海賊に攫われた姫君
薄紅色の花びらがひらりと舞う。
それは神秘的で、まるで妖精が踊っているみたい。
馬車から降りたときは淡い色の世界の上に足を踏み入れた気持ちになった。
優しい鈴の音が風に乗って耳に届く。
自国のお城だって本物を見たことはないけど、木造で作られたお城は初めて見るデザインで、あまりの壮大さに思わず目を見張った。
お城に着いてすぐ、国王陛下とその王妃に謁見することとなった。
見たこともない門をくぐり、長い廊下を歩いた先に彼らはいた。
国王陛下は、頭に冠ではなく、自身の長い髪を結い上げていて、王妃は驚くほど長い髪を背中に垂らしていた。
ふたりともとても華やかで色鮮やかな何重にも重なった袴を着ている。
いろんなことが起こりすぎてすっかり忘れていたけど、父の部屋で見つけたあのチラシに映るママの姿と思い出させた。
(あっ……)
わたしの姿を見るなり王妃ははっとして瞳を潤ませたけど、すぐにぐっとこらえるようにして口を開いた。
「お二方は、旅のお方なのですか?」
「え……」
驚いた。
てっきりまた間違えられるのだと思っていたから。
「ごめんなさいね」
王妃は瞳にいっぱい涙を溜めて、無理に微笑んだ。
「あなたが、あまりにも……あまりにも……」
嗚咽が漏れる。
もう彼女の涙は止まらなかった。
そんな王妃をしっかり抱え、今度は国王陛下が口を開いた。
「君が我が娘によく似ておるのだ」
とても寂しそうで、何も言えない。
嗚咽を漏らす王妃の姿に胸が痛む。
「十七年前に、海賊に浚われたのだがね」
殿もそう言って、目頭を押さえる。
「か、海賊……さ、浚われた……」
頭をがつんと殴られた気がした。
「真っ黒な船だった。三人組でな。大きな月が満ちた日、彼らはやってきた」
「………」
「君らの船を見て、君が降りてきた時……てっきり……てっきり……娘が戻ってきてくれたのかと思ってしまった」
寂しそうに笑う国王陛下を見て倒れそうになる。
繋がれた手に力が隠ったのがわかった。
だけど、わたしはその手を振り払って勢いよく立ち上がっていた。
あまりの勢いに、近くで待機していた兵士達が構えた程だった。
「ど、どうして……さ、攫われたの?」
涙声になりながら叫んでいた。
それには外で散っている花びらを見て喜んでいたメルも振り返ったほどだった。
「どうして? どうし……」
「ローズ……」
わなわな震えているわたしに、落ち着け、と首を振るウィルを見て、歯を食いしばって座り直す。
「ご、ごめんなさい……」
「王子になって入り込んでいたんだよ」
わたしの怒りを見て、驚きながらも国王陛下は続けた。彼らの大切な愛娘と、それらを攫った海賊のお話を。
身震いする。
どうしてわたしが、こんな気持ちにならなきゃいけないのだろうか。体中が熱くなり、頭の中の何かが切れそうだった。
またウィルがわたしの手を握る。
今度は離さないと言わんばかりにとても強く。振り払っても払えそうにないだろう。
「ウィルと申します」
ウィルは、ふたりをしっかり見据えて口を開いた。
「こっちがローズであの子がメル。我々は探しているものがあり、それでこの国にも来たんです」
切なそうに告げるウィル。
よくもまぁここまで口がペラペラと回るものだわと感心してしまう。
憂いを帯びた表情は演技なのか本気なのか真意が読めない。
「そうでしたか。それはお疲れになったでしょう。すぐこの城の部屋を用意させますわ」
涙を拭いて、王妃は穏やかに微笑んだ。
(ああ……)
こうやって、彼らは心優しく海賊たちをも受け入れたのだろう。それが仇となった。
迎え入れてもらったこの暖かな空間に涙が出そうになった。