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生贄を狙う正体

 蒼白な顔をしたウィルがひとりの男を抱えて立っていた。


(ウィル……)


 ずいぶん暴れたのか、衣装や髪型も少し多乱れていたけど、頬を紅潮させたウィルはやっぱり息を呑むほど美しかった。


 もちろんそれどころではなく、今が一番危険なのは自分自身だというのに、それでもわたしは安心してしまっていた。


「お、おまえらは一体……何者だ……」


 わたしを掴んでいる人間が怒鳴る。


 手に持つ小刀もビクビク震えている。


 どちらかというとこちらの方が危険だ。


 声も、わたしを掴んでいる力も、そして手首の細さも女性のものだと思った。


 ウィルが不安げにこちらを見つめる。


 だけど、わたしの心は穏やかなものだった。こういうときの対処法は知っている。


 ふぅっと息を吸い、神経を研ぎ澄ませる。


 チャンスは一度切り。


 しくじるわけにはいかない。


(よし!)


 意を決めて瞳を開ける。


 同時に女のつま先めがけてかがとを振り下ろす。


「……っつ」


 悲鳴にならない声が上がり、バランスを崩したその背後に向かって後頭部を叩きつける。


「ぐはっ!」


 良い子は決して真似しないでほしい。


 わたしの後頭部もずいぶんなダメージを受けてふらつく中、後ろでよろける気配を感じ、わたしはその瞬間を逃さなかった。


 女の首元に指を添える。


 ママから教わった護身術だ。


 今ならわかる。


 これは、ジパン国に伝わるわざだ。


 とはいえうまくはいかなかったみたいで、ママが放った時のように相手は一瞬で倒れなかったけど、体をガタガタ震わせ、地面に跪く姿をゆっくり眺める。


 痙攣して動けそうにないようだ。


 その手から落ちた小刀が嫌な音を響かせて地面に転がる。


 凶器が女の手にできない距離に落ちたことを安堵したもののわたしの体力はすでに限界にきており、しゃがみ込んで肩で息をするのが精一杯だった。


「ろ、ローズ?」


 大丈夫か?と、なんとも言えない表情のウィルがこれまたなんともいえない声で訪ねてきた。


「だ、大丈夫よ」


 最悪だと思うのは、このぼろぼろの姿を見せたことだろうか。


 ゼエゼエ言いながらボサボサになった髪の毛をまとめる。


「おまえって、怖い女だな」


 ウィルが唖然としてわたしを見る。


「はぁ?」


「改めて思ったよ……」


「な、怖い女って、この女の方でしょ!」


 ウィルはくすくす笑う。


 見たかった微笑みがすぐ近くにあって、やっぱりわたしは真っ赤になってしまった。


「わ、悪かったわね」


 恥ずかしい。


 こんなはずじゃなかったのに。


「かなりかっこいい」


 そんなわたしの頭をポンッとウィルは叩いて、はっとしたように顔をあげる。


「で、歌は……?」


「あ、メルが起きなくって……」


 言い訳みたいになってしまい、いたたまれない。勢い余って勝手に予定を変更してしまったのだ。


「ごめんなさい」


「まぁ、やっぱり人間の仕業だったみたいだからいいけど……」


 余裕が生まれ、ウィルの抱えている気を失った中年の男とわたしがさっきまで捕まっていた女に目がいく。


 そして声が出なくなる。


 私を掴んでいた人間。


 そして、麻痺して全身をガタガタと震わせている女は、なんとあの新巫女だったのだ。


「どうした? 早く戻るぞ」


 彼らを近くの木々に手際よく括り付けたウィルが動かないわたしに向かって声をかけてくる。


「放っておけ、そんな奴……」


「巫女よ……この人……」


 わたしの声は震えていた。


「新巫女よ……」


 わたしの言葉にウィルは溜息を付き、呆れたようにそういうことか、と呟いた。


「ウィル……?」


「村人達を呼びに行く。ラマ国の人たちに見せてやるよ。奇怪な事件の犯人と、その事実を……だろ?」


 不敵に笑って前を向くウィルは、やっぱりすごくかっこよかった。


「怖くなかった?」


「何が?」


「ここへひとりで連れてこられて……」


 ごめんね、と言葉が漏れる。


 わたしが言い出さなければウィルがこんな目にあうことはなかったのだ。


「助けてくれて助かった」


「えっ」


 顔をあげると目が合って、赤くなる。


「わ、わたしは何も……」


「怖いのに来てくれたんだろ」


 ありがとう。


 その声はとても優しい。


「あ、あの……」


「メルが歌い始めた」


 ウィルの一言に、耳を澄ます。


「これ……」


 あの、子守歌だ。


 そして、それはだんだんと近づいてきた。


「近くにいる」


「ああ」


 わたしの言葉にウィルも頷く。


 急ごう、というウィルの声とともに振り返った先に、いるはずがない人間の姿が見え、足を止める。


「どうして……」


「ローズさん! ウィルさん!」


 メルを抱いた京さんが走ってくる。


「ああ、良かった。皆が急に寝ちゃって……」


「京さん……起きてたの……?」


 ゾクッとする。


「ええ。みんなが寝てしまって、わたしはまたボーっとしたらしくて、気が付いたらメルちゃんを連れてここにいたの」


 言葉にならないわたしの表情を見てか、京さんはしゅんとする。


「わたし、やっぱり……変なのかしら……」


「いんや、そんなことはねぇ」


 後ろから、いつの間にか気配もなく現れたお婆さんが言った。


「昔のわしもそうじゃった」


(え? 誰?)


 一瞬、静まり返る。


(なんで……)


 驚きすぎて声が出ない。


 だって、このお婆さんは突然現れて、しかも体が透けていたから……


「き、きゃぁぁあああああ! ゆ、幽霊っ!」


 思わずウィルにしがみつく。


 腰が抜ける前に行動したことは褒めてほしい。


 ほ、本当に、こんなのは苦手なのよ!


「巫女様……」


 今にも泣き出しそうなわたしとは裏腹に、京さんが金切り声を上げたのはその時だった。

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