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船上のひととき 2

「今更だけど、おまえこそいいのか? 母さん今、女ひとりなんだろ?」


「ママは護身術にとても長けていたから、家のことは大丈夫だと思うけど……」


 突然わたしの話に切り替えられて、驚く反面、確かに……と言いかけて言葉が詰まる。


 そういえば、あれから幾日もの時を過ごしてきたけど、故郷を離れたばかりの頃に比べてママのことを思い出す機会が減っていた。


(やっぱり心配してるかな?)


「へぇ……母さん、強いの?」


「とっても強い!」


 無意識に乗り出していた。


「求婚者の男性がどれだけしつこく迫ってもね、問答無用でバンバン倒してる。絶世の美女って言われててね、多いのよ、求婚者」


「マジ?」


 珍しくウィルが目を丸くする。


「あまりにママに敵わないものだから、勝てたら結婚してください! って言い出す挑戦者が増えたりしてね」


 信じられないでしょ、と笑うと、会ってみてぇ!とウィルは目を輝かせる。


 だけど、とそこで思い出すこともある。


「それなのに、未だに待ってるのよね。捨てられてもずっと……ヤツの帰りを……」


「何だよ、ヤツって……」


 ウィルは溜息混じりに呟く。


「捨てたんじゃ、ないと思うけど? そのヤツは、母さんのこと……」


 わたしの視線の先は、いつの間にか自分の部屋に向けられていた。


 その様子を汲み取ってか、ウィルが真顔で告げてくる。


「ぜ、絶対そうよ!」


 このことだけはどうしても丸くなれないわたしを許してほしい。


「旅に出たまま帰ってこなくなったって、他に理由はないじゃない」


「この船を自分の娘に託してか? ダーウィン・スピリの『ブラック・シー号』を?」


 静かなウィルの言葉。


 だけど、なぜか説得力がある。


「これは海賊にとったらお宝物だ。なのにわざわざこの船を使わないで別の旅路を選ぶなんて……」


「この船だとボタン操作さえできればどこまでも行っちゃうから面白みがないんじゃないの?」


「呪いの石を探していて、帰れなくなった理由があったとか?」


「え?」


 深刻な表情で呟いたウィルは、いや、俺の想像に過ぎない、と付け加える。そして、


「見てみたくなったのかなぁ」


 何かを愛おしむように、その視線はゆっくり窓辺に移される。


「旅に出てしまって、七つ以外の国も」


「七つ、以外?」


 これもまた初耳。


 話とは全く関係ないが、かなり興味深い。


「七つ以外にも、国はあるの?」


「国っていうか、島かな? 俺もよくは知らねぇけど、七つの国以外にも人はあちこちにすんでるらしいから」


 ほら、この前立ち寄った島だってそうだと教えてもらって納得する。


「それに、俺たちが立ち寄った今までの国だってその国のごく一部だけで、まだまだ見ていない部分の方が多いはずだ。ほら、俺とおまえの町も同じ国なのに、全く違う場所で違う生き方をしていただろ? そんなもんだと思うよ」


「た、確かに」


(七つ以外にも国が……)


 わたしの知らない世界を思い、胸がぎゅっとなった。久しぶりの胸の高鳴りだ。


 知らない所の想像とか、未知の世界の話とか、改めて感動してしまう。


 ずっと昔からそうだった。


 見えない世界を想像してはあれこれ考えて、私の人生では無理だとわかっていても、それでも夢を見てた、あの頃。


 でも今は違う。


 今、それを知ることができる。


 そんな人生最初で最後の最大のチャンスの中にいるのだ。


 そう思うと、なんだかすごく嬉しかった。


「可能性はゼロじゃない」


「え?」


「決めつけんのは早いと思うよ」


 新しい発見に胸をときめかせ、思いにふけるわたしに真剣な表情のウィルは言った。


「ローズは実際に、父さんの意見を聞いた訳じゃない。母さんが待ってるのだって、何か理由があるかもしれない。だから……」


 何も言えなかった。


 わたし自身が一番、本当はウィルの言う通りだと、思いたかったのかもしれない。


「さっ、早く食えよ。メル姫がむくれてお待ちかねのようだ」


 苦笑してウィルが立ち上がる。


 話に夢中で気付かなかったけど、一人食べ終わったメルは床で食後のお決まりのカードゲームを並べて待っていた。


 ウィルの言った言葉は、ズシリと胸に響いた。


 そしてそれ以上に、ウィルの言った意味も、気になった。


 自分を、知らない、か……


(わたしも、わからないことだらけだもの)


 それでも今日もともに時間を共有することによってウィルにも近づけたみたいでやっぱり少し嬉しかった。


「で? 父さんに会ったらどうすんの? その母さん直伝の技でやっつける気?」


 せっせとお皿を片づけ始めたウィルはこちらを見ずに聞いてきた。


「緊急事態以外は技を使わないわ」


「へぇ、そうなんだ?」


 急に振り返って驚いたようにわたしを見つめるウィルに逆に驚いた。


「あら? だって、王子様の恋人が強い女だったらまずいでしょ? ね~メル♪」


 ふふん、得意げに言ってやった。


「お、王子の……恋人……?」


 一瞬にしてウィルの表情がありえないものを見るようなものに変わり、笑えてくる。


「ほ、本気だったのか?」


「何? バカにしてんの?」


 まぁ、ね。


 普通は変に思うよね。


 自分でも大人にならなきゃって思うもん。


「夢よ、ゆめ。女の子なら誰でも一度は憧れると思うわ」


 なれるものだとは、今は本気では思っていない。だけど、


「想像するくらいならいいじゃない」


 変わらず自分の世界に入ってうっとり。


「メュもおひめたまにないたいよぉ~!」


 やっぱりメルも女の子。


 ふたりそろってうっとり。


 そんなわたしたちの様子を眺めるウィルの顔が見ものだった。


「お、おまえか! 毎回毎回メルに王子がどうとかって話を吹き込んでんのは!」


 挙げ句、文句まで述べられる。


「絶対素敵な方なのよ」


 街で耳にした噂を口にする。


 誰もが口を揃えて褒め称えているのだ。


「それをちょーっとメルに話しただけよ」


 口にしていて徐々に恥ずかしさを感じ始め、語尾がだんだん小さくなっていく。


 まさかとは思うけど、自分自身も大人の階段を上り始めてしまったのかと驚く。


「俗に言う玉の輿狙い?」


「は?」


 不審そうなウィルに絶句する。


(なんてこと言うのよーっ!)


「ち、違う! 真っ白のふわふわドレスとか着たり、冠被ったり、とか、憧れるのよ」


 女の子の夢なのよ!


 何度目かになる主張を繰り返す。


「それが女の子の夢、か。覚えとくよ」


 あまりにもわたしが何度も言うものだから笑いを堪えたウィルが確認するように呟く。


「ねぇ〜、あしょんでよぉ〜」


 不満いっぱいのメルの声が聞こえ、入り込んでいた世界から現実へ引き戻される。


 そこで他愛もないお話は終わり、わたしたちは毎日恒例のカードゲームバトルを繰り広げることとなった。


 たくさん話してアドレナリンが大量発生したのだろうか。


 なんだかいつもより白熱した気がする。


 そして、その三日後、わたしたちは次の国・『カルロベルラ国』に辿り着いた。


 おかげで非常に長かった船上での生活とは一時休戦となった。


(ああ、本当、長かった……)

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