襲われたユーシス民族
遠く遠く。
海の先を見つめる彼の瞳には何が映っているのだろうか。
それはわたしのわかり得ないものなのだろう。
この人は、近くて遠い。
ずっとずっと遠いのだ。
きっと、これからもずっと。
ぼんやりとその整った横顔を眺める。
「ローズ」
「は、はい!」
突然我に返り、びくっとする。
どのくらい見ていただろうか。
「あれ……」
冷や汗をかきつつウィルが指差す方向を目を向け、また別の意味でぞっとさせられる。
二隻の船が不気味なほど静かにこちらに近づいて来ていた。
「キルさんが言ってた。このユーシスア国は島も多く、ほとんどが民族の集まりで発展途上国の小さな国だから、植民地として狙う他国からの侵入者が多いんだって」
「え……」
ウィルの言葉に身震いする。
(う、嘘でしょ……)
だから初め、侵入者と間違えられたのか。
「ま、まずいじゃない! 早く知らせないと! のんきにお祭り騒ぎをしてる場合じゃ……」
「そのためのものだよ」
「どういうこと?」
「だから夜に騒ぐんだ。いつでも戦闘体制に入れるように火を炊いて、賑やかを装って夜は女性達に騒がせておいて、集落が起きているふりをしてるらしい」
「そ、そんな怯えた生活……」
だから、明るい時間の女性たは達横になっている人が多かったというのだろうか。
出番が来る夜の時間に備えて。
「傷を治してもらった恩もある。気になることもあるし残ったんだけど、どうする?」
ど、どうするって言ったって……
わたしはすでに小刻みに震えている。
情けないと言われようが、こればっかりは仕方ないじゃない。
「む、無理よ」
侵入者を相手にするなんて、とんでもない。
「そんな責任重大なこと……」
「だから今、考えてんだよ」
口元に手をやり、考え込む姿勢になったウィルは、ん?と顔を上げる。
「何か、聞こえない?」
「え……?」
言われてみて耳を澄ませる。
そういえば、遠くの方で何か歌のようなものが……微かに聞こえる。
「子守……歌……?」
途切れ途切れに奏でられるそれは、風に乗ってどこまでもどこまでも遠くに響く。
心地よい。
柔らかな空間がわたしを包み込む。
今にもまぶたを閉じてしまいそうだ。
(あれ……)
そこで違和感に気づく。
(この歌……知ってる)
これは……
「ママの子守歌だわ」
そう、これは幼いとき、ママがよく歌ってくれていたもの。
そして、わたしが毎晩メルに聞かせているもの。
「でも、どこから……」
あたりを見渡す。
ちょうどその直後、海の方からドカンという大きな音がして、燃え上がる二隻の船を目の当たりにすることとなった。
「なっ!」
どうやらぶつかったらしい。
二隻の船から黒い煙が高々と上空に昇る。
あまりに衝撃的な光景に、ウィルも絶句している。
「い、一体何が……」
考える間もなく、後ろからまたもやドサッという音がして飛び上がってしまう。
暗闇の中、何かが崩れ落ちる。
「キルさん!」
わたしを庇うように前に出たウィルが慌てて駆け寄った先にキルさんの姿が見える。
「キルさん!」
ぐったりするキルさんを抱き起こし、ウィルはその名を呼び続ける。
「キルさん、一体何が……」
「わ、わたしにも何が起こったのか全くわからん。ただ……突然、み、皆が眠ってしまった……わ、わたしも……眠くて眠くて……こんなことは今まで……」
言い終わる前にキルさんに力はなくなり、全身をダランとさせた。
「キ、キルさんっ!」
わたしの叫び声が暗く広い夜の海に響く。