表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/132

妃候補

 まだ見ぬ世界に心を奪われていたわたしは、後ろから聞こえた怪訝そうな女性達の咳払いに現実に引き戻され、誘導されるがまま、再び彼女達についていく。


 物凄く危ない状況なのかもしれないと思う反面、もう少し大丈夫だと本能が訴えかけてきていた。


(大丈夫よ)


 一番端に大きな窓に囲まれたお部屋があり、そこでは幾人もの女性が流れ作業で衣装を着たり、着飾られていた。


 風通しが良くて気持ちがいい。


 ふわっと広がる衣装や花の香にやわらかな気持ちになる。


「こちらへ」


 ぶっきらぼうな声で告げられる。


 どうやら完全に歓迎されていないようだ。


 そりゃそうだろう。


 どこからどう見ても見知らぬ異人がいきなり飛び込んできてこうして彼女達に任しつけられたのだ。


 不信に思うのも仕方がない。


 手を引かれてあっという間に身ぐるみを剥がされ、あまりの勢いに叫ぶまもなく他の女性たちが身にまとっているような薄く透け感のある衣装に着替えさせられる。


 シースルーというのだろうか。


 スカートは長めで足を覆っているものの、ところどころ透けていて落ち着かない。


 これはこの国の衣装なのかしら?


 キラキラ光るアクセサリーをあちこちに巻きつけられ、加えて荒々しく髪の毛のセット、メイクアップまでのフルコースを体験することとなった。


 終始心配で仕方がなかったメルは楽しそうに笑っていたから、それだけが唯一ほっとした。


 髪の毛を何度か引っ張り上げられたときはわざとかと思ったものの、鏡の前に立たされたとき、これは誰だろうかと一瞬目を疑った。


「あ、ありがとう……」


 望んでこの姿になったわけではないけど、思わずそう漏れていた。


 もちろん、誰も返事はしてくれなかったけど。


 それどころか、聞かぬふりをしていたとはいえ着替え中の周りの女性の視線や嫌味は気になった。


 身の程知らず。


 そう言いたいようだった。


 この国に男性と同等に入ってくるなんて、とか、あんなかっこいい旦那がいるくせに、妃候補に選ばれるなんて、とか。


 人生でここまでぼろくそに言われたのは初めてだろうと思えるくらい暴言を四方八方から受けることになった。


 最良のタイミングを常々意識しているためなんと言われようが平気だった。


 どうせすぐにここから消えるのだから。


 だけど、


(王の妃、か……)


 そのまだ見ぬ可能性に昔のわたしなら大喜びしそうなもの。


 まぁ、どちらかというと王子様の方がいいけど、物語で見た王道のプリンセスストーリーを見ているようだ。


 だけど、現実はまるっきり違って、乗り物に無理やり押し付けられて体中は痛いわ、これからどうなるのかと不安だわ、想像していたものよりも良いものではなかったことは子どもの頃のわたしには内緒にしたい。


 きっと絶望するだろうから。


 しかも、女性達から受けているのは嫉妬というものなのだろう。


 みんな、王様(どんな人なのかは知らないけど)の寵愛を受けたがっている。


 そこへ入ってきた部外者が面白くないのはわからなくもないけど。


 物語の中では見たことがあった世界の上にまさに自分がいて不思議な気持ちになる。


 あまり……いや、かなりいい気はしない。


 なにより、妃候補と言われても知らない相手だ。喜べるわけがない。


(王子様の元へ行ってもそうなるのかな)


 思わず苦笑が漏れる。


(きっと、そうなのだろうな)


 見て見ぬふりをしていた感情が胸を締める。


 まるで夢から覚めてしまったようだった。


 この旅路の中で、少しずついろんな世界に触れて、今まで知らなかった世界を目の当たりにしている。見える世界も変わってきた。


 良い部分の方がもちろん多い。


 だけど、知りたくなった現実に我に返ることも少なくないのも事実だった。


(王子様……)


 昔はあんなに興奮する響きだった。


 話題に出るとそわそわしてしまって、顔も見たことないのに話が弾んだ。 


 でも、今は何だか違う。


 妙に心が落ち着かない。


「ママ、きえいねぇ~♪」


 同じような衣装を着て、頭に大きなリボンを付けたメルが抱きついてくる。


(か、可愛い……)


 まさに等身大のお人形が動いたような光景だった。


 ぽてぽて、という足音が私のよく知っているもので安心する。


「おひめしゃまみたぁ〜い!」


 きゃー!とはしゃぐメル。


(そうよ)


 その姿に自然と口角が上がる。


(わたしはやっぱり、ジェクラムアスの王子様がいいのよ)


 これがわたしだ。


「メル姫もとぉっっっっっても可愛いわ♪」


「きゃはははは〜」


 わたしをわたしでいさせてくれる尊い存在をしっかり抱きしめ、そう言うとメルはくすぐったそうに体をよじった。


 後ろの方で「も、ですって!」「下品で自意識過剰な女ね!」なんて声も聞こえてもさらにどうでもよかった。


 そのあとは、国中に響き渡りそうな大音量の音楽が流れ、案内された席についた。


 メルはそのわたしの膝の上に座った。


 これから何が行われるかわからなかったけど、一番中心部にある円形のステージのようなものを眺めるため観客席についているようだった。


 周りの緊張感に不安が生まれる。


 この席は、きっと超特等席だった。


 他の人よりもいい椅子だし、見やすい位置にある気がする。


 その素晴らしい観覧席に、わたしたちふたりは同じような衣装を着た女性の中に座っていた。彼女たちもきっと候補者と呼ばれる人間たちなのだろう。


 手摺を挟んですぐ下はステージでこれが人気役者が登場する舞台ならどれだけ素敵か。


 メルが手摺から落ちないように注意をしなければならない。そして、


(みんながステージに夢中になっているときがチャンスよ)


 あたりを眺め、出口とそこまでの経路を確認する。


 ここまで案内される中でもずっとアンテナを張っていた。


 そう簡単には出られるとは思っていない。


 だけど、どう見ても構造が複雑なこの建物の中でなら姿をくらませることが可能だと思った。


 再び機会を伺い、メルの小さな手をぎゅっと握りしめた。


 ラッパ音が印象的なけたたましい音は再び少しずつ大きさを増し、鎧兜姿の人間たちがパラパラと入場してくるのが見えた。


(ま、まさか……)


 ぞくっとした。


 彼らは武器を手にしている。


 ここは格闘場なのだと言われなくても悟った。いつの間にかあふれるようにいっぱいになった観客席から大歓声を上がり始める。


(こ、怖い……)


 心の底からそう思った。


 落ち着かなきゃ、と深呼吸をする。


「マァマ?」


 メルの声にはっとする。


「だいじょぉぶ?」


 癒やしとも思えるその可愛さに思わず笑ってしまった。


「うん。大丈夫よ」


 わたしは大丈夫。


 いつでもこの子を連れて、逃げる心構えはできている。でも……


「メル、どうしよっか……」


「ん?」


「パパとはぐれちゃったね……」


「ママ、こあいの?」


 小さい体を擦り寄せて、メルは心配そうにわたしを見つめる。


 思った以上に力なく笑う自分に気付く。


「そうね。いつでも一緒だったから」


 言葉にして驚く。


「いないと凄く寂しい」


「そえならそえなら!」


「ん?」


「メユがおはなししてあげましょお~」


 メルはニコニコして足をばたつかせる。


「お話……? メル、できるの?」


「ふたごのおうじしゃまのおはなしだよぉ~!」


「双子の?」


 初めて耳にするお話はなんだか意味が分からなかったけど、広い場内のあちこちで戦いが始まってからメルは嬉しそうにその話を続けていた。


 しっかり者で誰からも慕われていた王子様と怠け者で街の暮らしに憧れた王子様……というふたりの兄弟の物語。


 怠け者の王子は度々城を抜け出して、いろんなトラブルに巻き込まれる。


 その様子をメルが身振り手振りで一生懸命語って聞かせてくれる。


 あまりの想像力の豊かさに驚かされた。


 三歳児にもなるとこんなふうにお話ができるようになるものなのだろうか。


 非常に気になる所だったけど、その王子のひとりの名前がよりにもよって『ウィル王子』だという事実が判明したときには、思わず吹き出してしまった。


 メルを寝かせる時にしぶしぶ考えさせられた制作者の顔が浮かぶ。


 怠惰な王子の街の暮らしがやけにリアルなのは、彼の実体験も盛り込まれているからだろうか。


 いつも寝ながらそれを曖昧に聞いていたのか、メルのお話は飛ばし飛ばしで、話しながら最後は力尽きたように自身もうつらうつら頭を揺らし始め、眠ってしまった。


(まぁ、寝てた方がいいわよね)


 そう思う。


 あちこちで武器と武器がぶつかり合う嫌な金属音やところどころで血が飛び交うこんな戦い、見るもんじゃない。


 ぐっと歯を食いしばり、瞳を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ