重症
わたしの声とともに、ウィルの表情が強張ったように見えた。
「ウ、ウィル……? どういうこと?」
怪我……なんて、聞いていない。
「あ、あの、まさか透視できたりするんですか? あの、服の中まで……」
歩み寄るわたしの質問には答えず、ウィルは困ったように笑って『長』に尋ねた。
「なっ!」
(ふ、服の中を?)
いろんな意味でわたしも咄嗟にメルを抱き上げたまま『長』に背を向ける。
「それはできん」
呆れたようにため息をつく『長』。
耳元の大きなピアスがシャラッという音を立てて揺れる。
その言葉に場の空気も忘れ、安堵した。
「血の匂いなら嗅ぎ取ることは可能だ」
(……え? って……)
「ちょ、ちょっとウィル! どういうことなの?」
そうよ。
気にするところはそこじゃない。
「あなた、怪我してるの?」
「ちょっと切っただけだよ」
心配するな、と口角を上げるウィル。
(う、嘘でしょ……)
「よくわかりましたね。もう平気ですよ。血も止まったようですし」
『長』に向き直り、ウィルはにっこりする。
今更気づいたようにざわつき出すユーシス族の人たち。
本当だと言わんばかりだ。
気づかなかったのも、今もわかっていないのもわたしだけ。
「ウィル……」
どうして……そう言いかけた瞬間、音もなく勢いよく近づいてきた『長』が勢いよくウィルの背中を捲った。
「うわっ!」
「きゃっ!」
驚いたウィルの声とは別に、わたしからはさっと血の気が引いていた。
「ウ、ウィル……それ……」
言葉が続かない。
ウィルの背中には大きく切れた痕があり、傷口からはまだ真っ赤な血が所々にこべり付いていた。
衝撃的だった。
「パパぁ……」
腕の中のメルはわたしの服を力一杯握り、胸元に思いっきり顔を押しつけ瞳をぐっと閉じていたし、わたしはわたしで全身の震えを感じていた。
「ウ、ウィル……」
どうして……
「本当、平気だって」
「で、でも、そ、それ、すごく、すごく切れてるのよ!」
正気を保とうとしても混乱してしまう。
「お、長さん、あの何か手当する物とか、ありませんか?」
「わたしは長ではない」
きっぱり告げられ、顔を上げる。
(え? 違うの?)
しかし、今はそれどころではない。
「ついてきなさい」
「え……」
「こちらに我らの集落がある」
来なさい、と彼はわたしたちに背を向けた。
後ろの方で、キル様!という声がいくつか上がったが、彼はそれを制して、またわたしに目を向ける。
「お主が判断しろ」
鋭くて、指すような視線だった。
困惑したわたしを試すかのようだ。
「い、行きます!」
(行きますよ。行きますったら!)
「お、おい!」
もう逃さない!というようにウィルの腕にしがみつくとウィルにしては珍しく動揺した声を上げた。
「あの船には傷薬はないわ」
「そうだけど……」
チラッと前を行くキルと呼ばれる男(『長』じゃなかったのね)とそれに続く男たちに目を向けるウィル。
「おまえ、怖くないのか?」
「怖くないわ。あの人たちからは嫌なオーラを感じない」
怖いわ。
本当はとても怖いに決まっている。
決まっているけど、今はそんなことは言ってはいられない。
傷薬のない船に戻るくらいなら、もしかしたら頼みの綱があるかもしれない彼らについていった方が賢明な気がした。
どちらにせよここへ来る予定だったのだ。
遅かれ早かれこうして入ることになったはずである。
「お、女の勘がそう告げているから大丈夫なのよ!」
だから大人しくしなさいと精一杯声を振り絞ると、そうか、と納得したようにウィルは力を抜いた。
「大げさだよ、ローズは」
続いて歩く中、ウィルはボソッと言う。
「だ、だってぇ……」
「この娘の言う通りだ。ここらの海の中は危険が多い。毒を持つ生き物なんざ、うじゃうじゃといる。下手に悪化すれば命を落とす恐れだってある」
前を歩く『ユーシス族』の一人がそう言ったのが効いたのか、ウィルは口を開くことはなく、それからわたしたちは彼らの言う集落までもくもくと歩くこととなった。