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長い宴の終わり

 慌ててユーシス族の暮らす先へ戻った時、みんなは倒れ込むようにして眠っていた。


 その中に泣いてわたしたちを捜すメルを見つけた。


「メル!」


「ママァーーーー!」


 飛びついてくるメル。


 ずっと捜していたのね。


「メル、ごめんなさい」


(置いてきぼりにして……)


 自分のことしか考えていなかった。


 意識が朦朧としていたからって誰も知り合いのいないこの場所に置いていくべきではなかったのに。


 腕の中で泣き続けるメルにぐっと胸が締め付けられるように痛み、深く反省した。


「二度と、二度とあなたに怖い思いをさせないわ。ごめんなさい」


 子どもたちが眠り始め、メルはいつもわたしが歌うように子守歌を歌ったという。


 それなのに、そこで眠ってしまったのが、それまで騒ぎ立てていたユーシス族の大人達だったのだ。


「まさかメルの歌だったとはね」


 そうだろうなと思ってはいたものの、やはり驚きが隠せなかった。


「ママ、ちいてたの?」


 今まで大きな涙でいっぱいになっていた赤い瞳をキラキラさせてメルが聞いてくる。


 褒めて褒めて、と言わんばかりに。


「とっても上手だった」


 うふふ♡と嬉しそうに頬を緩めるその姿がとっても可愛いなぁ、と思いながら彼女の頭を撫でる。


「ありがとね、メル」


(あなたがここの土地を守ったのよ)


 誇らしい気持ちだった。


 ユーシス族の人々が次第に目を覚ましていったのは、それから間もなくしてからのことだった。


 少しずつ遠くで燃え上がる船の煙に気付いたのか口々に騒ぎ始める声が聞こえる。


「ローズ様、あれは一体……」


 ユーシス族のひとりが聞いてくる。


「えっと、先ほど海辺で怪しい二隻の船がこちらの方に近づいてくるのが見えたんですが、突然その二隻が衝突して、それで炎上してしまったみたいで……今、長さんの指示でウィルがそちらに向かっているんだと……」


 わたしの言葉を最後まで聞かないうちに、はっとしたように槍を構え、暗い森の中を駆けていくユーシス族の男性達。


 つくづく思うけど、何もできないのって悲しい。


「ローズ、メルは平気か?」


 彼らとは逆に前方からウィルが駆けてくるのが見えた。


 後ろの方で女性達の何人かが息を呑んだのがわかる。


「へ、平気だけど、ウィルはもういいの?」


「一応言われた通り、侵入者達を岸まで運んだし、ユーシス族の人達も来てくれたから、あとは任せるよ」


「やっぱり侵入者だったの?」


「イナグロウ国の人だったよ」


 ウィルが肩をすくめた。


「メル、よくやったな! 長も褒めてたぞ!」


 そして嬉しそうにメルの金色の髪をポンポン撫でる。


 メルも満面の笑みを浮かべる。


 それから少しして、眠そうなメルを連れて開いているテントを借りることになり、初めて静寂の空間を手に入れた。


 メルを寝かせていたら、一日中ぼんやりしていたくせにわたしも瞼が重くなってくる。


「少し寝れよ」


 わたしの気持ちを読みとったかのようにウィルはボソッと呟く。


「いや、あの、でも……」


「いいよ。おまえも気が張ってたと思うし、疲れただろ」


「で、でも、ウィル……」


(そんなことを言ったらウィルの方が……)


「ああ、俺は平気。昼間ほとんど寝てたし」


 どうぞ、と彼は自身の前を指していう。


 こ、ここに寝ろということなのだろうか。


「で、でも……」


「誰も来ねぇように見ててやるから安心しろ」


(いや、そういう意味じゃなくって……)


 人に見守られた状態で眠りにつくことにずいぶんな抵抗があるのだ。


 だけど恐ろしいほど襲ってくる強烈な睡魔には勝てそうになかった。


 見るからに受け入れ体制万全のウィルは何とも思ってなさそうだったから逆に変に思われる前に、と素直に甘えることにした。


 ウィルはおずおずと横になるわたしの隣に黙って座り直す。意識しているのが自分だけだと思うともっとたちが悪い。


「メルは人間と人魚のハーフかもしれない」


「え?」


 消えるような声のウィル。


「長が言ってた。海水に漬かって変化してしまうのは、その可能性が高いって」


「う、歌は……?」


 人魚の歌を聞いてしまうと、それを聞いてしまった人間は眠ってしまうってことは何かのお話で読んだことがある。


 だから何もない所で事故が起きていることが多いのだとか。でも……


「どうしてわたしたちは眠らなかったの?」


 一番の疑問だ。


 みんなが眠っている時、少なくともわたしは眠気さえなかった。


「免疫だろ? メルの歌はほとんど毎日聞いていたし、それにいつもメルを寝かし付けようとして逆におまえが先にバカッ面で寝てしまってるのもそれなら理由がつくだろ?」


「あ、なるほど。って、バカッ面って何よ?」


「さあさあ、もう夜明けは近いぞ」


 ウィルが軽く微笑んで言う。


「うっ」


 なんだか、この顔に弱い。


「なによ、ウィルから話しかけたのに……」


 ウィルはなにかあるといつもやんわり微笑む。きっと彼はこの顔が武器なのだとわかってやっている。


 大抵話を切りたい時に使用されるものだと最近は薄々わかってきている。


 メルの前では驚くほど表情を緩ませているけど、わたしたちの見えないところではクールで無機質な表情を見せることも知っている。


 わたしは彼の本当の笑みを見たことがない。


 ウィルは心を閉ざしてる。


 今でもずっと。


 なんだか少し寂しいな、なぁんて遠のく意識の中で考えていたけど、わたしはふんわり温かな夢の中へといつの間にか旅立っていた。

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