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 次の日、気付いたら学校にも行かずにブラック・シー号の前に立っていた。


 いつもは遠くから眺めるだけだったのに、気付いたら足が勝手に浜辺に向かっていた。


 目の前で見るといつもと違った魅力がそこにあった。


 昔、パパが使っていたという船。


 もし昨日の夜、私が乗らないと言ったら明日には取り壊されてしまう、そんな船。


 夢のような話だったのに起きても語られたことは現実のお話で混乱しているはずなのにここへきたら不思議と冷静になれた。


「ローズっ!」


 後ろから私を呼ぶ声がした。


「レイ?」


 振り向かなくても誰だかわかる。


 この声を聞くだけで自然と頬が緩んだ。


「何してんのよ、もう授業は始まってんのよっ!」


 驚いた。


 どうしてレイがここに。


「来てくれたの?」


 彼女も『幽霊船』と呼ばれるこの船に恐怖心を持っているひとりで、今までは近づくことさえしなかったのだ。


 現に今もできるだけ近づきたくないという足取りである。そんな彼女が目の前にいた。


「朝からここでぼーっと船を見つめてるあんたの姿を見たって言ってた人がいたの!」


 気が立った様子のレイが言う。


「何考えてんのよ! こんな所で!」


「ねぇ、レイ……」


 胸が高鳴り、今にも破裂しそうになる。


「一緒に海に出ない?」


 ずっとそうしたかった。


 こんな小さな街の中で外の世界も見ずにずっと生きていくなんて、嫌だった。レイと一緒に、いろんな世界を見てみたかった。


「何、言ってんの?」


 レイの瞳が大きく見開かれる。


 呆れを通り越して軽蔑したように揺れたそれに私が映る。


 だけど、引くわけにはいかない。


「わ、私、あの船の鍵を手に入れたの」


 もう、夢で終わる世界ではないのだ。


 汗ばむ手でずっと握りしめていた鍵をレイに見せる。


「ほら、本物よ。今開けて見せるから……」


「や、やめて!」


 明るく船の戸口に向かって足を進めた私の背にレイの金切り声が響いた。


「もうやめて! ダーウィンの霊に取り憑かれちゃう!」


(え……)


「危ないわ!」


「だ、大丈夫よ、レイ。これ、知り合いの船だったみたいだから」


 さすがに父の物だったとは言えず、曖昧に笑ってみせたけど、それでも不安そうなレイを前に鍵を鍵穴に差し込んで見せると、キィィという音とともに簡単にドアは開いた。


「ほらね」


「い、嫌よ!」


 得意げに振り返った私に今まで見たことのないレイの表情が突き刺さった。


「絶対に嫌よ! そんなの! 私は行かない!」


「でっ、でもこれで海の向こうが見え……」


「それはあんただけでしょ! 私はそんな冒険、求めてないっ!」


 頭を何かでぶん殴られた気がした。


 心臓をぐっと圧をかけてつかまれた気がした。


 言葉にはならない感情がいっぱいになり、ぐらんとめまいがした。


 目の前にいるのは、本当にレイなのか。

 信じられなかった。


「で、でもこのままじゃ一生……一生この街で過ごすことになっちゃうんだよ?」


「ねぇ、あんたはこの街で王子様の迎えを待つんでしょ!」


「そ、それは……」


「どうかしてるわ」


 レイが後ずさりしたのがわかった。


 そのかわり、私の足は動かなくなる。


 じりっと音がする。


 少し、また少し、距離が開いた。


「行きたいなら一人で行けばいい!」


「レ、レイ……」


「私はこの街でいい。母さんのようにこの街で結婚して、子供を産んで、その成長を眺める。私はそれで満足なのよ!」


 呆然とする向こうでそんな声が聞こえた気がした。


 ぼんやりする視界の先でレイが踵を返し、私に背を向けて全力で走り去っていくのが見える。


 長いオレンジ色の髪が光に当たってきらきら光るのをわたしはただじっと見つめていた。

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