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双子の王子様の物語

 ある朝目覚めると、異様に身体がだるくて熱くて起きあがることができなかった。


 最近はすっかり良いお天気が続くけど、数日続いた嵐の日々に毎日ビクビクしていたわたしは情けなくもついにダウンしてしまったらしい。


「さて、顔も真っ赤だし、今日は一日寝てた方がいいと思うよ」


 ウィル特製の温かいスープを飲んで、再び横になったところだった。


「あ、ありがとう。メルは……」


「大丈夫。今日は大人しく絵を描いて遊んでくれると思うから」


「そ……う……」


 情けなくも横になっている姿を見られているせいか(まぁ何度も見られてるけど)そわそわしてしまって毛布を鼻まで被る。


 朦朧とする意識の中でも羞恥心はある。


「バカは風邪をひかないってのは嘘かな?」


 ウィルは人のベッドに腰掛けてニッと笑う。


「な、バカって! って、何勝手に座ってるのよ!」


 体温がさらに上昇するからやめてほしい。


「なら早く寝ろって。俺はこのあともメルの遊び係りもあるから多忙なんだよ」


 全く意識することなく接してくるウィル。


 どうせ変に意識して、赤面してるのはわたしだけなんだろうけど、どこまで異性の人間として思われていないのだろうか。疑問である。


「な、ならいいわよ。わたしは……」


 言いかけてぐったり。


 息苦しくて急に力が入らなくなる。


(………)


 そしてなんとなく心細くなってくる。


 病気にかかるといつもこうだ。


「何かいる?」


 心配そうにウィルはわたしの額に手を当てる。ひんやりして気持ちいい。


「お話が聞きたい」


「は?」


「は~な~し~」


 頭がぼんやりとして、自分でも何を言っているかわからなくなってしまう。


「メルにいっつもしているやつ……。『双子の王子様』の……」


「や、やだよ」


「なんでぇ……わたしも聞きたい……」


 節々は痛いし、だるい。


 眠るというより、気持ち悪い……


「わたしにはお話をしてくれる父親がいなかったでしょ。だからメルが羨ましい」


 いたずらに笑って口角を上げてみたつもりだったんだけど、ウィルの表情からして、ずいぶん弱々しく見えたのだろう。


 ったく、とウィルが肩をすくめた。


「大昔の話……昔々、ウィル王子とリミー王子がいたんだ。城に……」


 突然物語を語りだすその様子はあまりにもぶっきらぼうで、淡々と並べられた片言に笑ってしまいそうになった。


 だからメルの話してくれたお話も片言ばかりで意味がわからなかったのだと気付く。


「ふふ」


「なんだよ」


「ううん。やっぱりウィル王子が登場するんだなぁと思って」


「この話が聞きたかったんじゃないのか」


 我慢できずに吹き出してしまう。


「普通自分を主役にする?」


「笑うならここでやめるぞ」


「い、いえ、お願いします」


 今日はこうして誰かがそばにいてくれることが嬉しい。


「でも、リミー王子って、何からの由来……?」


 素朴な質問に唖然とするウィル。


「ん?」


「ん? っておまえ、自分の好きだと公言していた相手の名も知らないのか?」


 頭の中で無限の空間が広がる。


 ま、まぁ病気だしね。


 そして思う……


「ま、まさか……」


「そうだよ。ジェクラムアスの王子の名前」


「……」


(そ、そんな……)


 知らなかった。


 精神的に重度のショックを受けているわたしを無視して、ウィルは続ける。


「で、ウィル王子ってのは、メル姫に一番ウケがよかったんだ」


「それで双子……」


「そ! 初めはそんな設定なかったから」


「……で、メルの方は完結したの?」


「したよ。今、パート2だし」


 さらりとウィルは言う。


「ぱぁとつぅ~?」


 メルのお気に入りのお話なのだろう。


 驚きの事実にまた笑ってしまう。


「誰かさんのせいで厄介なくらいメルは王子様が大好きなんだよ」


 ウィルは溜息混じりに苦笑を漏らす。


「ローズママとライバルになる気だな」


 何気なく言ったのだろうけど、その言葉に少しだけ泣きたくなった。


「わたしって、子どもなんだろうね」


「え?」


「レイもね、昔は王子様に憧れてたのよ」


 同じようにはしゃいで、頬を染めていた。


 ある時までは。 


「でもね、今は違うの。大人になっちゃったの。夢だけを追うことを、しなくなったの」


 自分に言い聞かせているみたいに言葉を並べる。言葉が頭の中でぐるぐる回っている。


 それでもウィルは黙って聞いてくれているから話やすかった。


「だから、小さいうちはできるだけそうやって夢をみてた方がいいと思ったのよ……」


 胸が苦しくなった。


「小さいうち……って、おまえは?」


 ウィルの言葉が痛い。


「もう、大人よね。わたしも。だから……」


 わかってる。


 本当は、もう知っているのだ。


「希望は、諦めない限りゼロじゃない」


 ウィルの声が優しくなる。


「でも、諦めた瞬間に可能性は消える」


「だ、だけど……」


「大人が夢を追えなくなるのは、現実に流されて叶わないものだと気付いたのか、それとも他に夢ができたのか、人それぞれだ。でも、俺は理想の姿を追うことに大人か子供かなんて関係ないと思ってる」


 慰めてくれているのだろうけど、難しい。


 同じ言葉が脳内で反復する。


「現におまえはありえないと思っていた海へ出るという夢は叶ったんだろ?」


 困惑するわたしにそう付け加えてニッコリする。


「まぁ、王子の問題は相手の好みも関係してくるだろうけど」


「なっ!」


 いいお話を聞かせてくれたようでいきなり地に叩きつけてくれるから、やっぱり安定のウィルだ。アメとムチの効果が大きい。


 何度も何度も、ウィルの言葉が頭の中を回っていた。


 それから、気が付いたら眠りに落ちていた。


 遠のく意識の中で、おやすみ、という声が聞こえた気がした。

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