十七年前の真実
目が覚めた時、見たことのない部屋だったけど、多分ここはウィルの部屋なんだろうなと思った。
ウィルも近くで寝ているのかと身を起こしたものの当人の姿はこの部屋にはなく、その変わりにドアの前に立っていた人物に気づく。
「お、王妃様……」
「ウィル様が心配していましたよ」
近づいてくる王妃は私を強く抱きしめた。
「さぁ、そんな顔しないで」
いまだ停止している脳内がゆっくり動き始める。
「ウ、ウィルから何か……聞きました?」
「いいえ。ウィル様はただ、わたくしにあなたを見てやって欲しいと」
王妃はニッコリする。
ずいぶん泣いたためか、その瞳に映ったわたしの顔はひどいものだ。
「彼は利口で、本当に優しい子ね」
「はい」
その言葉に自然と頬が緩む。
本当に、助かったと思ってる。
「いつも、感謝しています」
今回のことだけじゃなく、この旅の全て……あの人がいなかったら、ここまでやってはこれなかったはずだ。
いつもは口が悪くて意地悪だけど、本当は優しくて、ウィルはいつもどこかでわたしを励ましてくれていた。
本当に、感謝している……
どうして彼がわたしと一緒に旅に出てくれているかわからない。
だけど、いつの間にかそばにいてくれることが当たり前になっていて、本当に……
「薔薇の別名、何かご存知かしら?」
「え?」
突然の問いに我に返る。
「い、いえ……」
雰囲気がなんとなくママを思わせる初めて見たお花だ。
強く首を振る。
「ふふ。遠い国からいらしたら普通はそうよね。それでも彼は知っていたのよ」
「え?」
「このお花はね、娘が将来自分の子供に絶対付けたいと言っていた名前なのよ」
王妃は微笑み、ウィルの博識ぶりには相変わらず驚かされる。
(何だろう……?)
ママのつけたかった名前。
「ローズ」
「え?」
「あなたのお母様もきっとこのお花が好きだったのでしょうね? 娘と同じように」
(マ、ママ……)
俯いて笑う王妃様を見て、思わずあっと声をあげていた。
(ママ……)
口元を抑えたけど、心の声が聞こえてしまいそうだ。
『ローズ、ねぇ、ローズったら』
明るく笑う、あの笑顔が脳裏に蘇る。
耳をすませば、わたしの名を呼ぶあの声が聞こえてくる。
(ママ……)
「あ、あなたの……」
わたしが海に出た意味は、ここにもあったのかもしれない。
「あなたの娘さんは生きています!」
言葉にして、そう確信した。
だって、これはわたしにしか言えない言葉なのだから。
「え……」
わたしの言葉に頭を上げた王妃は目を丸くしたけど、すぐに悲しそうに首を横に振った。
「わ、わたしの母も、の、呪いにかかっていました。でも、父によって解かれて、今はもう何ともありません!」
「それでもね……」
「シャヤと言います」
王妃をしっかり見て言った。
「わたしの、わたしの母も、シャヤって言います!」
王妃は目を見開き、そして口元を手で覆い、震えだした。
「ま、まさか……」
「ここからかなり離れたジェクラムアスという国に、住んでいます。今でも、ち……パパのことが大好きで、いつも楽しそうに笑っているわたしの憧れの人です」
いつの間にか、『パパ』という言葉を発することに抵抗がなくなっていた。
「で、では、む、娘は……シャヤは……」
王妃の目から涙が零れ落ちる。
「ええ、とっても元気にしています」
「で、でも……呪いを解くという……あの石というのはこの国にはなくて……」
「それを探しに出たっきり、父は帰ってきませんでした。ですが、昨夜、あの、石碑の……石碑の前で……」
言葉にしたらまた震えてしまうわたしの手を王妃は優しく握ってくれた。
「ああ、そうですわね」
包まれるように優しい声だった。
「あなたのお父上のショーン様と、タルロット様は本当、仲がよろしかったから……」
「タル……ロット……」
見たことがある。
ウィルの……部屋に書かれていた名前……
「タルロット……」
そういえば、父は親友だと言っていた。
そしてこの前、カルロベルラ国で出会った謎の男性も、タルロットって人は亡くなったって……
「そ、その人が……母を庇って……?」
王妃は目を閉じ、静かに頷いた。
「そ、そんな……」
動揺が隠せない。
そして、ふと思う。
だから昨日、あの場にウィルが現れたのだと。
きっと、誰かにそのことを聞いて……
だから来てくれたのだ
(ウィル……)
いつもそうやって調べ回って影で支えてくれて……そんなウィルがいてくれたから、わたしはここまでやってこられたんだ……
ウィルの顔を思い浮かべたら、また涙が出た。だけどもう、悲しくはなかった。