神々に贈る儀式
儀式が始まった時、ウィルは言われるがままのタイミングで棺桶の中に入り、それを前にした巫女様と呼ばれる顔を布で隠した女性が燃え上がる大きな炎を背にして何かを唱えているのを変装した京さんと集まるラマ国人に混ざって見ていた。
「ウィルさん、本当にきれいだったわね」
立会人として参列されられたわたしたちにも正装だと渡されたローブのような衣装のフードをしっかり被った京さんがしみじみ言う。
「元々顔はきれいだもんね。あの人、女性と偽ってもやっていけそうよね」
思わず吹き出してしまう。
腕の中で眠り続けているメルは遊び疲れたのか少し前から気持ちよさそうに眠っている。
ウィルが儀式へ向かったあとだったから、結局美しい彼の姿を見せてあげることはできなかった。
メルにも見せてあげたかったと思う。
ウィルは望まなかったと思うけど。
「本当、ごめんなさい」
「え?」
「ふたりには、本当に迷惑をかけてしまって……」
改めて頭を下げてくる京さんは儀式に赴くウィルの姿に思うことでもあったのだろうか。
「何言ってるの! ウィルは大丈夫よ。すっごく強いんだから!」
どこか不安な自分の心にも言い聞かせているようにしっかり前を見据えて言った。
「それにしても、巫女様って……ずいぶんお若いわね」
本当にそう思う。
巫女っていったら婆様をイメージするものだけど、今ウィルの入っている棺桶を前にしている巫女様はかなり若い。
アートのように化粧がしっかり施されているため、年齢はよくわからないけど、二十代くらいではないだろうか。
「ああ、あれは新巫女様よ」
「新巫女様……?」
「ええ。先々代の巫女様がお亡くなりになる直前も次の世代の巫女が魔の現れし十七年後に現れると予知なさったらしいの」
「魔の現れし?」
「ほら、言ったでしょ? 十七年前、奇怪にも新生児が次々と亡くなったって。それが『魔の現れし』と言われていてね、そして今年で十七年って時に前巫女様がお伏せになられて、それでそのお子であられる妃水様が新巫女様に選ばれたの」
「へぇ、じゃあ新人巫女様ってこと……」
新巫女なのに、いきなり人身御供を扱う儀式に挑んで大丈夫なのかしら?
失礼ながらそんな不安が脳裏をよぎる。
なにより、ウィルが危険に晒されようとしているのだ。気が気じゃない。
この国の人や京さんは『巫女様』という存在に深く心酔し、信じ切っているから何とも言えないけど、心配である。
そしてだんだん日は落ちていき、棺桶が山に運ばれて行くことになった。
棺桶を担ぐ男性達を見て胸が苦しくなる。
隣の京さんもガタガタ震え出す。
風が少し強くなり、炎が一際大きくなって不気味に揺れる。
残った者は、みんな静かに手を合わせる。
しきたりがわからず、周りの動作に合わせようと慌ててその様子を真似をした私。
そこで目を疑う光景を目の当たりにしてしまう。
その中でただひとり、新巫女様だけが薄ら笑みを見せたことを。
きっと誰も気付いていないと思う。
他の人は忠実に瞳を閉じて頭を下げていたのだから。
(な、なんなの?)
体の奥底からぞっとしてしまった。
そんな微笑みだった。
(京さんに恨みでもあるのかしら?)
誰もが嘆き悲しみ、涙を流す中、その表情を浮かべるのはおかしなことなのだ。
怖くて、加えてやるせない思いでいっぱいになったけど、想像すればするほど寒気は収まらなくなった。
(もし……)
鼓動の音がより一層大きくなる。
(もし、本当に恨みがあったのなら……)
あの人は誰よりも簡単に京さんの存在を消すことができる。
新巫女として人身御供に命じれば……
ウィルがいなくて不安になってしまうのか、勝手に余計なことをあれこれ考えてしまうのは良くないことだ。
すべてのことを深く結びつけてしまう。
ひとりでもんもんとこれ以上考えてもしょうがない。
気持ちを切り替えようと顔をあげる。
昼間までの晴れ晴れした天気が信じられないくらい空の色は濁っている。
まるでわたしの気持ちを現しているようだ。
不気味なほどどんよりと辺りは暗くなり、電気の少ないこの街の松明では今すぐにも闇に覆われてしまいそうだ。
今ではもう、ほとんど大きく燃え上がる炎しか見えなくなっていた。
やっぱりだんだん怖くなってくる。
(ウィル……)
今、ウィルの入った棺桶がどのあたりまで運ばれてどのあたりにたどり着いたのかは、わからない。
この深い山だからきっと奥まで歩いて行かないといけないのだろう。
それでももう、我慢できなかった。
気持ちよく眠っているメルには申し訳ないけど、そろそろこのあとの作戦準備に入っていきたいと思う。
まずは、
「京さん、今からあなたも、この国の人達も眠らせてもらうね」
彼女にしっかり説明しておかなければならない。
「え……どうやって?」
京さんがきょとんとする。
「どうやって、これだけの人数を……って、ま、まさか……作戦って……」
「メルに歌ってもらうの!」
再びわなわなと震え出す京さんの腕をしっかり掴んでわたしは言った。
不安そうな瞳が目に入る。
「メルは不思議な力を持っていて、歌うことで人を眠らせることができるの。だから……」
(大丈夫!)
そう言いたいのに、わたし自身も力強く言い切れないのが苦しい。
いつものようにメルと一緒に楽しく歌えばいい。
何も怖がることはない。
だけど、なんだかとても嫌な予感がした。
「メル……」
腕の中で気持ちよさそうに眠っているメルを起こそうとメルを呼び、揺さぶった。
「メル、起きて……」
あまりに気持ちよさそうで、気は引けるものの、そのままメルの名を呼び続ける。
「メル……」
メルは起きない。
「メル、メル……」
「ロ、ローズさん……?」
京さんが心配そうに覗き込んでくる。
寝起きのいいメルだけど、こちらの都合で起こすときは泣いてしまうこともあるから気をつけるようウィルから常々言われてきていた。
「メル……メル……」
その言葉を忘れたわけではない。
それでもわたしは一向に目覚めないメルを起こそうと躍起になっていた。
「メル……メル……お願い……お願い起きて!」
反応がなく、眠り続けるメル。
すやすやと寝息を立てて、とてもじゃないけど目覚める様子はない。
そして思い出す。
以前にも、こんなことがあったことを……
あの時は海水を浴びることでメルは元気を取り戻した。
けれど、今は海になんて行っている暇なんてない!
ウィルが危ないんだもん……
「きょ、京さん、メルをお願い!」
「え?」
「わ、わたしが追いかける」
ポカンとする京さんにメルを預け、わたしは暗い山に向かって駆けだした。
後ろでわたしの名を呼ぶ京さんの声がしたけど、気にすることができなかった。
一刻も早く、ウィルを入れた棺桶を運ぶ男性達の元へ行きたかった。
メルが目覚めないのなら、わたしが何とかしなくてはならない。
泣きたくなったけど、負けてられない。
全力で、山道を駆け上がる。
ただただ、あの微笑みが見たかった。




