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新王になる男

「いいわね」


 ボソッと隣の女性がそう漏らした。


 女性、というより同じ年頃の女の子。


 長くて赤い髪を後ろに束ねたその子も妃候補なのか、今まで気づいていなかったのが不思議なくらい目を奪われるほど可愛かった。


「この国の男は、みんな女子おんなこども人間とは思っていないのに……」


 目があってギロリと睨まれた。


「え……」


 そういえば、そうだ。


 この国に入った時、女子どもはどうだこうだと散々言われたんだった。


 まったくもって人として扱われていなかった。


「この国では、男が強すぎるから、女は世継ぎを作る道具としか思われてないのよ」


「そ、そんな……」


 衝撃的な一言だった。


「だからこの国の女達はきっと、初めてあなたたち見た時は羨ましさを通り越して、妬ましく思ったはずよ」


 その子の寂しそうな横顔を見て、最初に感じた視線は、この国の女性達のものだったんだと改めて思った。


「それもこれもあの新王がいけないのよ!」


「新王?」


「ほら、あの正面の所の……」


 彼女の指差す正面の観覧席は少しここよりも豪華で、真ん中に赤いマントで全身を包んだ人物が両手にいかつい従者を立たせて座っていた。


 退屈そうに足を組んで座っている様子でさえ、高貴な身分に感じられてしまう不思議だ。


「あれが王様?」


「……の代理かしら? 正確には」


 スズと名乗るその子の話によると、この国は、ひとりの王とその取り巻きの強い男達によって支配されているらしい。


 しかし、王の突然の病によって新王には息子のレム王子をつけることが決められた。


 それがことの始まりだったそうだ。


 新王の妃を選ぶ儀式と、気まぐれな王の娯楽で行われる剣闘士競技の大会の日を合同に開くこととなったのだとか。


「あいつはただの腰抜けよ。自分の意志をもっていないの。ただ黙って父王に従って、止めることもできず見てることしかできないんだから!」


 こんなにもたくさんの人が負傷しているというのに、とかなり怒りのせいか、スズは全身を震わせ、泣きそうに顔をしかめた。


「女をなんだと思ってるのかしら」


 思わずスズの手をとってしまったのは、胸がとても痛かったから。


「なんとかなるわ。きっと……」


 他人事ではない。


 離れた所で、物凄い勢いで男達をなぎ倒していくウィルに視線を戻し、自分自身にも言い聞かせるように言った。


「わ、わたしは、それにきっとウィルだって、そんなの許さないわ!」


 わたしの手を握り返してスズは微笑んだ。


 それは初めて見たスズの笑顔だった。


「あーあ。いいなぁ。わたしもローズみたいにウィル君に選んでもらいたいな……」


「え……」


 選ばれてなんて。そう慌てて否定仕掛けたるわたしを見てスズはクスッと笑う。


「本当に、そう思うよ」


 なんだかとっても寂しそうに。


「ここで勝ち残った男に一生扱き使われて生きていくか、何人もの女の中で妃候補としてこうして座っているしか選択肢はない。これはずっと変わることのない現実なのよ」


 そしてわたしの膝の上で気持ちよさそうに眠っているメルの頭を軽くなでる。


「未来ある子どもたちにはこんな想いを絶対にさせたくない」


 未来も何も、彼女だってまだまだ若く、未来の可能性は無限にあふれているだろうのに、スズはしっかり覚悟を決めていた。


「昔は候補なんて絶対やだって逃げてたんだけどね……大人になるって、選択肢がひとつ減るみたい」


「え?」


「理不尽な要求でも仕方ないと諦めてしまう自分が生まれた」


(大人になる……)


 わたしにとっても大きな課題だ。


 だけど、大人になるということを強制されなかったわたしは、窮屈だ窮屈だとは思っていたけど幸せなところで暮らしてこれたのだなぁとしみじみ思う。


「ローズに会えてよかった」


 スズはそれだけ言って、ひょいっと立ち上がり、わたしの額に軽くキスを落とした。


「スズ?」


 言葉とともに、スズは手摺を軽々と飛び越え、戦い真っ直中の格技場に下り立った。


「スズ!」


 彼女が着地をしたのとわたしが金切り声をあげたのは同時だった。


 スズは格闘中のフィールドを駆けていく。


 何人もの剣士が斬り合い、倒れゆく中へ。


 客席もざわつく。


「だ、誰か……誰か……」


 その時、スズは蹌踉めいた大男にぶつかり、その反動で吹っ飛んだのが目に入る。


「スズーーーーーーーーーーーーー!」


(や、やめて!)


 いつ命がなくなってもおかしくないこの場ではみんな命がけだった。


 周囲に意識を張り巡らさて、いかに攻撃を受けないようにするか、集中力を研ぎ澄ませていた。


 そんな中に飛び込んだ小柄な女の子のことなんて、誰も見えていないだろう。


 彼女に降りかかる危険を察知して、わたしは無我夢中で自分もその中へ飛び込もうと震える足を手すりにかけていた。


「ローズ! やめろ!」


 ウィルの声が響き渡り、我に返る。


 その瞬間、ウィルの周りにいた男がいっぺんに倒れ込み、またウィルのスピードが一段と上がったようだった。


(ウィル……)


 まるで今までのウィルの戦いは遊びだったかのように、軽く剣を振り上げる。


 それだけで、男達は次々と倒れていく。


 最後には、後ずさりし出す男も現れたほどだった。


 きっとあの一瞬に何かが起こっているんだろうな……


(え?)


 不安いっぱいで眺めた先に、正面に座っていた新王が立ち上がっているのが見えた。


 彼にも突然乱入した場違いの人間の姿が見えたのだろうか。


 そんな間にもウィル無双は止まらない。


 彼が進む方向はざわつきを見せ、周りの男たちがモーゼを作るように道を開けた。


 周りの様子を気にすることはなく、ウィルは倒れ込むスズを軽々しく抱き上げる。


 一同は静まり返る。


 わたしも場の空気に圧倒されて声が出ない。


 もう他の剣闘士たちも、ウィルに立ち向かう者はいない。


 みんな血だらけ痣だらけでほとんど無傷に見えるのはウィルくらいだ。


(な、何者なのよ、あの人……)


 時間が止まる。


 みんながスズを抱き上げたウィルに釘付けになっていた。


 ひとりの騎士がお姫様を抱きかかえた、まるで絵画の中の世界のような光景に息を飲む。


 ただひとり、赤いマントを身にまとった新王だけがスタンドに飛び降り、そして躊躇なくウィルに剣を向けた。


 ウィルは剣を構えず、ただ王子を睨む。


 どこからともなくざわめきの声が漏れる。


 ふたりの会話は聞こえない。


 それでも和解ができたのか、すぐに新王は剣を下ろし、ウィルに頭を下げたのが見えた。


 大きなどよめきが上がる。


 ウィルは自分の腕の中にいるスズを新王に任せる。信頼したということなのだろうか。


 スズをしっかりと抱き抱え、黙って頭だけを下げ続ける新王にウィルは優しく微笑んだ。


 そして、また鐘が鳴り響き、剣闘士たちの戦いは静かに幕を閉じた。

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