#17 春明の憂鬱
春明はある一軒家のリビングに立っていた。棚には何かの賞状やトロフィーがズラッと並べられている。棚上には幸せそうな家族写真が何枚も立て掛けられていた。床には二人の人間が倒れており、周りには血の海が広がっていた。
春明の前方には机があり、それを挟んだ向かい側には一人の少女が立っている。高校生だろうか。顔によく似合ったおしゃれな服を着ていてる。大きな目にシュッとした鼻筋、艶やかな唇。髪はショートヘアで、美しい金色だった。右手には、まだ色鮮やかな血がついた包丁を持っている。
「みんな……みんな殺しちまったのか。あんた」
春明が顔面蒼白で問いかけると、少女は一筋の涙を流しながらニヤっと笑う。すると彼女は、自らの首に包丁の刃を突き立てた。
「やめろぉおぉお‼︎」
ハッと春明は目を覚ました。
またこの夢か。
目をゴシゴシと擦ると、布団から出てゆっくりと立ち上がる。部屋を出て階段を下りると、カウンターの中で開店の準備をする老人に挨拶した。
「おはよう。祖父さん」
「おはよう。また魘されとったぞ」
「ははっ、こわーい夢を見ちまってな」
「疲れてるんじゃないのか。最近、何か考え込んでるようだし」
「……ここ最近、悪霊が増えている気がしてね。ちょっと嫌な予感がすんだよ」
春明は目を細め、思い耽るような顔を見せた。
「春明がこの前言っていた、幽霊を唆す風変わりな悪霊の亜種、ピエロが関係してるのか?」
「はっきりとはわからんが、そうかもしれない。……あと、雷明の封印もそろそろ弱まる頃だろ。封印の呪符を貼り直した方がいいかもしれないな」
「……そうだな」
雷明とは戦国時代後期に封印されたとされている強大な悪霊である。封印をしたのは雷明が生前に親友であった安倍明親であり、代々その子孫たちが封印を守っているのだ。
二人が会話をしていると、店内に大慌てで男の幽霊が入ってきた。
「俺の住処に悪霊が出た!! 多分、今もあいつはそこにいると思う。なんとかしてくれよ!」
男の幽霊が明宏と春明に向かって懇願する。
「わかったよ。祖父さん、ちょっと行ってくる」
「ああ」
明宏は作業を続けながら返事をした。
春明は深緑色の寝巻きからいつものチャラついた服装に着替えると、男の幽霊に連れられて廃工場へとやってきた。
「あばばばう、ぐぎゃあぁあぁぁ」
廃工場の中で叫び声を上げていたのは悪霊であった。黒いオーラが肥大化し、人間の原型は留めていない。丸くて真っ黒な目に大きな口、耳や鼻なんかは見当たらなかった。躯体全体は丸々とし、体長は三メートルを越えるほであった。
「これはなかなか、大きく育っちまって」
春明はワイドパンツのポケットから呪符を取り出した。
「さて、やりますか」
「うばばばば」
悪霊の丸々とした右腕が剛速で春明に向かってくる。春明はそれをギリギリで左方向に避けた。
「その巨体でよくそんなスピードが出るな!」
春明は悪霊の右腕に呪符を貼り付ける。
「我この悪霊を滅す、急急如律令」
呪符が光を放つと悪霊の右腕がボロボロと崩壊していく。
「いあい、あめおお」
「チッ、これじゃあ。完全に除霊できねーか」
悪霊は左ストレートのパンチを連続で繰り出してきた。春明はそれを、華麗なバックステップで避けていく。
春明と悪霊の攻防はしばらく続いた。大きく口を開いて飛んでくる悪霊を、春明は右側に飛び込んで避ける。悪霊は自らの体を制御できていないようで、そのまま真っ直ぐに飛んでいき、鉄骨に激突した。
春明は呪符を構え、走って悪霊へと向かったが、呪符を貼る直前に悪霊が振り返り、突き飛ばされてしまった。
「イッテーな、このズボン買ったばかりなんだぞ」
春明が立ち上がって裾の部分が破れたワイドパンツを見ながらぼやくと、ポケットから形代を取り出した。
「いけっ、虎!」
放たれた形代は虎の姿となり悪霊に襲いかかる。
「あんあえ、おっあええ‼︎」
虎が悪霊の左腕を押さえつけた。悪霊はそれを振り払おうと体全体を左右に揺らして暴れ始める。春明は悪霊の顔めがけて飛び込み、追い討ちをかけるように呪符を貼り付けた。
「さっさとくたばれ、この悪霊が! 急急如律令!」
「のおっえあう! ううさあい、えったいい!」
春明が目を見開き大声で呪文を唱えると、悪霊の体は崩壊していき、そこには黒い霊魂のみが残った。春明はその霊魂を拾い上げる。
「ありがとう。助かったよ」
男の幽霊が物陰からひょっこりと顔を出した。
「なんか困ったことがあったらまた来いよ」
春明は男の顔を見ることなく、軽く上げた手をひらひらと振ると、カフェ陰陽へと歩き始めた。
春明の体は傷だらけになっていた。あんなに力を持った悪霊は久々であった。あれもピエロの仕業だろうか。
やらねばならないこと、考えなければならないことがたくさんある。陰陽の経営、陰陽寮での陰陽師たちの派閥争い、雷明の封印、悪霊ピエロ、祖父さんのこと、お嬢のこと、マッチョのこと、ショタのこと、アクタのこと、フォトのこと、達海のこと、レイのこと、そして、悪夢に出てくる少女、あの十二年前の——
春明は憂鬱な表情で頭を掻く。
「どうすれば……俺はどうすればいいんだよ。なあ、麻里香」
帰り道、春明はポツリと呟いた。
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