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目に見えない恐怖

 その日、わたし達は京さんのお宅にお邪魔することになった。


 京さんの両親はとても優しそうな人たちで、ふたりともわたし達が来たことに涙を流して喜んでくれた。


 そして、京さんが与えられたという衣装はすごく可愛いものでわたしを興奮させた。


 昔、絵の中で見た天女様と呼ばれる存在みたいなもので、ひらひらとした赤と白の布で作られていて、胸元には丁寧な刺繍とビーズが施されていた。


 見る角度によってはキラキラと輝いてとても美しい。 


「お姫様みたいね」


 わたしはそれを自分に合わせて全身鏡の前でくるっと回ってみる。


 他人事だからと軽く思っているわけでもない。


 だけどあまりに素敵でついつい見惚れてしまった。


「ね? ローズさんの憧れる王子様ってどんな人なの? ウィルさんよりもかっこいいの?」


 京さんは興味津々にわたしに近づいてくる。


「あ……」


 今ここではやめてほしいと切に願う質問が飛んできて面食らう。


 思わず隣のウィルを確認したくなる。


 ウィルはまた言ってるよ、といった表情になり、気にする様子もなく自分の膝で眠るメルに目を向けた。


「あ、いや、実は見たことないの。王子様っていうのは、物語が大好きだったわたしの子どもの頃からの憧れの存在だったというか……」


 顔が熱くなってくる。


 だけど、今は変わりました……なぁんて言えるはずがない。


 本人もすぐそこにいるのだ。


 大告白である。


「ローズさんはかなりの美人だから、王子様でも心を射止められそうだけどな」


 京さんは夢見がちにうっとりする。


「いいなぁ~、ねぇウィルさんも思わない?」


「思わない」


 きっぱり言い放って、ウィルはメルを抱き上げる。


「王族なんて、美しいなのは表面だけで、汚く冷たい所だ。平気で人を裏切れるし、犠牲にもできる。あいつらのせいで、どれだけの人間が苦しい思いをしてきたか……中央で暮らしてきて奴らの暮らしを目の当たりにしてきた俺はあんな所、わざわざ羨ましいとも思わないよ」


 ウィルの過去は知らない。


 だけど過去に何か王族に対して許せない事情でもあったのだろうか、こんなに感情を顕にして答えたウィルは初めて見た。


 その剣幕はものすごく、わたしも京さんも言葉を失う。


「俺はメルを寝かせに行ってくるよ」


 気を使ったのか、そう言うなりウィルは京さんの部屋から出ていった。


 わたし達はその姿をただ見つめていた。


「怒らせちゃったのかな」


 京さんが辛そうにしゅんとする。


「あ、いつものことよ、京さん。わたしがいつも現実逃避して王子様のことばっかりしつこく言うからいい加減うんざりなのよ。それに、もう叶うとなんて、思ってないのに」


 少し悲しくなる。


 また、怒らせちゃったみたいだ。


「妬いてるのね?」


「へ?」


(やく?)


「ウィルさん、ローズさんが自分のことよりも王子様のことばっかり言うから……」


 京さんがくすくす笑って頭が真っ白になる。


「な、ちが……うぅ……」


 そうだといいのに、と消え入りそうな声でポロリと本音が漏れてしまう。


 だけどあのウィルに限ってそんなことはないってわかってる。


 なのに赤くなってしまうわたし。


「あら、ローズさん、まさか……?」


「なっ、ち……ちがっ、ちが……わない」


 動揺するわたしを見て、京さんはくすくす笑う。


 一目瞭然だろう。


 白状するしかない。


「ウィルには全く通じていないんだけどね」


 わたし自身もつい先日気づいたばかりだ。


「あああああっ……」


 口にしてみると改めて恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。


 そういえば、こうして誰かに自分が恋をしたというお話をしたことがなかった。


 もちろん、レイにも。


「やだもう! わたしまで照れちゃうわ。素敵だわぁ♡」


 両手で顔を覆うわたしを見て、京さんはクスクス笑った。


 笑って……いた、はずだった。


 だけど、


「来ている……」


「え?」


 その笑みはすぐに消えていた。


「来ているわ。今……」


「きょ、京さん?」


 くぐもった声が静かに響く。


 瞳は虚ろでぼーっとしていて、またあの昼間の状態だ。


「来ているわ、今……あの山に……」


「な、何が……」


 身の毛がよだつとはこのことだろう。


 震え上がる。


 目の前にいる人は京さんじゃないみたい。


「きょ、京さん……」


 何が来ているっていうのだろうか。


 彼女は一体、何を見ているのだろうか。


「ヤツはこの十七年間ずっと……この時を待っていた……そして……ついに……もうすぐ……」


 自分の心臓の音が聞こえる。


 徐々に音が大きくなっていく。


「この日は来る。新しい……この日が……」


 目をカッと見開いて京さんは倒れた。


「京さん? 京さん?」


(うそ……)


 衝撃的な出来事だった。


 恐怖どころの話ではない。


 こういう話を受け付けられないわたしは情けなくもガタガタ震えて動けなくなってしまった。


 ただただ泣きそうな声で彼女を呼び続けた。

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