歓迎されない街
「ふ、布団叩きを振り回し、大男もなぎ倒す、び……美少女ぉ…! 誰がだ! くそっ!」
広告を手に、ウィルが珍しく荒れている。
「で、そいつ、何者だったんだ?」
「わからない。父に憧れてた、とか言ってたけど、結局名乗らなかったし」
「かなり怪しいな」
ウィルはピリピリした様子を自制するようにひと呼吸置いてから話し出す。
昔からかなり言われ続けてきたのだろう。
街へたどり着くまでの間、ずっとウィルは憤慨していて、それどころではないけど普段にはない彼のそんな姿は見ている側からは面白いものがある。
あれやこれやと食料品を調達する上で、先ほど起こった出来事をウィルに話していた。
「美味しそうなお店でなにか食べよう」
当初はそんなお話をしていた。
ここの名産品はなんだろうねって。
だけど、なかなか言い出しにくい状態になってしまった。
道にはあちこち何組かの男達が鎧のようなものを着て、座り込んでいる。
平和なのか暇そうに見えるものの見るからに物騒なその様子に、できるだけ目を合わせたくないと本能が訴えかけてきていた。
じとっとこちらへ向けてくる視線がなんとも落ち着かなくて、できる限り関わることなく行動したいと思える。
「なんか男しかいないな」
隣のウィルがボソッと呟く。
メルもあまりの不気味さからか、わたしの胸に顔を隠す。
「あ、そういえば、さっきの人が言ってた。この国は女だけじゃ危ないって……」
「女だけ、ならな!」
ウィルがピクッとして反応する。
それがまた少し、おかしかった。
「あ、なんかいい香りがする!」
焼き立てのパンの香りがした。
「お! 言ってみるか」
「そうしましょそうしましょ!」
気持ちを切り替えるようにウィルが表情を明るくする。つられて笑うわたしとメル。
そんなときだった。
「おい!」
しゃがんだ男のうちのひとりが声をかけてくる。
言いがかりをつけられたわけでもないけど、こうも男性ばかりだと女性たちだけでは危ないって言われたのがわかる気がする。
力の差も圧倒的だろう。
「なんだ? おまえら……」
「え? あ、あの……わたしたちは……」
侵入者だと思われているのだろうか?
イナグロウの時のこともあり、身構える。
「この女子どもとどういう関係だ?」
しゃがれた声の男はわたしの言葉を無視して、ウィルだけを見て言った。
まるで視界にさえ入っていなくてムッとしてしまう。
「え、えーっと……」
ウィルはウィルで困惑していた。
そういえば、こういった質問はされたことがなかった。わたしたちの関係……
「妻と娘です」
気まずそうにこちらをちらっと見ていたものの、口を開いたウィルの回答は堂々としていた。
使命手配(この国は違うみたいだけど)の件もあるし、これでいいと思って頷く。
「ならなぜおまえが荷物を持ってるんだ?」
ウィルが両手に持つ食料品の袋を指差して怒鳴ってくる。
「え?」
自分と手に持つ荷物を見比べて一瞬ぽかんとしたウィルが聞き返したその時、なんだかすごい視線を感じた。
どこからともなく、あっちからもこっちからも、不気味なほどに……
「それに女が堂々と男の隣を歩くな!」
しゃがれ声の男がそう叫んだ時、後ろから二、三人の男が近づいてきてわたしの腕を強引に掴んだ。
腕の中のメルはビクビク震えていた。
「ちょ、やめて下さい!」
抵抗しても離してくれない。
メルを落とさないように力を入れるも掴まれた手首に力が入らず、引っ張られるのは時間の問題だった。
(どうしよう……)
そう思ったと同時にわたしは男の手をねじりあげていた。
「ってぇ! てめぇ、何を!」
一瞬の隙を経て自由になれる。
無我夢中で男の手首にあるつぼを力いっぱい押してしまっていた。
「ぐはっ!」
男は呻き声をあげて倒れ込む。
「なんだぁ! この女!」
やってしまった。
そう思ったときにはすでに遅く、すぐに周りを何人もの男達に取り囲まれる。
ウィルは感覚のなくなったわたしの手首を引いて、自分の後ろにつかせ、自らも構える。
「んだぁ? てめーもやんのか!」
後ろの方でドスの利いた声の男が耳が痛いほどの大きな声量で攻撃してくる。
ビクッと飛び上がる。
「俺が合図したら、いつでも逃げる準備をしておけ」
そう囁かれた直後、ウィルが消えた。
きっと周りにいた男達も同じことを思ったのだろう。ウィルの動きを追うため顔を上げた男の顔面にウィルの膝蹴りが飛び込んだ。
その男が雄叫びをあげて蹌踉めいた瞬間を見逃さず、そいつの腰元の剣を素早く抜き取って再度構え直すウィル。
一瞬のことで何がなんだかわからなかった。
あまりの速さに騒然としていた辺りの男達も、不覚にもわたしまでもが動けず、息を呑んだ程だった。
そんな場合ではないけど、それでも目の前で自信ありげに軽く微笑むウィルはやっぱりかっこよかった。
その時、正午のベルが鳴り響いた。
それを気にしたのはわたしだけだったらしく、何人かの男がウィルに斬りかかっていた。
「きゃぁ!」
わたしの金切り声が響く中、戦いの火蓋は切って落とされた。
やめて!と叫びたかったが声にならない。
なにもできない自分がもどかしくて、腕の中で震えるメルがこれ以上怖がりませんようにとただ願うことしかできなかった。
うめき声とともに、なぎ倒される男達。
以前のイナグロウの大男達同様に触れたか触れてないかの瞬間に男達はひとり、またひとりと宙を舞い、地面へ叩きつけられる。
(あっ……)
ウィルの瞳に見たこともない光が宿っていた。
感情のない飢えた獣のような瞳だった。
(ウィル……)
怖い。
わたしたちのために戦ってくれてるんだとはわかりながらも、信じがたい光景だった。
今の彼に声をかけたら彼はわたしのことをわかってくれるだろうかと、とても怖くなった。
いつものウィルじゃないようで。
「ローズ、行けぇ!」
怒声にも思えるその声に反応したわたしは、無我夢中で走り出す。
(ウィル!)
心の中で唱える。
この街は、わたしたちに対して受け入れ態勢はほとんどなさそうだ。
船に戻ろう。
戻ってウィルを待って、それからまたこれからのことを考えよう。
「……っ!」
そんな希望を持って走り出したわたしは、目の前に通りかかった馬車に行く手を遮られることとなった。




