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船上のひととき

 いつもと変わらぬ午後の夕焼け空の下でデッキの安楽椅子(もはやわたし専用)に座り、ひとりゆったりとそれぞれの国から手に入れたお茶を飲むのがこの頃のわたしの楽しみである。


 ユーシス族のみんなとお別れをしてからずーっと船の上で生活している。


 ずいぶん心身ともに落ち着き、自分のペースで生活ができるようになってきた。


 最近はモヤモヤすることもほとんどなく、元気溌剌!


 なんだかんだで、あの日、本音をぶちまけたのが良かったかもしれない。


 ウィルには感謝している。


 安定した毎日が続き、徐々に暇を感じるほどに余裕ができてきたわたしたちは、次の国・『カルロベルラ国』に向かって進んでいる。


 小島をいくつか経由しての出発になったけど、これがまたかなり遠いようだ。


 だから、毎日船の上での生活が続く。


 ウィルは毎日、暇をふっ飛ばす勢いで生き生きして本棚の書籍を片っ端から読み漁っていた。きっと彼の博識の源なのだろう。


 なんでも今ではなかなかお目にかかれないものがたくさんこの船には眠っていたと彼は目を輝かせて言う。


 わたしも相当の本好きかつ海バカだったけど、彼も相当なものだ。


 ウィルほどではないけど、わたしも気になる書籍に目を通すことを楽しんでいた。


 そして、あちこちで読み歩く上で、デッキでの心地よいひとときを手に入れた。


「ローズ、夕飯だぞー!」


 下からウィルの呼ぶ声がして下りていく。


 今日のメニューは『ウィル特製・ポテトグラタン』で、満足げな様子でウィル料理長はお皿並べていた。


 特製だけあってかなり美味しい。 


 ウィルのポテト料理を作らせたら間違いない。幅広いレシピで楽しませてくれる。


「ウィルはジェクラムアス人じゃないの?」


「なんで?」


 きょとんとするウィル。


「だって、ポテト料理ってアカメル国のイメージよ」


「アカメル国が身近にあったから、自然と他の国の料理も入ってきたんだと思うよ」


「アカメル国にも行ったことがあるの?」


 初耳。


 いつかは目指してみたい国のひとつだ。


「何、言ってんだ? アカメル国はジェクラムアス内にあるんだぜ!」


「へ?」


 唖然としてしまう。知らなかった……


「俺の育て親のような人が、アカメル国の料理が得意で、同じように覚えたんだ」


 またもや初耳。


「ウィルの育て親?」


「ああ、正確には師匠だな」


 尊敬してる人、と遠い目で窓の外を眺めるウィル。


 あの件以来、彼はずいぶん自分の話をしてくれるようになった。


 とても嬉しいことだ。


「でも、よかったの? 海に出ちゃって」


「え?」


「心配とかしてるんじゃ……」


「平気だよ。その人も誰かから便りが来たらしくって、しばらく街を出ると慌てて消えてったから……」


「消えた?」


「女からだと思うよ。あの慌てっぷりは……」


 いたずら少年のようにウィルは笑う。


「絵に書いたようなかたい男だったから、どんな相手なのかすげー気になったんだけどさ」


「ど、どんな生活をしていたのよ、あなた……」


 平然と言ってのける彼にいろいろと思考を巡らせる。


 考えれば考えるだけいろんな想像が浮かんできて頭を振る。


「だから俺も出てきたんだ」


「え?」


「チャンスはそう思ったときがチャンスたからさ」


 一応は書き置きを残してきたのだと胸を張るウィル。


「そっか」


(ウィルって底知れないな)


 ともに生活をしていてしみじみ思う。


 最初に比べてずいぶん好意的でいろんなお話をしてくれるようになったけど、彼の背景を想像するとわたしの想像力ではキャパオーバーになってしまうことがほとんどだ。


 全く想像がつかない。


 かといって、全て聞いてしまうのもなんだか怖いような気がして、そんな曖昧な気持ちを見てみぬふりしたりもする。


「なに?」


「え?」


「何か言いたそう」


 どうやら考えが顔に出ていたようだ。


 ウィルに問われてはっとする。


「い、いや、ウィルのことって、いつ聞いても聞いたことないいろんなお話が出てくるから驚いちゃって」


「そう?」


 不思議そうなウィル。そして、


「あ、俺……自分のこと、よく知らないからなぁ」


 一瞬、考える素振りを見せ、ぽつりと呟く。


「え?」


(自分のことを、知らない?)


 聞いていいのか、迷う。


「あ、あの、それって……」


「だから探してる」


 視線はメルを方を向けていた。


 とても優しい瞳だった。


「き、記憶を?」


 わたしの素っ頓狂な声に、はあ?とウィルは呆れ顔になる。


「記憶はあるよ」


(え? 記憶喪失何じゃないの……?)


「自分のことをもっと知りたいんだ。知らないことばっかりだから」


「そ、それを言ったらわたしもなんですけど……」


 ははっと笑うウィルに思わずわたしの頬も緩む。


 ウィルと過ごして数日、いや数ヶ月。


 その間にずいぶん彼の様子がわかるようになってきたことをしみじみ実感させられたのだった。

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