頬杖をつきながら、呆けた顔で陰陽のカウンター席に座っていた。

 一週間前にカフェ陰陽の仲間を二人も失ってしまった。ピエロの行ったふざけたあのゲームの所為で。

 あれから達海はトレーニングもほとんど行わず、何をするにしても身が入らなかった。近しい人を失った時に感じる途方もない脱力感。いつぶりだろうか。こんな感覚は二度と味わいたくないと思っていたのに……


「なーに辛気臭い顔してるのー。そんなんじゃ、可愛い顔が台無しだぞー」


 達海の隣の席にフォトが座ってきた。


「はっ!? 可愛い顔なんてして無いよ」


「そうか? メガネはずしてみると、ほら。結構可愛い顔してるじゃねーか。あー、でも天池はかっこいいって言われた方が嬉しいか」


 フォトに続きカウンター内にやってきた春明まで達海のメガネをするりと取って、彼のことを揶揄うようにイタズラなニヤリ顔を向ける。


「ちょっと、やめてくださいよ。メガネ返してください」


 達海は少し不貞腐れながら言った。


「えー、達海はメガネがない方が似合う気がするけどな。コンタクトとか付けてみないの?」


 今度はアクタがやって来て、そう言いながらフォトとは反対側の隣に座った。


「……目に異物を入れるのが怖いんだよ」


「あはは、オチャメだな! 達海少年は」


「ほんと、可愛いとこありますわね」


 マッチョとお嬢もやって来た。


「もう、皆んなしてさっきからなんなんですか!」


 辛抱たまらなくなった達海は叫んだ。するとレイが、ヒョコッとカウンター内から顔を覗かせる。


「だって、達海が元気ないから……」


「それは…………」


 と達海は言いかけてやめた。ショタと明宏を失って辛いのは自分だけじゃないはずなのに。何年も何十年も一緒にいたみんなの方が辛いはずなのに。みんなはもう前を向こうとしている。達海はいつまでも()()()()している自分が少しばかり恥ずかしくなった。


「なんでもない。俺は、元気だよ」


 達海はそう言って、精一杯の笑顔を見せた。




 カフェ陰陽を出る前に、達海は二階にある和室へ行き、仏壇に手を合わせた。仏壇には明宏の遺影と春明が描いたショタの似顔絵が飾ってある。


「明宏さん。ショタ。……俺も頑張るよ」




——休日のある朝、ランニングを終えた達海はカフェ陰陽のカウンター席で春明が淹れたコーヒーを飲んでいた。


「春明さん。そういえば、陰陽の営業日数を減らしましたけど、金銭面的には大丈夫なんですか?」


 明宏の死後、春明は自分だけでの経営は難しいと判断したため、店を畳むつもりでいた。しかし、常連客らからの熱い要望があり、月、水、金曜日のみ営業を再開することになったのだ。


「あんた、俺らが本気でこの店だけで生計立ててると思ってんのか?」


「え? 違うんですか」


「違うに決まってんだろ。こんなの趣味でやってるようなもんだ。ほとんど客の来ないうちの店の利益なんて精々、月二万円程度だよ」


「えぇ! じゃあ、今までどうやって生活してたんですか⁉︎」


「陰陽寮から金が入ってくるんだよ。何の仕事をしなくても遊んで暮らせるほどの金がな」


 達海は以前少しだけ耳にした名称に首を傾げる。


「陰陽寮? 春明さんの先祖が追放されたって言ってたとこですよね。たしか、陰陽師の恥晒しを庇ったとか。」


「ああ。当時、陰陽師の家系と仲の悪かった『橘』っていう家系があってだな。その橘の家のお嬢様と愛引きした奴がいたんだよ。しかも、そのお嬢様はそいつとの子供までこさえててさ。そいつらのことを、俺の先祖が庇ったんだよ」


「その、橘とはなぜ仲が悪かったんですか」


「橘ってのは代々、警察トップの家系だ。今の警察庁長官も橘の奴だよ。俺も詳しいことはあまりわからないが、当時、生者を裁く者と異形を祓う者とで折り合いが悪かったみたいなんだよ」


「そうなんですね。それで、どうして陰陽寮から春明さんのところにお金が入ってくるんですか?」


 達海は、早く結論を聞かせてくれと言わんばかりに春明を急かすように言った。


「まあ、話せば長くなるんだがな。結局、橘のお嬢様とそのお嬢様と愛引きした奴——賀茂雷明かもらいめいは陰陽師たちに殺されたんだよ。橘にもその愛引きを良くは思っていた者はいなかったから、この事実は無かったことにされたんだ」


「警察組織による隠蔽ってことですか」


「そうだ。その後、雷明は世紀の大悪霊として復活し、陰陽師たちを震撼させたんだ。陰陽師の力は奴に到底及ばず、除霊することは出来なかった。そこで、俺の先祖である安倍明親あべのあきちかが雷明を封印したんだ。そしてこの家系は明親から代々、雷明の封印を守り続けている。その謝礼として陰陽寮からお金が入って来てるって訳だ」


「なるほど。そんなに危険な悪霊が居たんですね。でも……その雷明って人も可哀想ですね。好きな人を堂々と愛することができなかったなんて……」


「……まあ、そうだな」


 一族間での禁断の恋。テレビドラマや小説なんかでよく目にするような展開。そんなことが現実にあり、その結末は残酷なもの。達海は少しだけ胸が苦しくなるような感覚に襲われた。

 確かに陰陽師は不思議な力を使う。一般人からしてみたら不気味で仕方がないだろう。現実的に考えて警察組織と対立するのはごく自然なことなのかもしれない。

 そこで達海の中で一つの疑問が浮かぶ。そもそも陰陽師が持つ力とは何なのだろうか。幽霊という非現実的なものを目にし、陰陽師のことも何となく受け入れてしまっていたが、よくよく考えれば不思議で仕方がない。


「……突拍子もないことを聞きますけど、なんで陰陽師は悪霊に対抗する力を持っているんでしょう」


「え? 呪符とか形代のことか? それは俺にもよくわからん。『陰陽様』っていう神様みたいな人がその昔、力を与えてくれたなんていう伝承もあるが……。そういえば、その陰陽様っていうのは陰陽寮にご健在らしい」


「え、そんな人が本当に居るんですか」


「ああ、そいつが悪霊の霊魂を浄化しているらしくてな。俺も定期的に霊魂を陰陽寮へ届けに行ってるんだよ。陰陽様は頭首としかお会いしないみたいなんだが……。そうだ、冬になったら陰陽寮に行くから、天池もついてくるか?」


「ええ、ぜひ!」


 達海は目を輝かせながらそう言うと、コーヒーの最後の一口を飲み干した。



「今日はもう帰ります」


「珍しいな、トレーニングはしていかないのか」


「はい。少し、調べてみたいことがあるので。今日は休むと言ったら、レイは怒っていましたが……」


「……レイの生前のことについてか?」


 春明は目を細めながら達海に聞く。


「そうです。今日こそ何か手がかりが掴めるといいのですが」


「まあ、そう簡単にはいかんだろうが……根気よく探るしかないな。けど、あんま無理はするなよ」


「わかってますよ」


 達海は身支度を整え、カフェ陰陽を後にした。










 春明が仏壇の前で手を合わせる。


「皆んな、祖父じいさんのこと大好きだったよ。祖父じいさんのあのふざけた罪の告白も皆んなあんたがやったことじゃないってわかってるから。安心してくれ。ピエロの野郎も祖父じいさんのこと乗っ取ってた野郎も、俺が殺してやる」

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