#1 運命の出逢い
いつもと変わらぬ、なんの変哲もないただの真夏日。じいじいと蝉が鳴き、眩い太陽の光が舗装された道路を照りつける。切羽詰まった形相の青年が荒い息を立てながら懸命に走る。
ドン!
大きな音が人通りの少ない道に響き渡る。
青年は道路に飛び出し、トラックに跳ねられた。
青年が目覚めると、視界には見知らぬ天井が映った。
「達海さんが目を覚ましました! 先生を呼んできてください! 達海さん何があった覚えていますか? お体に痛みは?」
若い看護師が青年に声をかける。達海と呼ばれた青年は看護師に聞かれるままに名前や生年月日など自らのことを答え、事故が起こった前後の記憶がないことを伝えた。事故の前後以外の記憶に異常はなし。
看護師の話によると、事故の直後にたまたま近くの道を通っていた人が通報してくれたらしい。そのため、達海は事故後すぐに近くの市民病院へと搬送されたのだ。
看護師から問診を受けてからしばらくして、達海は医者の元へと連れて行かれた。
「天池達海君だね。検査した結果、目立った外傷もないし、骨と内臓も綺麗だった。奇跡と言ってもいいね。どうなっているんだい? 君の体は」
「はあ」
驚いた様子の小太りな医者に、達海は目にかかるほどの少し長めの黒髪を揺らしながら短く返事をする。
「君、自殺でもしようとしていたのかい。話によると君、急に道路に飛び出したそうじゃないか」
「え?」
達海は帰路に就いていた。タクシーを出すと看護師に言われたが、久々に歩きたい気分だった。体は事故に遭ったことが嘘のように軽い。
あの小太りの医者の話によると、どうやら二週間も眠っていたそうだ。
目覚めてから警察とも話した。話を聞く限りでは、道路に飛び出した達海に非があることは明白なのであるが。それでもトラックの運転手は起訴されることになるようだ。しかし、被害にあったものは事故の衝撃で吹き飛ばされて少し傷ついた眼鏡くらいであり、なるべく穏便に済ませたいと達海は考えていた。
着替えの半袖短パンは叔父が持ってきてくれたようだ。どこにでもあるような無地の黒ティーシャツに鼠色のハーフカーゴパンツ。
顔も見せてくれないのか。と、達海は歩きながらに心の中で思う。叔父は達海が目覚めてから病院に顔を出していなかった。達海が今着ているものは叔父によって病院のスタッフに預けられていたものだ。
最も、達海は今まで叔父とあまり良好な関係ではなかった。
達海は五歳の頃に両親を事故で亡くしてしまっていた。車で崖から落ちる不運な事故だ。それからすぐに達海は、叔父叔母の元へと連れて行かれた。
しかし、達海が叔父叔母の元に行ってから、彼らはすぐに離婚してしまった。
叔父叔母の間には一人の娘が居た。その娘は叔母について行き、達海は叔父と暮らすことになった。
叔父は達海のことをあまり構おうとはしなかった。達海も叔父に深く関わろうとはしなかった。しかし、お金は出してくれたため、生活に困ることはなかった。
達海は、学校で友達を作らなかった。人と関わることが億劫であり、恐くもあった。成績は中の上ほどで、勉強もスポーツもそこそこにできたが、部活やサークルの類には入らなかった。
大学は東京にある私大『神川学院大学』に入学した。それからは、叔父の元を離れて大学近くにある二階建てのアパートで一人暮らしをしている。
特別なことはなく、死んだような生活を送っていた。それでも自殺をしようなんて思ったことはなかったはずだ。
それはそうとなぜ自分は無事っだったのか。
最大の疑問。達海は事故の記憶を思い出そうと、頭を捻る。そうしているうちに、自宅であるアパートの一〇三号室前に着いてしまっていた。
まあ、とりあえずはいいか。
達海は鍵を回し、玄関の扉を開く。
“カツン”
台所のほうから物音がした。
なんだ?
達海は足音を忍ばせ、台所に向かう。壁の影からそっと物音のした方を覗くと、蹲る人影が見えた。
泥棒か? 鍵は閉めていたはずだ。どこから入った?
達海の頭の中を様々な考えが駆け巡る。
“ガツ”
今度は自らの足元から音が響く。それと同志に言葉にもならない痛みが達海の足を襲う。部屋の角に足をぶつけてしまった。すると台所の人影がスゥーと動き出す。
「待て!」
達海は声を出し、咄嗟にその人影の腕を掴んだ。
するとそこには、髪が長く、顔立ちの整った少女がいた。
「ここで何してるんだ!」
達海が大声で怒鳴ると、少女は酷く驚いた様子で、その綺麗な目をまんまるにさせていたが、次第に彼女の表情は笑顔へと変化した。
「なんだお仲間さんかぁ。君もイタズラしに来たの?」
へらっとした彼女の顔に達海は顔を顰めさせる。
「何言ってんだ、ここは俺の家だ。警察呼ぶぞ!」
「あれぇ? 君、死んだことに気がついてないのかな。それとも生者ごっこでもしているのかな」
「はぁ?」
その後も少女は、幽霊だの生前の記憶だの、訳のわからないこと天真爛漫に話してくる。埒が明かないと思った達海は、「ついてこい」と少女の腕を引っ張り、玄関の扉を開いた。
「何するの! 離して!」
少女は喚きながら、達海に腕を引っ張られて炎天下の道を進む。
「おとなしくついてこい」
たまにすれ違う人らが怪訝な顔でこちらを見ていたような気がするが、この頭のおかしな少女をすぐにでも警察に突き出すために達海は足を早めた。
少し歩いて自宅近くの小さな交番へと到着した。
「すみませんお巡りさん。この女の子を保護してもらえませんか。俺の家に不法侵入して訳のわからないことを話すんです」
達海は交番の中へと入り、気だるそうに座っている中年のお巡りさんに声をかけた。
「はいはい。ちょっと待ってね」
お巡りさんがゆっくりと立ち上がり、達海の方へと向かってきた。それからお巡りさんはキョロキョロと達海の周りを見回すと、今度は外に出てさらに辺りを見回した。
「んん〜? 女の子なんてどこにもいないじゃないか。何を言っているんだい君は」
お巡りさんからの戸惑いの言葉に一瞬、場の空気が凍る。達海は首筋にツウーと冷や汗が伝うのを感じた。少女は驚いた様子でピクリとも動かない。
「何言ってるんですか。ほら、ここに女の子が……」
達海は少女のいる方へ必死に手を翳してアピールした。それでもお巡りさんには少女の姿は見えていないようで、彼はさらに眉根を顰めさせた。
「君、気が動転しているようだね。ちょっと話を聞こうか」
必死に説明する達海に向かってお巡りさんが首をかしげながら近づいてくる。薬物の使用を疑われたりでもしたらたまったものではない。達海はお巡りさんの脇をすり抜けると少女の腕を掴んだまま、炎天下の中を急いで駆け出した。
自宅に戻った達海の服は汗でぐしょぐしょに濡れていた。しかし少女は汗ひとつかいていなかった。
「びっくりしたよ。君、生者だったんだね。わざわざ扉を開け閉めしてる時からおかしいとは思ってたんだ。春明以外の生者と話すのなんて初めてかも! でも、なんで君は私に触ることができたんだろう?」
少女が笑顔で話しかけてくる。
「お前は一体何なんだ」
達海は息を切らしながら少女に問いかけた。
「だから私は幽霊だって言ったじゃない。皆んなからはレイって呼ばれてるの。よろしくね」
レイは手を伸ばし、達海に握手を求める動作をする。達海の頭は真っ白になり、呆けた顔でレイを見つめ返した。
初めまして。猫牛いちごです。
昔から何となく構想していた物語を執筆してみることにしました。
小説に関して初めて書くド素人なので、文章作法の間違いだったり誤字脱字があるかもしれません。ご指導いただけると幸いです。
小説投稿サイト「カクヨム」「ノベルアッププラス」でも同じ作品を投稿しています。
よろしくお願いします。