儚き恋の物語
「幼なじみだって」
「へ?」
鎧を脱ぎながら素っ気なく言うウィルに間抜けな声が出た。
あれからウィルは誰もが彼に対して戦意を失ったということで勝利という名誉ある勲章を手に入れた。
当の本人は今まで見たことがないくらい大はしゃぎで満面の笑みを浮かべてみんなの前で拳を高々上げてみせたほどだった。
一瞬の間を置き、会場も大歓声に包まれて、目覚めたばかりのメルもなんのことかはわかってなかったはずなのに大喜びで飛び跳ねていた。
その後、やっとのことでわたしとメルは解放され、案内された広間でようやく念願の再会を果すことが叶った。
聞きたいことは山ほどあったけど、まずはさっきの王と交わされていた会話について、何を話していたのかと問いただしていた。
「お、幼なじ……み……? スズと、王……が?」
予想もしていなかった展開だ。
「王の一目惚れだったらしいよ。幼い頃に街で見かけたスズさんに心を奪われて、それからは身分を隠して街へ出ては街人のふりをしてスズさんに会いに行っていたらしい」
「へ、へぇ……」
未だに頭がうまく回らない。
(王子と街娘の恋ってこと?)
そんなことってあるものなのか。
物語の中のお話のようだ。
「後悔してる?」
「後悔?」
ウィルが肩をすくめる。
何に?とはやぼなことは聞かない。
「ううん。ただ、びっくりして……。それにしてもウィル、あなたの強さは一体なんなの」
ずっと聞きたかったことだ。
あの人間離れした動きは何なのだろうか。
今までずっと、聞くに聞けなかった。
だけど、今は違う。
「どうして……」
「死ぬほど練習したから」
今なら聞ける。そんな気がした。
「俺は、呪われてるからさ」
「えっ?」
(の、のろ……)
「なぁんて。俺の師匠は人当たり良さそうな顔して鬼だったからさ。よく剣ひとつ持って野生の獣がいる谷へ放り出されたもんだよ」
「ええ?」
「いや、そんなことされてたら今は生きてないか」
唖然とするわたしを前にウィルはひとり楽しそうにクスクス笑う。
「ちょっ! 信じたじゃない! 本当は……」
「てか、なんでメルは起きねぇんだ?」
「うっ」
これ以上は答える気がないらしい。
いつもいいところで話をすり替えられることに苛立ちを覚えつつも彼の言うことに同意だったため、話を切り上げ、彼の腕の中で眠り続けるメルの様子を伺うように眺めた。
ウィルと再会する少し前に、メルはまた眠そうに瞳をしぱしぱさせていた。
だからウィルが上機嫌で室内に入って来たときにはすでに夢の中にいて彼をひどく落胆させていた。
この時はただ疲れているのだろうと思っていた。
そんな時だ。
部屋の戸が開き、何人もの部下を率いてひとりの男性が入ってきた。
(あ……)
多分この人が王なのだろう。
ずいぶん綺羅びやかな衣装に身を包み、切れ長で淡い青色の瞳に銀の髪色を持つその男性の後ろにスズがついていた。
「先刻はこのスズを助けていただいて、誠に感謝しております」
スズはウィルに頭をさげた。
「スズ、大丈夫なの?」
ウィルより先に乗り出してしまう。
スズは少し赤く頬を染め、こくっと頷く。
「で? 王様、想いは伝わったんですか?」
楽しそうに瞳を細めるウィルを見て、スズはもっと真っ赤になり、そして王は微笑んだ。
「え?」
思わずわたしは両者を見比べる。
(そういえば……)
先ほどのウィルの話を思い出す。
(えええええええええー!)
今度はわたしまで燃えるように真っ赤になったのだと思う。
なんて、なんて素敵なことかしら。
「お、おめでとうございます!」
「いや、スズには振られたところだよ」
「は?」
(ふ、ふられたって……)
そんなあっさりと。
いきなり天から地へ叩き落された気分だったけど、王はなんだか嬉しそうに見えた。
「自分の意見のない男性と今後をともにするくらいなら一生ひとりの生活を選ぶと」
「え、えええ!」
(スズったら……)
王相手になんてことを。
誰を相手にしても最初に会ったときの印象のまんまで驚かされる。
「だから、わたしは変わらねばなりません」
ね?と笑いかける王に知らない!という様子で赤らんだ顔を反らせるスズ。
(ああ……)
なんとなく察しがついて頬が緩む。
見ている方がくすぐったくなってくる。