地図にない世界
「知ってるか? 人は昔、地図の端っこ、この地の果ては滝になっていて、そこにたどり着いて生きて帰れた人間はいないと思ってたらしい」
穏やかな朝のひととき。
外は嵐のような天候の中、わたし達はのんびり朝ご飯を食べていた。
いや、状況は穏やかではない。
「い、今話すべき話題ではないと思うけど」
船は右へ左へ大きく揺れ、今にも真っ逆様になってしましそうな恐怖さえ感じられる外の様子は見ないように決めている。
不思議と酔いはないけど、この上なく怖い。
そんな中でのこの話題だ。
(どれだけデリカシーがないのよ!)
「不吉だからやめて」
今までも少々の雨や波はあったけど、ここまでひどくなることはなかった。
「というか、今、すでにその端の地点にいるんでしょ?」
現在地を表す点滅は、すでに大きな地図の端の方まで来ていた。
「地図の端と端は繋がっているんじゃないの?」
点滅があの世へのカウントダウンに思えて気が気じゃない。
メルは揺れる船内でキャーキャー喜んでいるし、ウィルはその様子に余裕の笑みを浮かべているけど、わたしはもう生きている心地がしなかった。
平静を装ってフルーツの香りがするお茶に口をつけたけど、味がわからない。
手に入れたときはとても心躍ったものなのに。
今日が人生最後の日とさえ思えた。
それくらい本当に物凄い悪天候だった。
「なんでそう落ち着いていられるかな……」
「大丈夫だよ。それは昔の人の考えであって、今はローズのいった通り、地図の端と端は繋がってるはずだよ。実際に通った人間の文献もいくつか残っているから」
「は、はずって……」
平然とそう言って、ウィルはパンに具材を詰めている。
わたしは何度も手からこぼれ落ちた具材を拾い集めているというのに。
「ほ、本当に繋がってるの?」
この状況じゃ全く信じられない。
「それならこの史上初の滝からの脱出者気分でこの先を目指すか?」
「な……」
くすくす笑うウィルを見て、頭がクラクラする。
(う、嘘でしょ~! 勘弁してよぉ~)
「だから平気だって」
「どうしてそう言い切れるのよ!」
声が震えてしまう。
「大丈夫だって」
「で、でも、こんなに海とか荒れちゃてたりすると、そうかもしれないじゃない!」
本当、そう思う。
「そ、空だって、ずっと夜みたいに真っ暗だし……」
生きてる心地すらなくなってきた。
「おまえ、東洋人の血が混じってるだろ?」
「へ?」
いきなりなんなのだ。
「髪色とか顔立ちとか」
確かに、自分でもそうかなぁ~とは思ってたけど、それが今、どう関係しているのだろうか。
「もしそうなら、おまえの先祖の誰かはここを一度通ったはずだと思うけど?」
「こっちの道を通ってないかもしれないわ」
「あー、まぁ確かに」
(ああーーーーっ、もぅ! 否定してよ!)
「おーい、メル!」
わたしのことなんてお構い無しで、食事の終わったウィルは立ち上がり、メルを呼ぶ。
「入口までならデッキに連れてってやるぞー!」
「はっ? 正気なの?」
今このタイミングで外へ出る気なの?
叫びかけたけど、声にならない。
そして、ウィルの部屋にいるであろうメルの反応はない。
さきほどまで外に出たいと騒いではウィルから却下!!と言われ続けてすねて隠れてしまったのだ。
「また寝ちゃったのかも」
ウィルが溜息混じりに頷き、ああ、と顔を上げる。
本当にこの頃のメルはよく眠るのだ。
「どうしたんだろうね?」
「ああ、本当に最近よく寝るよな。夜もずっと騒ぐやつが気づいたらすぐだよ」
「そっか。今日もお話できないか……」
クスクス笑ってやると、ウィルは顔をしかめる。
「し、しつこいぞ!」
してやったりな気持ちになって気分がいい。
その時、ウィルの部屋から眠そうなメルがポテポテやってくる。
「メル、眠いのか?」
「パパァ〜おそといくのぉ〜?」
「デッキに連れていってくれるって」
どう考えてもこのタイミングではないでしょと思いつつもウィルをチラ見する。
「ちょっとだけだぞ」
やったぁ!と飛び跳ねるメル。
「落ちないようにね」
流石にこの嵐だ。
こんな状況で海になんて飲み込まれたらこの前のように助かることはまずないだろう。
ウィルもそのあたりはわかっているはずだし、わたしは目の前の食器を片付けることに専念した。




