祭りと目覚めた想い
メルが目覚めてから、お城の中を見物をさせてもらったり、街に連れて行ってもらったりしたけど、ウィルは昼過ぎまで姿を現さなかった。
「マァマァー! あれなぁに?」
「え、なにかしら?」
だからわたしたちはウィルが不在なままでお祭りに参加をすることとなった。
わたしはママが着ていたらしい衣装を着せてもらえることになった。
前回の袴同様、真紅の薔薇が彩られているのだけど、花びらの部分が金色で縁取られていてとても美しい。
衣装にあったメイクも施してもらい、鏡に写ったわたしはまるで別人のようだった。
そして向かったお祭りもあっと息を呑むほど素晴らしいものだった。
まずはタルロットさんの石碑の前で王族から順に花を添え、黙祷を捧げた。
そのあとはうっとりしてしまうくらい色とりどりの巫女衣装を纏った人たちが祈りを捧げ、踊り始めた。
まるでぱっと大輪の花が咲き誇ったようで、その美しさは言葉で表しきれないものだった。
その他にも音楽(民謡?)に合わせて街の人たちが踊り出したり、あちこちの道には屋台と呼ばれるお店がずらりと並んでいて、いろいろな珍しい物が売っているそこで、買い物をする人の姿も見て取れた。
わたしもメルも屋台で『林檎飴』と書かれた、串刺したリンゴをキャンディーでコーティングされたお菓子を購入した。
「キラキラしていてきれいねぇ」
(どうやって食べるのかしら?)
初めてだったから、メルも凄く喜んでたし、わたしもとっても嬉しかった。
「マァマ~、メル、あのふわふわしたのもたべたぁ~い!」
「え……? 『綿菓子』……? 何て読むのかしら?」
この国の文字は暗号のような文字ばかりで、話すことはできても読むことができない。
「わたがし」
後ろからウィルがひょっこり顔を出す。
「わた……えっ!!」
わたしたち同様にこの国の衣装(和装?)に身を包んだウィルの姿があまりに眩しくて思わず声を失うわたしがいた。
(か、かっこいい……)
ウィルの容姿が抜群に整っていることは今更なのだけど、新鮮ではあるもののその姿もかなり似合っていて頬が自然と緩んでしまう。
「ん? なんだよ?」
「えっ、い、いえ……」
ついつい見惚れてしまっただなんて、口が裂けても言えない。
「おいてくなよ」
拗ねた口調でわたしから『林檎飴』を奪っていく。あくまでウィルは通常運転だ。
「没収!」
「ウ、ウィル……」
「ふたりしてこんな美味しそうなもんを先に食べてるなんてさ~」
食べかけの『林檎飴』にそっと唇を寄せるウィルに胸がどくんと音を立てる。
「かたっ……」
ああ、これ全部飴なのか……と何気なしにかざして見せるその姿に、たったそれだけだというのに、体中が驚くほど熱くなるのを感じた。
「ちょっ、それ……」
(わたしの食べかけ……)
「ん?」
「……な、なんでもないわよ」
まったくもって意識されていない相手に何と言えばよいのやら。脱力してしまう。
「パァパ~、メュのあげゆのにぃ~」
メルがぷーっと膨れる。
「メュ、あっちのふわふわがいい~!」
「それならまだアメを食べたそうなローズママに任せて買っておいでよ」
メルの手から飴を受け取り、ウィルは背後に向かって声をかける。
「お願いできますか?」
「もちろんです」
え?と振り返ったときにはすでにぞろぞろと現れた何人かの兵士に囲まれていて、ウィルからお金を受け取り、『綿菓子』と書かれる屋台に向かって嬉しそうに駆けていくメルのあとを彼らもすかさず追いかけていく。
(なんという絵面だろうか……)
それを優しく見つめるウィル。
「あーあ、ウィルってば、いつもいつもメルに甘いわよ~」
メルの飴を引ったくって言ってやると、ウィルはメルから視線を外すことなく、静かに口を開いた。
「父親は娘に甘いもんだ」
(あ……)
声が出なかった。
ウィルがこの時を待っていたかのように続ける。
「父さん、かっこいい人だったな」
「ウ、ウィル……あ、あの……」
「今朝、会ったんだ。ブラック・シー号の前で。どれほど妻のシャヤさんに会いたかったか、どれほど生まれたばかりの娘が愛おしかったか、全て話してくれたよ」
「………」
俯いてしまう。
「それに、いきなり娘について現れた男の存在も気になったってさ」
「………」
ウィルは相変わらずメルを目で追いながら、やわらかく微笑む。
そして、震えるわたしの手を握る。
「だから泣かなくていいんだよ」
それでもわたしは泣いていた。
つらかったからなのか、ウィルの言葉を聞いて嬉しかったからなのか、わからない。
だけど、涙は止まらなかった。
「妻と娘の幸せを誰よりも願っている、本当に素敵な人だったよ」
「………っ」
「子を想わない親はいないよ」
「……っ、うぃるっ」
力の限りウィルの手を握り返して、振り絞るように言った。
「ありがと……」
ウィルは驚いたようにわたしを見たけど、すぐにニッコリした。
「何言ってんだよ。俺がおまえの名前を呼ぶ前に、あの人は気付いてたと思うけど……」
「ち、違う……」
今はまだ明るいから、顔が赤らんでいるのがばれてしまうけど、もう構わない。
これだけはウィルに言いたかった。
「い、いつも助けてくれて……わ、わたし、ウィルがいてくれてなかったら、ここまで来れなかった……」
世界を知ることもできなかったし、父のことも、恨んだままだった。
なによりここにたどり着くこともできなかった。
「ありがとう」
心からそう思う。
真っ赤になったわたしはもう俯くことしかできない。
重なる指先にも熱がこもる。
「いや、そっくりそのまま返すよ。さ、行くぞ。メルがでかいのを買ったみてぇだ!」
胸がドキドキしていた。
涙を拭いて、ウィルに引かれて大きな袋を抱えたメルの所へ向かう。
鼓動は大きく高鳴っていた。
三人で綿菓子を食べた時、その甘さに胸がきゅんとなった。
涙はもう出なかったけど、ウィルに握られてた右手は離した今も、まだ熱かった。
それからは、おかしなくらいにウィルを見るたび動揺して赤くなりっぱなしだった。
先程までずっと泣いていたというのに我ながら忙しいものだ。
漆黒の夜空に鮮やかな花火が打ち上げられる中、ずっとウィルにばかり自然に目がいく自分に気付く。
「大丈夫か?」
そう問われるたびに、飛び上がる。
全然、大丈夫じゃない。
火照る頬をとっさに隠す。
変なやつだと思われたに違いない。
「きれいだなぁ」
メルとはしゃぐその横顔に、胸がまたきゅっとなった。
(わかっては、いたのよ……)
認めたくなかっただけで。
「おい、ローズ! よそ見してないでしっかり堪能しろよ」
「し、してるわよ!」
人の気も知らないで笑うこの人に、また、泣きそうになる。
さきほどとは違う感情がわたしの中でぐるぐる回る。
いつからだろう。
(いつからわたしは、この人のことを……)
いつの間にか、すっかり王子様よりも隣りにいてくれる存在の方が大きくなっていたことに、気が付いた。
(バカよね)
本気でそう思う。
今更……今更気付くなんて……
(バカよ)
本当に、わたしはバカ。
大きく咲き誇って散っていく花火の数々はとても美しい。
かつて、ここで恋に落ちたお姫様がいた。
彼女も、こんな気持ちだったのかしら?
遠い過去の世界に想いを馳せる。
花火が上がるたびに歓声と拍手があふれる。
静かな夜に大輪の花が咲く。
十八年前のタルロットさん、母を守ってくれて、ありがとうございました。




