格技場での告白
目の前では幾人かの男性達が中心部にあたるステージ上に閉じ込められる形となって戦っている。
一対一の試合なら想像ができたものの、いっせいに四方八方から武器を飛ばし合うこんな戦い方は初めて見た。
敵はひとりではなく、いついかなる時に後ろから攻撃されてもおかしくない。
あまりにも野蛮だ。
観客たちは見なれた光景なのか、大声で応援したり野次を飛ばしたり、または隣の人間と話に花を咲かせたりとそれぞれの様子で楽しんでいる。
みんなが試合に集中している今なら抜け出せるかもしれない。でも、
(ウィルはどこだろう……)
こういうときの打ち合わせをしていなかったことが悔やまれる。
船に戻って彼を待つべきか、先に彼を探して一緒に戻るべきなのか。
後者はずいぶん効率も悪く、どこにいるかもわからないし、その瞬間にまた捕まってしまったら元も子もない。
(だ、大丈夫……よね?)
まさか、わたし達を置いてすでに出発していないだろうな、などという考えたくない思考も幾度となく巡る。
心細いのか、なんども不安感を勝手に生み出しては必死に振り払おうと努力する。
発想もあまりにひどい。
耳を塞ぎたくなるような金属音のぶつかる音とうめき声を聞き続けていたら心も不安定になるはずよ。
自分で自分自身を落ち着かせる。
(大丈夫)
目の前で行われている戦いは、血だらけの男性がどんどん倒れて運ばれてまた次の選手が入場してくるのだけど、勝った人も相当の傷だらけで、本当に見てられない。
だけど、ウィルの動きの速さを見慣れているから、なんだか思ったよりも戦う人たちの動きが鮮明に見えた。
候補者の女性達が騒つきだして、気付く。
ひとりの剣士がこちらに向かってやってくる。
まっすぐまっすぐ。
その間に武器を持った他の剣士たちに狙われようとも気にする様子もなく片手で応戦し、跳ね除けるわ叩きつけるわであっという間に対処をしながらも変わらずにこちらに足を進めてくる。
(え?)
ぞっとした。
(な、なんだか、こっちへ向かってきているような?)
鎧兜のいかついその姿のせいか、情けなくも飛び上がってしまう。
観覧席は格技場より手摺を挟んで少し高い所にあるから、すぐには刀を向けてこないだろうとは思うけど、怖いものは怖い。
飛びかかってきたらどうしよう……なぁんて思ってしまう。
そしてその人は足を止め、ゆっくりこちらを見上げる。
「ローズ……」
「え……」
兜を外したその姿に息を呑む。
「ウィル!」
戦ったはずなのに、傷ひとつない状態でわたしの名を呼ぶのは、なんとずっと会いたかった人だった。
「ウィル、どうして……」
「大丈夫か? メルは?」
「メ、メルは寝てる」
あまりの驚きに言葉がうまく出ない。
「わたしも大丈夫よ」
動揺して震えてしまう声。
隠しても隠し切れない。
「ウ、ウィル、来てくれたの?」
(た、助けに……)
胸のあたりがなんだかぎゅっと掴まれた気持ちになる。
「ああ。勝ち残れば、妃候補に近づける。だから……」
「た、戦って……くれるの……?」
ウィルはそう言って、ほんの少し言いづらそうに目線を反らせる。
「おまえが、いいのなら……」
「え……」
またウィルは静かにわたしを見上げる。
その表情が真剣で、ドキッとしてしまう。
「妃候補、でなくなってもいいのなら……」
ウィルは軽く微笑む。
なんだか少し、さみしげにも見える。
「きさき……こうほ……」
彼の憂いを帯びた(この表情で合っているかしら)表情はどうやら周囲の女性達をノックアウトしたようでたちが悪い。
(妃、候補……か……)
対するわたしはゆっくり噛み砕くようにその言葉を繰り返す。
ウィルはウィルで、その間も何人かの剣士に襲いかかられていたようだったけど、相変わらずの無敵の剣捌きでものともしない。
「ウィル……」
気付いたら、わたしは乗り出していた。
「王の妻なんてなる気ないわ。言ったでしょ、わたしはジェクラムアスの王子様が一番なんだって!」
きっと、こう言えばわかってくれるはずだ。
これでもかって声で叫ぶわたしを見て、ウィルは一瞬ポカンとしてこちらを見上げたけど、すぐにあの満面の笑顔に戻って再び兜を被る。
「そうだったな」
ウィルが踵を返した時、わたしはまた大声で叫んでいた。
「で、でもね……い、今は、わたしたちのために戦ってくれてるウィルが一番だから!」
想像したよりも大きな声が出た。
自覚したと同時に静まり返ってこちらを見つめる周りの人間たちに気付いてようやく我に返ったわたしは、瞬間的に顔から火が出そうなくらい熱くなった。
それでも鎧で覆われたウィルの片手が天に向かって伸ばされたのを見て、心なしか安堵があふれた。
わたしはきっと真っ赤になったであろう自分の顔を隠すように両手で頬を覆い、小さくなる。
これではまるで告白だ。
言いたいことはいろいろあったし、ここでは簡単な言葉しか交わせないのは確かだけど、あれは……
「………」
胸がそわそわして、どこか落ち着かなくなる。
視線はずっと彼を追っている。そして、
(負けないで)
心から願った。




