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ジェクラムアス国

 朱と紺色が交互に混ざりあった海沿いのレンガ道をまっすぐ行くと市場が見えてくる。


 帰路につく頃はいつも活気にあふれていて、大きな声が飛び交っている。心なしか、今日はいつもよりもにぎわって見える。


「どうしたのかな?」


 市場の端の方の掲示板に異様なほどの人集りができていた。


「あぁ、決まったんでしょ?」


 当然というように反応するレイに驚く。


「なんのこと?」


「え?」


 困惑した表情を浮かべるレイに違和感を覚える。


「ショックを受けないでね、ローズ」


 そう言ってぎゅっとくっついてきたレイは声のトーンを少し落として呟いた。


「ついに壊しちゃうんだって、あの船……」


「え?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


(あ、あの船……)


 そしてはっとする。


「ど、どうして……」


 体中の力が抜けてしまったみたいで頭が真っ白になってうまく回らない。


 『あの船』の一言でどの船だかわかってしまうのは、この街には船が一隻しかないからだ。


 物資を運んできてくれる貨物船はたまにくることはあるけど、その船も用が済むとすぐに帰ってしまうし、わたしたちの街の海は閑散としていて良く言えば見渡しがとてもいいくらい何もない。


 とはいえ、たった一隻のその船だって普段から使われている訳ではなく、ただのお飾りのように何年も前から海の隅の方で遠くから見に来た見物人が外から見るためだけに繋がれているようだった。


 遠い海の向こうの世界に憧れるわたしとしては、それを見るたびにまだ見ぬ世界を想像させられて好きだった。


 目にするだけで熱くなれる。


「だってあれ、海賊船だし」


 レイが遠慮がちに視線をそらす。


 そう、あの船は何年かむかし、伝説(って付けると嫌な人もいるかもしれないけど)のダーウィン・スピリという海賊に使われていた海賊船なのだという。


「で、でも壊しちゃったら本当にわたしたち、ずっとこの国どころかこの街からも出られなくなっちゃうじゃない」


「出るって、どこによ」


 ため息混じりに肩を落とすレイ。


「第一、あの船の中にはカギがないから誰も入れないじゃない」


「そ、それは……」


 そうなんだけど……


「海賊船というよりも今は幽霊船って言われていたし、仕方ないと思うわ」


「うぅ……」


(ひ、人の夢とロマンの船を……)


 確かにその船は幽霊船と呼ばれている。


 ダーウィンは何十年も前の人で、ずっと前に亡くなっているため、カギのない船は使われることはなくなった。はずなのに、ある時突然消えてしまったのだという。


 それなのにそれからまた数年後のある日、いつの間にか、彼の船は再び元の場所にひょっこり戻っていたそうだ。


 その他にも夜になると誰も乗っていないその船からけたたましいエンジン音が鳴り、海辺に響いているとも言われていたりもする。


 そのため街の人たちは『ダーウィンの幽霊』だと口を揃え、恐れていた。


 今では度胸試しに近づく若者くらいしか話題にしようともしていない。


 おかげで、まだメンテナンスすれば使用できたかもしれないのに、何か良からぬものに取り憑かれることを恐れてドアのカギは取り換えられることなく、ただの奇妙な置物として海の端に追いやられていた。


 幽霊なんて全然信じてはいなかったけど、まわりの大人たちからも散々近づかないよう言われてきたから、昼間にできるだけこっそり高台に上って眺めることにしていた。


 その取り壊しがついに決まった。


 なんだかすごく悲しくなって、その場に立ちつくしてしまった。


 赤いリボンの付いた海色の制服が潮の香りに乗って静かに揺れた。


 わたしもこのまま風に乗ってどこかに飛んで行きたいとさえ思ってしまった。

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