カルロベルラ国
「よし、今度は見るからに街みたいだ!」
よっぽど外へ出たかったのか真っ先にデッキに飛び出したウィルは、嬉しそうに大きく両手を広げて降り注ぐ太陽の光を浴びていた。
それもそのはず、あれから何日船に揺れたのか。久しぶりの陸地である。
「まずはとっとと買い込もうぜ!」
(か、買い込もう、って……)
確かに、あんなに大量だと思えていた生活用品は徐々に底を突き始めてるけど、自らの感情を抑えきれないようにはしゃぐウィルがあまりにも見慣れなくて笑ってしまいそうになる。
「パパ、しゅごぉくたのししょお~」
わたしの手を握るメルも嬉しそうに笑う。
「メュもたのしい〜」
「うん。わたしも楽しい」
確かに、久しぶりに踏む土の地面は、ああ、歩いてる!って実感できて気持ちいい。
今までとは違って少しごわごわした土の上に降り立ち、わたしはあたりを眺める。
この国も外との交流があるようで、あちこちで船を目にすることはできた。
次の国はもしかしたら近いのかしら?なんて考えてしまう自分が面白い。
「ねぇ、ウィル……わたし、服を買いたいんだけど」
街があるならとこのタイミングを伺っていた。
いつもは船にあったシャツとズボンの生活だったんだけど、さすがに大きくて外では着られず、仕方無しに身に着けている外出着が制服ではまずいと思う。
いいかな?と聞くと、ウィルは驚いた顔を見せる。
「まだそんなこと気にしてんのか?」
「で、でもあれはウィルのだし……」
「今さら遠慮はなしだ」
いつもいつも任せっきりで申し訳ないな、とまたうじうじ思っていたあたりはすでに見透かされている。
「おまえに預けた分がもうなくなったなら俺の部屋の二番目の引き出しにまだ入ってるから」
「ま、まだまだいっぱい残ってるわ」
金貨がそう簡単になくなる訳ない。
そしてそう簡単に使えるはずもない。
もとより生活をするのには不自由はなかったけど、贅沢ができたというわけでもなく、普段からそんなにたくさんの買い物を一気にすることがなかったため、たくさんのお金を使用するということは慣れない。
「まぁとにかく、この国で俺の持ってるのが使えるかわかんないから一応また換金所にでも寄っていこうか」
「バ、バンコだっけ?」
「ここではなんて言うんだろうな」
さらっと話を切り上げて前を歩くウィル。
「何に使ったっていいよ。なくなったらなくなったでまた考えればいいんだからさ」
「なくなったらなくなったでって……」
「俺の特技は大道芸だぞ?」
あまりに楽観的な考えで肩の力が抜ける。
たしかにそんな未来も来るはずだ。
もしもお金がなくなってしまったら、わたしはきっと大パニックなのだろうけど、ウィルはいろんな場面で数々の場数を踏んできたようだからそれが今のような余裕に繋がっているのだろう。
そして、彼といたら不思議と大丈夫なのだと思わせてくれる。
(すごいな……)
いつまで経っても敵いそうにないやって、その背中を眺めてしみじみ思う。
「ドレスなら却下だ。動きやすいものにしてくれ」
「なっ!」
すかさずからかってくることも忘れない。
「メュもどぇすぅ~♪」
「おお! メル姫のドレス姿は可愛いだろうなぁ♪」
「かあいいよぉ〜♪」
「ですよねぇ〜♪」
メルと戯れるウィル。
そんな様子を眺めつつ、ウィルはやっぱり、格好いいと思った。
本当に。外見だけじゃなく、中身も。
人間ができてるっていうか、彼といると自分がいかに世間知らずの子どもだったかを思い知らされる。
それにしても、いつの日からだろうか、メルと一緒に過ごすウィルの様子に違和感がなくなった。
もし、もしもわたしにも父がいてくれてたら、こんな感じだったのかな、なぁんて思うことも少なくなかった。
「はいはい。拗ねない拗ねない。ローズ姫も最高によく似合いますって! 膨れてねぇで行くぞ! 入国だ!」
視線の先の男は、またひとりで自分の世界へ入ってしまったわたしのことなんてお構いなしで、ぼーっとしていたわたしの頭をポンッと叩いて満面の笑みを見せた。
「似合うに決まってんでしょ! さ、入国よ!」
「何それ。誰の真似だよ?」
「さぁね~♪ って、あ! 忘れてた……」
「何?」
「リビングにあった方位時計の様子がおかしいじゃない? 直してもらえるならここで見てもらおうかなって思っていたのよ」
すっかり忘れていた。
船は操作どおりに進むことができるため、あまり使わないけどあるに越したことはないと話していたばかりだったのに。
「鍵貸して! すぐに取ってくる!」
「俺が行くよ」
「平気! ここで待ってて!」
船までは少しの距離だったから、大丈夫だと思った。
海沿いを歩いて来ただけだったし、ここならウィルにも見える範囲だから。
「それよりメルと日影にいてあげて」
ずいぶん日は高いところにあった。
ふたりとも久しぶりの外出だったから、休めるところは休んでいてほしかった。
だからひとりで戻ろうと、そう思ったのだ。
あとから思えば、これは運命だったのかもしれない。




